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雨の中、廃墟を歩く

 アーカイオンが地図から姿を消して既に一年と少しが経過した。スコールを思わせる豪雨がトタンの屋根に落ちては跳ね返り迸った。

「雨は嫌いです」


 先に口を開いたのは金髪の少女だった。名をミナ・ハーヴェイといい、年はまだ十五だ。

 ミナの呟きを聞いて、隣に座っていた長身の女が立ち上がった。

「雨音は聞いていて気持ちがいいと思うけど」

「リュシアさんは不思議な感性をされているのですね」


 リュシアは小さく頷くと鞘から剣を抜いた。天に向かって剣先を構え、鋭い眼光を雨雲に向けた。根元からバチバチと電流が溢れ、やがて剣全体を電気で覆った。


「ミナが望むならあの雲消してもいいよ」

「いえ……別に消し去りたいほど嫌いなわけじゃないです」


 リュシアはしばし空を睨みながら立ち尽くしていたが、やがて小さく息を吐いた。目を閉じると同時にブレードを包み込んでいた電流は弾けるように消え、静電気が残り香のように漂った。


「お腹すいたね。ご飯食べに行かない?もしかしたら向こうに食料が転がってるかもしれないよ」

「リュシアさん、向こうには廃墟しか見えませんよ」

「うん。そうだよここには廃墟しかないよ」


 二人はアーカイオンの跡地に足を踏み入れていた。今現在彼女らが座っていた場所は、奇跡的に原型を留めていた家の軒先だった。瓦礫、瓦礫、瓦礫、ただひたすら都市の残骸が広がっている。

 リュシアは転ばないよう大剣を、ミナはライフルの銃床を杖の代わりとして扱った。


「しかしなぜこんな場所を選んだのですか?」

「わかってないねミナ、アーカイオンはかつて人口百万人を超える超巨大国家だったんだよ。それが今では廃墟の街、近隣諸国も手を出そうとしないから侵入し放題ってわけ」


 なるほど、と頷きながらミナは小走りで進む。


「ですが──」

「あ、ちょっと待って。地平線の先に誰かいる」

「敵ですか?」

「オーラがすごいトゲトゲしてる。数は七、いや九人。屈強でむさ苦しい男たちだね。捕まったらミナはあんなことされちゃうかもね」


 ミナは頬を膨らませ、地面からライフルを抜き、やけになったように振り回した。木製の銃床が空気を裂き、リュシアの銀の髪を掠める。

 二撃、三撃と畳み掛けるもリュシアは最小限の動きで巧みにかわした。


「……どうして動かずに避けられるんですか」

「コツがあるんだよコツが。特に力任せで攻撃してくる相手には有効、スピードはあっても動きを読みやすい」


 息を荒らげながらライフルを振り回すミナ、しかし一撃一撃は空振るだけで、リュシアの体を捉えることは出来なかった。

 次の瞬間、ミナが振り下ろした銃身を半歩横にずらしてかわすと、そのまま滑るように懐に飛び込んだ。


「はい、勝負あり」

 指先でそっとミナの頬に触れた。雨粒よりも軽い感覚に、ミナは目を見開いたまま動きを止めた。彼女の胸の奥で、悔しさと同時に不思議な感覚が広がっていく。

 リュシアは穏やかに微笑みながら背中を向け、人がいる方向に歩き出した。そして静かに告げた。

「次はもっと冷静になりながら打つといいよ」



「凶暴そうな男たちだね」

「いかにも野蛮人っぽいですよ」


 廃墟の街をしばらく歩いていると、リュシアが言った通り九人の男たちが見えてきた。ミナは弾倉を確認し、ライフルを構えた。二人は足を止めると物陰に隠れながら彼らの姿を伺った。


「本当に敵でしょうか?もしかしたら私たちのように物資を漁っているだけかもしれませんよ」

「じゃあ交渉してみる?」

「それは……ちょっと」


 リュシアは立ち上がり、髮についた水滴を払いながら男たちに向かって歩き出した。

「ま、待ってください。危険ですよ」

 袖を掴むミナをやんわりと振りほどきながら、リュシアは瓦礫を踏み越えた。足音に気づいた一人が仲間に耳打ちし、九人全員が警戒しながら視線を向ける。


「私は旅人だ。争う気は無いよ」

 両手を広げ、敵意が無いことを示しながら低い声で呟いた。

 スキンヘッドの男は怪訝な表情を浮かべながらリュシアの身体を見つめた。しばしの沈黙のあと、男は下卑た声を上げる。

「女が一人、しかもこんな廃墟で旅だと?」

「笑える話だ。ライフルも持たずに身を守れると思ってるみたいだぞ」


 大男が斧に手を伸ばし、膝についた砂を払いながら言った。

「えーと、残念なことに旅人の御方は行方不明になってしまいました。原因は不明ですが恐らく大穴にでも落ちたことでしょう」

 リュシアよりも二回りは大きい男の目は悪意で濁っており、根っからの悪党の目だった。

「安心しろ、頭をかち割るから痛みはない。ずれるかもしれないから動かないことを勧めるぜ」


 大男が咆哮と共に斧を振り下ろした。鋭い刃がリュシアの頭上目掛けて振り下ろされる。しかし彼女は一歩も引かず、後ろに隠れているミナの方を向きながら優しく言う。

「これが応用だよ」


 次の瞬間、リュシアは斧の軌道をずらしてかわした。髮を揺らしながら体を滑らせ、剣を抜いて大男の懐に飛び込んだ。

「力は受け止めるよりも受け流す方が楽。これは覚えておいた方がいいよ」

 剣先を突き立て、ミナに応用レッスンを教え始めた。


「ぐあっ!」

 鋭い肘打ちが大男の顎を砕き、巨体がぐらりと揺れた。よろけた所をすかさず追撃し、高く振り上げた踵を振り下ろす。仰向けに倒れ白目を向いているのを確認すると、リュシアは小さく呟いた。

「……一人目」


「てめえ!」

 仲間を倒された盗賊は武器を構えて殺到した。ダガーを振り下ろしてきた男の腕を脇で挟み、関節を破壊した。男は痛みで叫び声をあげながら後退した。誰かが片手剣を振り下ろした瞬間、腰の剣が閃き剣を両断した。

「三人目」

 次は二人同時に飛びかかってきた。二本の刃をブレードと鞘で受け止めると、少し傾けて受け流す。背中に斬撃を喰らわせ、もう一人は鞘で殴りつけた。


「女だからって甘く見ないことだね。それと数で押しても勝てないから逃げるなら今のうちだよ」

 リュシアの声には一片の焦りや揺らぎもなかった。


 怒号と共に三人が迫る。刃が打ち合うたびに火花と砕ける音が響いた。リュシアは変わらず棒立ちでいなしていく。彼女の身のこなしは滑らかであると同時に鋭い。剣がぶつかるたびに呻き声は増えていく。


「ふう」

 剣についた血を払い、最後に残った一人を見た。リュシアは剣を振り上げない。ただ一歩を踏み出しただけで男の戦意を折った。彼は持っていた武器を投げ捨てると、蜘蛛の子を散らすようにどこかへ走り去った。


「交渉の余地なんてなかったね。じゃあ私たちは行くとしようか」


 盗賊たちに背を向けて歩き出す。鞘に剣をしまい、小さな欠伸をしながら跳ねた。

 刹那、地面に影が伸びた。

「っ……!」

 最初の大男はまだ息絶えていなかった。振り向きざまに剣を抜こうとしたが鞘に引っかかっている。振り上げられた斧がリュシアもろとも破壊しようとした。


 乾いた銃声が一発。


 リュシアは剣に触れていた腕を降ろし、後ろを見た。そこにはライフルを構えたミナがいた。肩を撃ち抜かれた男はそのまま後ろに倒れる。大男が完全に沈黙したのを確かめるとリュシアは短く息を吐いた。


「大したものだね。私が剣を抜くよりも速く敵を、しかも正確に肩を撃ち抜くとはね」

「ただ隠れる訳にはいきませんから……」

 どこか愉快そうな表情でミナの頭を撫でる。ミナも満更ではないようだ。直後、ミナの腹の虫が鳴る。


「い、今のは違います」

「じゃあご褒美は美味しいものにしないとね。缶詰みたいな保存のきくものがあればいいんだけど」


 雨音が滴る中、二人の笑い声が混ざった。

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