新たな仲間(依存先)を探して
「こんにちは、参加希望者ですか?」
最初に面接を受けに来たのは赤いマントを羽織った剣士風の男だった。腰には二本の剣、背中には小型のクロスボウと矢筒、肩から禍々しい色をした無数の小瓶をぶら下げている。
「俺はビン・ボーだ。剣も弓も魔法もなんでも出来る万能冒険者だ。今なら仲間になってやってもいいぞ」
「ではビンさん、魔法使いの役として我々の仲間に加わりますか?」
「なんでも任せてくれ。俺の炎魔法で焼き払ってやるぜ!」
「では少し炎魔法を見せてくれますか?」
「炎の根源よ、我が拳に灯火を分け与えよ……いくぞ、フレイム──ショット!」
彼は深呼吸をすると拳を突き出した。
次の瞬間、乾いた音と共に手のひらほどの火が現れた。焚き火の火種のように小さく、丁度いい温度だった。
「ねえ見て見て、マシュマロ焼けるよ」
リュシアが木の枝に突き刺したマシュマロを火に近づけながら言った。焼き目がきつね色になるとはふはふと唇で噛み、表面の焼けた薄皮を飲み込んだ。
「……終わりですか?」
「少しトイレに行ってくる」
ビン・ボーは無言で立ち去った。
「ビン・ボー……まるで器用貧乏を体現するために生まれたような名前だね。焼きリンゴとかやる時に使えそうだね」
「リュシアさんの雷でよくないですか」
「いやね、あれだと変な味がするんだよ」
リュシアはテーブルの上に木の枝を置いた。袋の中に入った普通のマシュマロを口の中に放り込みながら羊皮紙を眺める。いくつかの名前が書かれている。「カネアリ・ブラック」「ウサン・クサーイ」そして先程のビン・ボーの名前が書かれている。
「三人来ましたね」
「今の含めて?」
「はい、今のを含めて三人です」
二人は机に突っ伏しながらこれからの未来について考えた。個性的な人が来たが個性が強すぎる。ミナは特に頭を悩ませた。
「気分転換に外に出ましょう。町外れに行ったら凄腕が見つかるかもしれませんよ」
「そうだね、ところで……採用するならどのポジがいいと思う?」
「ポジション……ですか。銃と剣が揃ってるので槍とかはどうでしょうか」
「槍、悪くないね」
「ですがやはり物理攻撃だと被ってしまうのでいっそのこと魔法使いにするのはどうでしょうか」
「魔法なら私でも使えるよ。並大抵の魔術師よりは強いと思う」
リュシアは左手から炎、右手から雷を出して見せた。両手を合わせ電気を纏った炎の塊を作ると空に向かって打ち上げた。
* * *
アストレインの城門に設置された無数の検問所は、日が暮れたというのに人の往来が激しかった。荷馬車が軋む音、家畜の鳴き声、荷台に乗った男たちが雑談をする声、それぞれが絶え間なく響き喧騒を生み出している。
検問所のすぐ側にある盛り上がった丘、そこに二人は鎮座しながら吸い込まれる人の列を眺めていた。
「リュシアさん、強い冒険者を見つけるのは結構ですがなぜ検問所を選んだのですか?」
「検問所は商人とかがしょっちゅう出入りする。彼らは無防備だから護衛がつく。そこが狙い目ってわけだよ」
「なるほど」
ミナは納得したように人々に視線を巡らせた。特に武器を持った人、やけに堂々としている人が狙い目だという。
目を凝らしいたその時だった。検問所の端で突然馬の悲鳴があがった。馬車を引いていた巨大な馬が手綱を引きちぎって暴れだしたのだ。他の馬よりも遥かに大きく力も強い。二メートルにもなる体格を利用し、無防備な人の群れに突進し始めた。
「行こう」
リュシアとミナは同時に走り出す。剣を握った瞬間だった。
青年が一歩、馬の前に進み出た。
右手に槍を持った中性的な容姿、彼が槍を地面に突き刺すと空気が一変した。重苦しい圧力が辺りに波紋し、馬は驚き動きを止めた。
「──お座り」
青年は瞳を見つめ、静かに右手を馬の頭に差し伸べた。
瞬間、暴れ馬の顔から狂気が抜け落ち、膝を折るようにその場に座り込んだ。周囲は水を打ったように静かになった。
「もう大丈夫です。少し怖がっていただけですから」
青年は笑みを浮かべながらちぎれた手綱を握った。馬は大人しく付き従い、持ち主のところへ戻った。
少し離れた場所から様子を伺っていたリュシアは剣を握ったまま呆然と立ち尽くし、ミナは震えた声を絞り出した。
「今の覇気、感じましたか?」
「強かった。多分あの馬は一瞬死を悟ったはず」
「仲間に……したいと思いませんか?」
「そうしよう」
馬が去った後、辺りは安堵の空気に包まれていた。青年はというと馬を引き渡したあと槍を担ぎ、何事も無かったかのように街の方へ歩き出した。
「すみません!」
大通りに出た青年の背中を追い、ミナは必死に声を張り上げた。彼は声に気づくと歩みを止め、ゆっくりと振り返る。
「俺に何かご用ですか?」
夕焼けに照らされたその中性的な顔立ちは、男とも女ともつかない美貌だった。細い唇、小さくターコイズ色の瞳は見るものを釘付けにする。彫像をそのまま人に当てはめたような容姿だった。
ミナの心臓が跳ね、頬が熱を帯びているのが感じられる。
(きれい……)
思わず両手で頬を抑えた。だが次第に赤くなる頬を隠すことは出来ず、リュシアがその様子を横目で見て小さく笑った。
──きれいだ。
まだ名前さえ知らない。それだというのにただの一瞥で心を奪われてしまった。気づけば彼を呼ぶ声が飛び出していた。顔を赤くしながらもミナは一歩前に出る。
「私と一緒に来てくれませんか?」
「はい……?俺が、ですか」
青年は困った笑みを浮かべると頬を掻いた。ミナは慌てて次の言葉を探した。しかし頭の中はすでに真っ白だ。現状を打破出来るようなワードは一切浮かんでこない。
「ミナ落ち着いて。まったく、知らない人をいきなり勧誘したら困っちゃうでしょ」
「えっと……はい、すみませんでした」
「いえ大丈夫ですけど。どういうことですか?」
彼は二人を交互に見る。武器を背負っているのを見て二人が冒険者だということを知り、これがパーティーへの勧誘だということを理解した。
「なるほど、冒険者ってわけですね。もしかしてさっき俺の活躍を見てたりとか?」
「まあそんな感じだね。あの一瞬、ビリビリとした殺気が私のところまで届いた。馬が膝をついて頭を出すなんて相当な圧力だよ」
「あはは、そんなに殺気をばらまいたつもりはないんですけどね」
青年は肩の槍を軽く叩きながら続けた。
「一応俺も冒険者の端くれですし……腕を見込まれて誘われるのは光栄です。ただ──」
彼は目を細め、二人に殺気を飛ばした。
「俺のこと、まだ何も知らないのにスカウトしちゃうのは危険だと思いませんか?」
「それもそうだね」リュシアが頷いた。「腕前は確かだと思う。でも性格と中身はまだわからない」
ミナは口を開きかけたが、また顔を赤くして下を向いた。
「わ、私は危険じゃないと思います」
その素直すぎる言葉に、青年は一瞬だけ目を見開いたあと困ったように笑った。
「君はちょっと正直すぎるなあ」
リュシアは乙女の目をしているミナの肩を軽く叩くと、
「まずはお互いを知るところから始めよう。私はリュシア、こっちの乙女はミナ」
「俺はイシュラン、一応冒険者をやっている」
「じゃあイシュラン。どこかで腹ごしらえでもしよう。今日の寝食はこっちが負担するよ」
「それじゃあお言葉に甘えて」
リュシアは口元を釣り上げると、拳を差し出した。彼は苦笑しながらも拳を合わせた。「よろしくお願いします」という声と拳が軽くぶつかる音が夜の街に小さく響いた。