討伐、そして豪遊
「は、はい……しかし、 囮ですか」
不安を見せるミナの肩を叩く。振り向いたミナの頬を人差し指でつつくとにんまりと笑う。
「……何してるんですか」
「これで緊張は解けたでしょ。それに私がいるから大丈夫」
「本当に大丈夫なんでよね?」
「私が酔っ払ってない時に限るけど、ミナの命は保証するよ」
リュシアは酒場のドアに触れる。
(本当に大丈夫なのでしょうか……)
* * *
ゴードンがナイフを振りかぶる。欄干を背にしているのでもう逃げ場は残されていなかった。
その時だった。
酒場の扉が蹴破られ、一人の影が顕になる。ゴードンが音に反応し動きを止めた。次の瞬間、間近で雷が落ちたような衝撃が橋を揺らした。
稲妻が一直線に走り、ナイフを持った右手と肩を撃ち抜く。
巨体は仰け反り、一瞬のうちに意識を失い、叫ぶ間もなく地面へ大の字に倒れた。
「──雷閃槍」
剣を片手にリュシアが酒場から歩き出す。握っていた剣のブレードからは未だ閃光がぱちぱちと弾けている。ミナは大男が吹っ飛ばされた光景を見て膝をついた。
「あ、もしかしてお取り込み中だった?」
「い……いえ」
リュシアは軽く剣を振り、残った電撃を払った。大の字に倒れたゴードンの横腹を足で触るが反応はない。リュシアは剣を鞘にしまうと、彼の左足を持った。
「任務は終了だよ。持ち帰るからそっち持って」
「は、はい!」
ミナは右足を持つと歩き出した。
「そういえば追っ手は大丈夫だったのですか?」
「あの二人組の?弱かったね。でも彼らには感謝してるよ」
「どうしてですか」
ミナが尋ねるとリュシアは平然と言う。
「二人組を倒したら乱闘が始まっちゃってね。その隙に抜け出せたからお代はチャラになったんだよね」
「リュシアさん」
「はい」
珍しく怖い顔をしたミナが距離を詰めて言う。リュシアはオーラに耐えかねてそっぽを向いた。
「それは食い逃げといって立派な犯罪行為ですよ。リュシアさんまで賞金首になったらどうなるんですか」
「そ、そしたらいざと言う時の保険になるよ。ミナがお金に困った時のね」
「賞金首を金のネックレスみたいに扱わないでください」
リュシアは悪態をつきながらゴードンの足を引っ張る。ミナはため息をつきつつも、思わず笑みを浮かべた。
日が昇る頃、二人は役所にたどり着いた。門番は最初こそ驚いた顔をしたが、それが指名手配犯であることを確認すると二人を中へ案内した。
「首狩りゴードン……!一体どうやって!」
「私、ちょっと強いからね。この程度なら余裕だよ」
手続きを済ませると、役人が大きな皮袋を持ってきた。中には金貨と紙幣が半々で詰まっている。袋を開けるとミナは目を輝かせた。リュシアは大量の報酬を前にして満面の笑みを浮かべる。
「しばらく寝食に困ることはなさそうだね」
その夜、二人は酒場で豪華なステーキを貪りながら次の目的について考え始めた。アストレインは商人はもちろんのこと、レア物を求めてやってくる冒険者も大勢いる。
ここに定住するならギルドに入るのも一考の余地ありだ。
「冒険者ギルドに入ると寝泊まりが少しだけ安くなるらしいですよ。定職に就くことにもなるので、浮浪者呼ばわりされることもありません」
「でもなぁ……冒険者とかそういう堅苦しいものは私苦手なんだよね」
「確かに、仕事を受注しなかったら資格剥奪ってありますね」
「めんどくさいね」
リュシアは素っ気なく言う。ステーキを切り分けて口に運んでいると、何か妙案を思いついたのかフォークを置いた。
「ねえねえ、パーティーを組むのはどう?」
「パーティーですか?徒党を組んだところで強くなるわけじゃありませんよ。どうせみんなリュシアさんより弱いです」
「言うね……」
呆れた顔をしながら口を吹く。ちり紙を小さく丸めると辺りを見回しながら耳打ちした。
「誰か一人、すごく働く人を仲間にするんだよ。パーティーを申請しておくと手柄はみんなのものになるから私たちは働かなくていいんだよ」
「ですがリュシアさん、そんな都合のいい人が現れるでしょうか?」
リュシアは腕を組むと立ち上がった。しばらくその場で悩みながら回っていると、やがてパーティー募集の掲示板をふと見た。厚い木版に打ち付けられた羊皮紙や紙片が数十枚、古い物は油の染みや酒で文字が読みにくくなっている。
紙を眺めていたリュシアの眉が僅かに動いた。
「これだ」
仲間募集と書かれた紙を手に取るとミナに見せた。どういうことなのかとミナが聞くとリュシアは自信を持って言う。
「私たちも仲間募集をしよう」
「リュシアさん……」
「仲間を募集するのは当たり前のことなのにどうしてそんなにドヤ顔が出来るんですか?」
「私は頭の固い老人なんだよ。突拍子のないアイデア出さなかっただけ褒めてほしいね」
「お肉食べたら頭おかしくなったんですか?」
「しゅん……」
後日、二人は働かせる仲間を探すためパーティーメンバーの募集を始めるのだった。