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新しい仲間

「パンを山ほど」

「私はミルクでお願いします」

「俺は……えっと、じゃありんごジュースで」

「飲み物の嗜好は子供だね」


 イシュランは照れくさそうに頬を掻いた。注文したものが運ばれてくるまでの間、三人は自然と会話を始めた。

「そういえばイシュラン、普段はどんな仕事をしてるの」

「普段は荷馬車の護衛です。正直なところ、冒険者っぽい仕事はほとんどしてません」

「まあ、ああやって武器を扱えるなら十分だね」

「まだまだですよ」イシュランは謙遜しつつ、嬉しさで口角が上がる。「あなたよりはまだまだかと」

 彼はリュシアを見つめる。彼女の体からは強者のオーラが溢れている。本人はそれを隠しているようだが、敏感なイシュランは既に気づいているようだ。


「ところで、ミナは彼に惚れてるの?」

「へっ!な、何を急にっ」

 ミナは突然のことに水を吹き出す。慌てふためいて口を拭う彼女を尻目に、図星だなと心の中で呟き、リュシアはにやにやと笑った。

「ち違いますよ。ちょっと……かっこいいなと思っただけです」

「それを世間では惚れたって言うんだよ」

 イシュランは小さく笑い、

「かわいい人だ」と呟いた。「一目惚れするのは全然いいことだと思いますよ」

 彼は屈託のない笑顔を見せた。ミナはますます顔を赤くする。視線を逸らし、リュシアにアドバイスを求めた。


「あー……ミナ、こういう時は正直に気持ちを伝えた方がいいよ。男って単純だから」

「ちょっと聞き捨てならないですねそれは」

「もう……あまりからかわないでください。そういうリュシアさんは色恋とかしたことあるんですか?」

 リュシアは首を傾げる。首筋に冷や汗が流れた。

「う、まあ昔?一応経験豊富だけど?」忙しなく話した。「それに私は二人の年齢を足したのよりも生きてるからね。本当に経験豊富だよ」


(絶対嘘だな……)

 ミナは心の中で呟いた。そして師匠の秘密を知れて爽快感のある気分になったのだった。だが胸の高揚はまだ収まらない。

 からかわれて乙女モードになったミナは、椅子の背もたれに沈み小さくなった。その滑稽な姿を見てリュシアは小さく吹き出した。

「まあ惚れるのも無理はないと思うよ。かっこかわいいからね」

「はは、ちょっと恥ずかしいですね……」

「あ、でもかっこいいだけじゃうちの仲間にはなれないよ」リュシアはパンを片手に続ける。「いつか私を超えるくらいには強くなってもらわないと」

 イシュランは首を傾げるとリュシアを指さして聞いた。

「ところで、強さに相当な自信があるようですが。リュシアさんは何をされているんですか?」

「ああ私は……」


 途端、真顔になった。ミナを拾って旅を初めてからは特に何かしたという記憶がないからだ。過去の記憶を遡ろうにも、適当に生きてきたからなのか人に話せるような思い出がない。

「昔は騎士をやってたよ。今は辞めたけどね」

「そういえば」ミナが思い出したように聞いた。「以前、国が滅びたからなんとかって言われてましたが……どうして五年も一緒にいたのに私に身の上話を話してくれなかったのですか?」

「だって一回も聞いてこなかったから」

「あ……まぁ、確かにそうですね」

 ミナは納得したように座った。

「まあ聞いてくれたらいつでも話すよ。五年と四十二日の仲だし」

「そこまで覚えているんですか……」


 イシュランはコップに入ったジュースを飲み干すと、リュシアを舐めまわすように見つめる。

「リュシアさん、俺とサシでやらないか?」

「やるって何を?私あんまり飲めないよ」

「お酒は俺も飲めない。戦いだよ戦い、俺の強さをアピールする絶好のチャンスって感じ?」

 その声は甘く囁くようでありながら、触れれば傷のつく刃のような鋭さを持っていた。

「いいよ、受けて立とう」口元についたパン屑を指先で払うと立ち上がり、腰の剣に手を置いてイシュランを挑発した。


「でも強いよ、私は」


 * * *


 五分程度の距離にある広場、ここでは不定期で戦闘が繰り広げられている。昼間であれば群衆が円を作り、その中心で殴る蹴るの乱闘が起きる。しかし生憎今は日暮れ、見守る観衆はミナただ一人だった。

 リュシアは毛皮のついた外套を脱ぎ捨てると、腰の剣に手を置いた。抜刀する素振りは見せない。一方でイシュランは二メートル以上ある槍を軽々と肩に担ぎ、余裕とも言える表情を浮かべていた。


「やるんだね。ご飯食べたばっかりなのに」

「俺にとっては寧ろ好都合、腹が減ってはなんとかが出来ないって言うし」


 挑発的に笑い、イシュランはすかさず槍を突き出した。大気を切り裂く一撃がリュシアの鼻先を掠めた。反射的に身をひねり、イシュランを見つめた。


 ──速い。


 リュシアはこの一突きで直感した。

 彼の突きはスピードとパワーだけではない。正確さも同時に持ち合わせている。無駄に押し込むことはなく、確実に獲物を殺せる長さだけ突いていた。自分と相手の距離を正確に理解している、実戦経験を積むことで磨かれる技だ。


「どうした?かわすだけじゃ俺を倒せないぞ」

「イシュランも強いね」

 リュシアは依然剣を抜かない。彼はそれに苛立ちを覚えた。戦いを侮辱されたようだからだ。

 迫る槍を紙一重でかわし、足元、髪、頬を掠める風を受けながら彼女は優雅に舞う。だがイシュランの猛攻は止まらない。地面を抉る勢いで踏み込み、岩をも両断しかねない一振り、攻撃の間隔は次第に狭まり、刃先が残像を描いた。

(油断は禁物だね……触れたらただでは済まなそう)


 リュシアが後方に飛んだ。その動きを予測していたように槍が追撃する。

「なにっ!」

 槍を踏み台にすると、リュシアはいよいよ剣に手を置いて構えた。

「いやはや、まさか槍を足場にして軌道を変えるとは。見事!」

 イシュランの瞳がより一層輝きを増した。

「俺も本気を出そう!」


 突きが、薙ぎが、先のそれとは比にならない速度で繰り出された。彼は息を荒らげることもなく技を連発した。想定以上の速度に、リュシアは剣を抜くことが出来なかった。

「はあ……はあ……抜かないのか?」

「抜く前に突きを入れられちゃうからね。タイミングを見極めないと穴開けられちゃうよ」

「これならどうだ!」

 槍の刃が煌めいた。間髪入れず、イシュランがリュシアのすぐ横に現れる。

「……速」

 彼女は紙一重で槍をかわし、彼の攻撃を受け流してきたがもう限界が近い。至近距離の正拳が髪を掠め、頬に一筋の赤い線が流れる。

 イシュランはにやりと笑う。

「王手!」


 キィンという澄んだ音。月明かりを反射してブレードが顕になる。抜刀は一瞬、刃を弾き飛ばすとリュシアは身を低く屈めた。火花が散り、防戦一方だった戦いはいよいよ本番となった。

 先程とは明らかに違う目をしたリュシアが間合いを詰める。獲物を狙うように走る。


 剣が鞘から解き放たれた瞬間、ミナの心臓は力強く跳ねた。音すらも置いてけぼりにした抜刀の速さに思わず息を呑む。元からほとんど動きを捉えられていなかったが、今の抜刀は完全に見えなかった。

 リュシアは剣で槍先をいなしながら距離を縮める。しかし距離を縮めると拳が飛んでくる。決定打を与えられず、彼女は次第に疲弊していった。


「リュシアさん!」

 ミナの叫び声が響いた。

 槍の一振りが剣を弾き飛ばした。鋼の音がこだまし、剣は空中を舞うと石畳に突き刺さった。イシュランは無防備になったリュシアに警戒しながら近づく。

「流石でしたよリュシアさん。俺にここまで本気を出させたのはほとんどいないです」

「うん、強かったね。かなり。でもまだ勝負は終わっちゃいないよ。殺す気で来ないと、私は倒せない」

「その言葉、最後になるかもしれませんけど大丈夫なんですか?」

「大丈夫。最後にはならないから」


「終わりだ──!」

 刹那、久しく見る好敵手と相手した満足感からか、リュシアは口元がふっと緩んだ。

 槍が体を突き抜ける寸前、リュシアの左手が槍の軌道を逸らし、そのまま地面を蹴った。石畳は砕け、イシュランは反撃に出る前に右手首を掴まれた。

「なっ!」


 ──殺される。


 一瞬死を悟った彼は生物として恐怖した。そして目を細める。

 リュシアの左手が槍を封じ、右手が彼の顔に伸びる。中指と人差し指が瞼を軽く叩いた。

「ザシュッ、ザシュッ」

 そう言うとイシュランの左右の腕の関節を手刀で軽く叩いた。触れた感覚が妙に痺れ、思わず槍を離してしまう。

 続けざまに首元に手刀が振り下ろされた。

「はい。もし敵だったらこれでおしまい」

 リュシアの声は冷たかった。イシュランは荒い息を吐きながら自分が五体満足だということを確かめる。そして唇を引き攣らせながら笑みを浮かべた。

「今の、まじで死ぬかと思った」

 リュシアはふっと笑うと彼に手を差し伸べる。今度は自信を持って彼も握り返した。


「ようこそ、私たちのパーティーへ」

いよいよ仲間が!

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