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首狩りゴードン

 既に夕日は沈みかけ、街は残った微かな太陽の明かりに照らされているばかりだった。赤褐色の石畳を伝うように影が伸び、その上を少しばかり湿った空気が通り過ぎる。

 昼間は賑わっていた通りも今や閑散としており、鳥や虫の鳴き声が遠くから静かに聞こえる。時折酔っ払いの笑い声が聞こえ、リュシアはミナの肩を軽く叩いて起こした。


「ミナ起きて、夜の始まりだよ」

「リュシアさん……夜の始まりだと寝るものですよ」

「魔法で起こしてもよかったけど」


 ミナは自分の頬を叩く。頭を左右に振って目を覚まし、ゴードンがよく出入りすると言われている酒場を注視した。飾り気のない看板、表向きは地方にあるただの酒場だが、出入りする男たちの顔ぶれはどれもまともな人のそれではなかった。

「作戦はどうしますか?」

 ミナが尋ねる。


「私があの酒場に入って人の目を引く。その間にミナは橋の上で囮になってゴードンを引きつける。こんなところだけど理解できた?」

「は、はい……しかし、 囮ですか」

 ミナは眉を顰める。

 リュシアは不安なミナを安心させるように頭をポンポンと撫でた。


「必要なことだからだよ。流石の私でもあの酒場の男たちが合流したら面倒だからね。それにミナの成長にも欠かせないよ」

「この前の両腕ぶった斬るやつとは一味違いますね」

「一味どころか百味は違うかもね。だからこそミナは安全に注意しながら引きつけること。近接戦闘はできる限り避けて、もしすることになったら冷静に対処すること」


 ミナは少し黙って考え込む。袋に入った武器を取り出し、手頃な物を探し始めた。

「わかりました、リュシアさんは一人で大丈夫ですか?」

「私を信じて。人の心配より自分の身を第一に」

「……はい」


 リュシアは草むらから立ち上がり、酒場の前まで小走りで歩いていった。ドアの前に立つと、ミナの方を振り向いて大丈夫だとハンドシグナルを送った。


 閂に手をかけ、力いっぱいに押した。押し開けると同時に酒場の喧騒な雰囲気が耳を打った。殴りつける音、乾杯する音、荒くれ者たちの笑い声が混ざり、薄暗い内装が不気味さを加速させた。

「こんばんは、ちょっと一杯いただけるかな」

 テーブルに群がる男たちの視線が一斉にリュシアに集まった。銀の髪を揺らし、ラフな格好に剣を背負っているその姿はとても一般人とは思えなかった。


 すると奥の方に座っていた男が大きく笑いながら言う。

「お姉さん、俺たちと一杯どうだい?」

 ゴードンの取り巻きの一人が手招きをした。リュシアは柔らかく微笑むと彼らの誘いをやんわりと断った。

「悪いけど子供を外で待たせててね。一杯だけ飲んだらすぐ帰るつもりだよ」

「けっ、釣れねぇな」

 リュシアはグラスを手に取り、ロックの酒を飲み干した。


「……」

 一際首の太い男、ゴードンはリュシアの動きを追いながら取り巻きの男二人に言った。

「少し外で話そう、あの女……気になるところがある」


 夜風が三人の肌を掠め、取り巻きの男は軽く身震いをした。橋の手前で立ち止まり、ゴードンは腕を組みながら低く呟いた。

「やるか」

「ああ」

「俺たち二人は中にいる女を連れてくる。あんたは外にいる子供とやらを頼んだ」

 一人の取り巻きが橋の影を見た。そして肩をすくめて言う。

「只者ではなさそうだけどな」


 ゴードンは冷たい笑みを浮かべながら二人に合図を出した。「俺の合図通りに動け」と言うと、二人に背を向けて橋の方に歩き出す。



 薄暗い照明の中、二人は人目を気にすることなくリュシアの元に近づいた。彼女は静かにグラスを傾け、二人のことに気づいていないように振舞った。

「お姉ちゃん、ちょっと俺らと遊ばない?外に出てさ」

「俺たちちょうどあんたくらいの歳の女が好みでさ。奮発するよ」

 腕を組みながら笑う。リュシアはグラスをテーブルの上に置くと、はあと小さくため息をつきながら言った。

「あんたくらいの歳の女って……私そんなに若く見えるの?嬉しいね」

 一人の額に血管が浮かび上がる。

「でもお断り。残念だけど力任せは好みじゃないんだ」


 二人が同時に襲いかかる。鈍い拳が顔めがけて振り下ろされたがリュシアは華麗な身のこなしで彼らをかわした。そしてグラスを手に取るとナイフを持っていた男の顔に叩きつけた。

 鈍い音が響き、酒と破片が飛び散る。男は呻き声をあげてよろめき、リュシアは腹に蹴りを入れた。彼はそのまま後ろのテーブルを巻き込みながら倒れ、泡を吹いた。


「ちっ、女のくせに!」

「そういう差別的な発言は気をつけた方がいいよ。それに私、男女平等を掲げてるから」

 リュシアは手招きした。血走った目をした男はナイフを取り出して構える。咄嗟に椅子を持ち上げ、ナイフを受け止める。刺さった椅子ごと放り投げ、すかさず肩に掌底を叩き込んだ。背負い投げで床に叩きつけると、もう一人の方を見た。


「野郎……もう俺は止まらないぞ、ゴードンのやつがなんて言おうとここで殺してやる!」

「私を殺そうとするのはいいけど、それよりも後ろに気をつけなよ」

 酒瓶が男の頭に叩きつけられた。先程巻き込まれたテーブルの客がやったものだった。

「お前も殺してやる!」

「ふざけんじゃねえぞこいつ!よくも俺たちの酒を!」


 辺りは一瞬で乱闘に包まれた。大丈夫そうだなと思うと、床に叩きつけた男を見る。既に意識はないようだ。

「悪いけどあんたたちに付き合ってる暇はないんだよね」


 * * *


 橋の上を歩くゴードンの足音は重たく恐ろしさのある音だった。夜の闇の中、ミナはライフルを構えて橋の袂で彼を待ち構えていた。稀に見る強敵の出現に、ミナは喉の奥がひりついていた。

 弾丸は五発、しかし最初の一発を外したら他に撃つ機会はないだろう。ボルトを引く間に距離を詰められて組み伏せられるのは火を見るよりも明らかだ。


「……子供か」

 ライフルを構えたミナの姿を視界に捉えたゴードンは低く呟いた。薄笑いを浮かべながら肩を回す。

「あの女の仲間か?それとも別の賞金稼ぎか」

「動かないでください。下手に動かれると急所を撃つかもしれません」


 ミナは息を呑みながら引き金に指をかける。ゴードンは久々の獲物に愉快そうに鼻を鳴らすと、懐から大ぶりのナイフを取り出した。ミナの二の腕とほとんど同じ大きさの得物だ。

「俺は首狩りゴードンって呼ばれてんだ。狙った獲物は必ず殺している」


 次の瞬間、突風が吹いたような風圧がミナを襲った。彼女は反射的に屈むと、背後に向けて引き金を引いた。土煙が舞い、粘土の壁が抉れた。

(速い……!)

 予備動作無しの踏み込みから止まるまでが一瞬、とても目では追えない。ミナの額に汗が滲んだ。

「ハズレだ」

 声が耳元で聞こえる。振り返った刹那、みぞおちに蹴りが飛んできた。ミナは急所に攻撃を入れられ、地面を転がりながら呻き声をあげた。腰から短刀を抜くと、銃を地面に置いた。


「体術もいける口か。楽しみだな」

 姿が消えた瞬間を狙って斬り込む。手応えあり、しかし浅い。もう一度構えると頬に強い痛みが走る。

(一撃は浅い……でも確実に)


 ──死が近づいてくる。


「子供にしちゃやるじゃねえか」

「ぐっ……」

 体が恐怖で言うことを聞かない。動きが普段よりも鈍っている。

 背後を取られた瞬間、胸に仕込んだダガーを引き抜いて振り向きざまに突き出す。

「……おっと危ねえ」

 彼は仰け反った。頬に触れると血が滴っており、ゴードンはそれを嬉しそうに舐める。


 次の瞬間、拳がミナの胸にめり込んだ。肺にある空気が全て抜けていくようだ。橋の欄干に叩きつけられ、苦痛の声をあげそうになるも声が出ない。

「首をもらうとするぜ。安心しろ、あの女と一緒に飾っといてやるからよ」

 彼はゆっくりとミナに歩み寄り、ナイフで空を斬る。ミナはトンファーを取り出し、ゴードンに向けた。攻撃を受け流すのに最適な武器だが、今では役に立たないだろう。


「……まだ終わっていません」

「既に数箇所が折れている。それにその小さなトンファーじゃ俺の攻撃をいなすことは出来ない」

 それでもミナは睨み続けた。

 力の差は歴然だったが、闘争心の炎が絶えることはなかった。

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