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仮事務所の立ち上げ

 社長になったからと言って俺の私生活は何ら変わらない。この週末の土日は、朝はハム太とチャンブル料理を作り、夕方まで寮の部屋でゴロゴロ過ごした。外に出てもろくな事がないと、先日経験したからだ。

 頭取が家を買ってくれるまでは、出勤もこの寮からになる。別に不便とか思わない。実は、昼食夕食もこの寮で食べようと考えている。

 そして今日は月曜日、仮の事務所とはいえ、初めて社長として出勤する。

 少し緊張しながらドアを開けると、元気な挨拶の声がかかる。

「「「おはようございます。社長」」」

「おはよう」

 お互い声は大きいが、顔を見ると緊張しているのが分かる。

「社長、私はニナです。先日助けて頂いてありがとうございました。またお礼が遅くなり申し訳ありません」

「気にしなくていいよ。良縁ができて、かえって嬉しいくらいだ」

 事務所の中は事務室、応接室、給湯室にトイレがあるだけ、もちろん社長室なんて部屋はない。社長の机は事務室の奥にある普通の事務机、その前に同じ物が4つくっついて置いてある。社員は今いるニナとゼノンにプラトンの3人に遅れて出社する予定のランスを入れて4人である。

「みんな座ったままで良いので聞いてくれ。この会社の説明をする」

 領主が何のためにこの会社を作ったか、またそれに伴い財務で検討された事業計画などを話した。領主から不良物件を押し付けられそうになったから適当な事を言ったために、こんな事態になってしまったのは言わないでおいた。

「社長、それで私は何をすればいいのでしょう」

 ゼノンが手を上げて聞いてくる。実は具体的な事は何も考えていない。土日時間はたっぷり有ったがゴロゴロしていただけだ。

「俺はゴブリンだから本来怠け者だ。だからみんなでこれから考えよう。それにこの方が情報や目的、方針を共有できるから効率的だね。それと財務で示された屋敷のショッピングモール化には拘らなくていいからな」

「社長、僕は考えるのが苦手です」

 本当に名前負けしている。

「プラトン、それはどう言う意味か。ソクラテスに会いたくなったのか」

 プラトンとゼノンの顔色が真っ青になる。

「ち 違います。考えます。真剣に考えます」

 ニナだけが何の事か解らずにポケッとしている。

「ふむ。それでは早速始めよう。プラトンは書記、黒板に記入してくれ。最初にこの会社の目的を記入し、優先順位はこの屋敷の再開発、その後薬の製造販売改革だ。どうだゼノン屋敷の再利用について意見はあるか」

「この屋敷のショッピングモール化だと、この地域が高級住宅街なのでそれを踏まえて高級志向で宝石店やブランド品店舗の出店ですが、社長は反対なのですね」

ショッピングモールは領主の前で出まかせを言ったからとは言えない。後から考えれば、高級住宅街の住人の数なんて高が知れているショッピングモールなんて採算が合わない。

「領主様は貴族たちの利便性を考えての案だと思うが、採算が合わなければ長続きしない。そうショッピングモール化は、俺は賛成できない」

 どの口が言うのかと自分自身で突っ込みたい。

「私は、この高級住宅の奥様たちをターゲットに美容院やエステサロンがいいと思います。それと、お茶会用の高級茶葉専門店があればいいなと思いましたがだめですか」

「ニナの意見もいいと思う。小さな店なら大丈夫。だからゼノンの意見も小さな店が点々とあればいいと思う。その場合テナントではなく分譲になるな。プラトンはどうだ」

「僕はレストランがいいと思います。この屋敷はおしゃれなので高級レストランの雰囲気が出ると思います」

「レストランはいいアイデアだ。この会社の第二の目的を踏えると薬学講習会場、その受講生用のホテル、レストランは必須だな。この本館、別館いずれも3階建てなので別館の一つ1階にレストラン、2階はホテル、3階を我が社で使うのはどうだ」

「問題ないと思います。本館は何に使用するおつもりですか。だだっ広い庭ですね。庭を維持する経費は大変そうですね」

「大学をここに置きたいと考えている。この都市の将来を考えると人の育成機関が少なすぎると思っている。製薬の研究をするにしても人材の育成は必須だし、外国の優秀な子弟がここで育てば得はあっても損はないだろ」

「大学の経営は想像もできません。我々には荷が重いです」

「そんな心配はしなくてもいい。できる人に丸投げすればいい。それと庭の維持については、先ほどゼノンとニナの意見があった各店主に庭の分譲条件に分譲のされた5分の1は店舗に使用し残りの5分の4は現状そのままの庭を残しその維持を義務とすればいい。その分地価は相場の5分の1で売り出そう。もちろん転売は禁止だ」

「とてもいい考えだと思いますが、我が社の利益はどこにあるのですか」

「そうだな。土地建物は領主様の物だから庭の分譲は不動産取引仲介手数料で双方から10%もらおうか。でもこれでは1回きりで会社の継続的な収入にはならないな」

「庭の保守整備を請け負うのはどうでしょう。これだけの庭です。店主たちも庭の整備はプロでないので自分ではできないでしょう。そこで我が社でやるのです。これなら継続的な収入になります」

「ニナそれ採用。ゼノン、プラトン他にないか」

「すみません。思いつきません」

「俺も思いつかない。少し早いがランチにするか。焼き肉大王に行こう。仮事務所開設祝いに俺が奢るよ」

「「やったー!」」


「店員と顔見知りのようですが、社長はこの焼き肉屋さんによく来るのですか」

「ああ最近、仲間とよく来ているな。お前らも来るのか」

「いいえ私どもは基本兵舎で食事がでますので外食はしません」

「それなら俺も同じだ。外食はあまりしない。それにしてもお前ら少食だな。遠慮せずにもっと食えよ」

「いいえ食べています。社長とニナの食欲が桁外れに凄いのです。それに社長はゴブリンなのに私たちと同じぐらいの体格していますね」

「俺は今成長期だからよく食べるのさ。この町に来て体も魔力も大きくなったようだ。栄養が良ければゴブリンも人間並みに成長するのさ。オークやオーガまでは無理だろうな」

「本当ですか」

「嘘言ってどうする。そろそろ俺も腹いっぱいだ。昼過ぎに来客がある予定だから茶菓子の用意たのむな。俺は貉BANKに調べものがあるので行ってくる。昼過ぎには帰ってくる」

 俺は貉BANKに戻り、バンにお願いして貴族街の地価について調べてもらった。また帰りのついでに商工ギルドによって庭を分譲する店候補の名を教えてもらった。個別に交渉する際にはランスに同行してもうつもりだ。

ああ面倒くさい、この後は、土建屋の社長と話しをしなければならない。どうせ暑苦しい豚野郎だろう。

 事務所に帰るとランスか出社していた。他の社員との顔見世は終わっているようだ。相変わらずの男前だ、羨ましい。ニナもボーと見つめている。

 しばらくしていると狢BANKの営業部長が一人のオークを連れて来た。予想したとおりの暑苦しい豚野郎だ。豚野郎はランスに気付くとすぐに近寄ってニコニコしながら挨拶した。

「ご無沙汰しております。ランス様 執行役員就任おめでとうございます」

 ランスは表情を変えずに応える。

「ありがとう。黒豚組さんでしたね。」

「黒豚組さんとランス様は顔見知りでしたか。リン太君、こちらが黒豚組組長の黒蔵さんだ」

 執行役員に様づけで、社長の俺には君づけの呼び方はどうだろう。誤解がなければいいのだが。

「リン太です。よろしくお願いします」

 俺は右手を差し出して握手を求めたが、黒蔵は握手をせずに答える。

「ああよろしく」

 慌てて営業部長が紹介する。

「こちらがゴーラ&リン株式会社の社長のリン太様です」

「このゴブリンがそうなのか」

 先週同じことを言った野郎は今この世にはいない。

「ランス、黒豚組さんにこの屋敷の再開発について説明してあげなさい。私はBANKに所要があるので席を外します」

「承知しました」

俺は頭取に文句をつけに狢BANKへ行った。

「リン太君、どうしたんだい。今そちらに営業部長が黒豚組を連れて行っているはずだが」

「ああ会ってきた。彼はゴブリンに偏見を持っているようだ。彼とは一緒に仕事はできない。チェンジだ。それと営業部長に言葉は選んで使えと伝えておいてくれ。俺にも立場がある」

「何をそんなに怒っているのだい。謝るから落ち着いてくれ」

「頭取に謝られたら許すしかないか。頭取お願いしますよ。変なのを連れてこないで下さいよ。それと私には貉BANKの社員という顔の他にゴーラ&リン㈱の社長の顔もありますから言葉は使い分けてさせて下さい。できないようなら貉BANKでの私の立場を営業部長より上にして下さい」

「ああ何があったかは想像がついたよ。営業部長にはよく教育しておく。これからも同じような事があればいけないのでリン太君を非常勤の取締役にしておくよ」

 頭取がケーキとお茶を飲んでいけと言うので、秘書が入れてくれたお茶をまた頂くことができた。いつ来ても美味しいお茶だ。

「リン太様、取締役就任おめでとうございます」

「ありがとう。君の入れてくれるお茶はいつも最高です」

 俺はすっかり機嫌を直して事務所に向かう。事務所にはすでに黒豚組や営業部長も帰った後だった。ランス達社員が俺の顔を覗っている。

「社長、黒豚組さんには簡単に説明しておきました。貉BANKの営業部長は青い顔をして帰りました」

「ご苦労さん。黒豚組さんとは今後取引することはないからそのつもりでいてくれ。後日また貉BANKの営業部長が違う土建屋さんを連れてくると思うのでまた頼む」

「承知しました。社長、ご機嫌がよろしいようですが何かありましたか」

「貉BANKの頭取にクレームをつけに行ったのだが。そこで美味しいお茶をご馳走になった。あそこの秘書が入れてくれるお茶は最高だよ」

 社員たちは、まだ、胡散臭そうに俺を見ていたが、俺の次の一言で湧き上がる。

「今日は会社の立ち上がりの日だ。全社員、俺を含めても5人しかいないが全員そろっているので仕事は止めて飯にしよう。さぬき屋に連れて行ってやる」

「「やったー!」」

 思ったとおり、男前のランスを含めこの社員たちは腹ペコな奴ばかりだ。


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