王都アストレインでの雑談
王都アストレインはアーカイオンの隣に位置する王国だ。交易路が交差する場所にあるため古代から交易で栄え、人、物、情報が絶えず流れ込む場所とも呼ばれている。
「街が見えてきたよミナ」
「王都と呼ばれていますが付近に街はないのでしょうか」
「滅びたに決まってるでしょ。城から離れた街は魔物か盗賊に壊滅させられるのがオチだよ」
ミナは一瞬俯いた。残酷な現実を聞いて顔が曇る。
検問所が見えてくるとミナはライフルから弾倉を外し始めた。リュシアは一連の行動を見ると、何をしているのかと尋ねた。
「検問所では弾を抜くのがマナーですよ。弾丸が入ってたらいつでも戦闘を始められるじゃないですか」
「……確かに、ミナは詳しいね」
やがて二人の番がやってきた。石造りの門の下に二人の衛兵と文官らしきやせ細った男が立っている。既にリュシアの後ろには長蛇の列が出来ており、少し並ぶのが遅かったら都に入るまでには日が暮れていただろうという妄想がリュシアの脳裏に浮かぶ。
「次、子供と女……親子か?」
「この子は私の弟子だよ」
「剣士か……」
文官の視線はミナが持っているライフルに吸い寄せられた。走らせていたペンを止めるとライフルについて尋ねる。
「火縄か?ボルトか?」
「ボルトです。弾倉は抜いています」
ミナは文官の質問に淡々と答え、銃口を地面に向けながらボルトを引いて見せた。近くに立っていた衛兵は腕を組みながら唸った。
「銃は持ち込み可能だがあまり街中で見せびらかすなよ」
「別に大丈夫でしょ。昔と違って非魔法使いの兵士は大半が銃を使うようになったし、住人も見慣れてると思うけど」
リュシアの軽口を他所に、ミナはちらりと横を見た。ライフルをトントンと叩きながら言う。
「必要ですから」
冗談めいた様子はない。真剣な眼差しに思わず衛兵は怯んだ。まだ年端もいかない子供だというのに貫禄を感じる口ぶり、ミナにとってライフルはおもちゃでなく生きるための必需品だということが伝わった。
「やるじゃん」
リュシアは城壁を見ながら静かに呟いた。
続けて文官はリュシアに質問を投げかけた。
「戦場帰りか?暴れるなよ」
「戦場帰りをなんだと思ってるのさ。それに私はもう引退した身だから」
肩をすくめるリュシアを見て、少し考え込むと二人の通行を渋々許可したのだった。
* * *
「まずは腹ごしらえにしようかミナ。最近地面の下に埋まった缶詰と野草しか食べてないもんね」
「このままだと栄養失調で死んじゃいますよ。ところでリュシアさん路銀はあるんですか?」
「路銀って?」
「お金のことですよ。ご飯を食べるにはお金がいりますよ」
リュシアは服の中を漁り始める。ちり紙、たわし、ゴムひも、服のあらゆるポケットからごみというごみが溢れ出る。直後、金属に触れる感覚があり喜びの表情を浮かべながらミナに見せつける。
「ミナ、十ゴールドだよ」
「十ゴールドだとパン一つも買えませんよ。せめて百、五百はないとスープも飲めませんよ。お金全部どこに置いてきちゃったんですか」
ミナは呆れ顔で言った。
輝いていたリュシアの表情が曇った。
「いやそれがねミナ、私昔からお金に関心がなかったから貧乏だったんだよね。衣食住は全部勝手に支給されてたから」
「……刑務所にでも入ってたんですか?」
しばらく歩いていると質屋がミナの目に留まった。高価買取の文字が見えると、リュシアの袖を引っ張る。
「剣を売れば一週間は食べるものと寝る場所に困らないと思いますよ。見た感じ相当な値打ちものなので」
「これは売れないよ、思い出のものだからね。だから剣から手を離してよ」
リュシアは苦笑しつつ鞘を引っ張る。ミナは鞘を握る力を更に強める。そして思い出がなんなのか聞いた。リュシアは抵抗しながらあっさりと答える。
「これは騎士団にいた頃に貰ったものだから売れないんだって。売るならミナの銃の方が高いんじゃないかな?」
「騎士団なら年金とか貰えるじゃないですか。いくらお金に関心がないとはいえ、生活に困らないくらいはあると思いますよ」
「国が滅んじゃったら貰えるものも貰えないでしょ。はぁ……もう無理ギブ」
軽い調子で言い放ち、勢い余ってミナは剣を握ったままそのまま後ろに倒れ、尻もちをついた。
「水を二杯、少しだけ飲んでから注文を考えるよ」
「あいよ」
酒場の店員に水を頼むと、腕を組みながらにんまりと笑う。
「考えてから決めるよって言っておくと水だけ頼んでも何も言われないんだよね。ミナも覚えておくといいよ、いずれ役に立つから」
「後払いだから先に頼んじゃってもいいんじゃないですか?」
リュシアは真顔になった。元から何も頼まないつもりだったのだ。そして懐から賞金首のポスターを取り出してテーブルの上に並べた。墨で描かれた粗い顔立ちの似顔絵の横には「盗賊団首領」「首狩り」「毒殺魔」など見るからに凶悪な渾名が書かれていた。
「これだよこれ、これなら確実に稼げる」
ミナは水の入ったコップを置くと、紙を指さした。
「首狩りのゴードン、懸賞金六十万ゴールド。これとか簡単そうじゃありませんか?」
「懸賞金が低いイコール簡単だとは限らないよ。でもやってみる価値はありそうだね。まずは罪状を見てみようか」
「首狩りゴードン、別名を戦斧のゴードン。街道沿いで旅人を襲撃。特に若い女性を標的とし、暴行の末に斧で頭部を切断。切り取った頭部を持ち帰り、簡易な化粧を施し妻と称して並べていた形跡あり。現場からは女性用の衣服や装飾品が多く見つかり……」
途中まで読むとミナは引き攣った声で言った。指先が微かに震え、指から紙が落ちる。
「え……なにこれ、気持ち悪すぎませんか?」
「頭を並べて妻と呼ぶ。とんだ異常者だね」
普段達観しているリュシアの声も珍しく嫌悪の色があった。
「六十万ゴールド、これって見間違いじゃないですよね」
「……ひい、ふう、みい。間違ってないよ」
「許せません。絶対に討伐しましょうリュシアさん」
ミナは呆れと怒りが混ざった声をあげた。リュシアは紙を睨みつけたまま低く言う。
「殺さなければいいみたいだから両腕ぶった斬るよ」
溢れ出る気迫に一瞬怯みながらミナが頷いた。
「店員さん、ステーキとお酒もらえるかな?」
「かしこまりました」
「支払いはどうするんですか?」
「ツケだよ」
ミナは慌てて声を潜めた。
「本当に大丈夫なんですか?」
「大丈夫大丈夫、こういうのは今を凌ぐためにあるから。それにほら」
指先で手配書の文字をなぞった。最終目撃、黒樹の橋と呟くとにやりと笑った。
「黒樹の橋はここからすぐ近く」
「夜に出現するみたいですね……無防備な通行人、特に女性を夜の闇に紛れて襲うのは間違いないでしょう」
「橋に行けば会えるってことだね。待ち伏せしようか」
リュシアは水の入ったコップをぐいと飲み干し、準備運動ついでに軽く肩を回した。
「怪力バカなら楽なんだけどね。難易度は激ムズってあるし、捕まってないのも相応の理由がありそうだね」
ミナは頷きながら弾倉を確かめ、周囲を見回した。他のテーブルの客は昼間だというのに酔いつぶれており、自分たちのくだらない会話に夢中のようだ。
ミナは更に小さい声で、耳打ちするように言った。
「このあと橋まで行って付近の地形の下見をしましょう。見晴らしのいい場所を探して、そこで夜を過ごしましょう」
「賛成だね。あと、無理はしないようにね」
「お待たせしました」
店員が卓上に肉を置くと、鼻腔を刺激する煙が上がり、じゅうじゅうと香ばしい音が弾ける。ミナはナイフを取り、リュシアはフォークを逆手に持ちながら唾を飲み込んだ。
「いい音だね」
「……久々のご馳走を前にしたら、緊張も忘れてしまいそうです」
「だから食べるんだよ。緊張で本番に固まっちゃったらダメだからね」
湯気を通して二人の視線が重なった。