16.
遠足を思いっきり、その後は楽しんだ。
あの、変なヤツのことも忘れるほど楽しんだ(思い出そうとしたら痛み出す)。
そして、
あっという間に帰る時間はやってきた。
「楽しかったなぁ、いぶき。」
「・・・そうだな。浜辺。」
「・・・なぁ、俺がいぶきのこと、いぶきって呼んでるんだから俺の事ぐらい名前で呼んでくれよ。」
「えー・・・」
お前の名前って何だっけ。
そう聞く前に、東雲が話しかけてきた。
「なあ、帰りもバスだろ。伊吹ってさ酔い止めもってきてないだろ?」
「あ・・・そうだった。」
帰りのバスのことを思うと今すぐに酔いそうになってくる。
トラウマが蘇る。気分が一気に憂鬱に。
「ふっ。そーだと思ってさ。はい、これ。」
と、東雲がグーにした手を俺の前に出してきた。
受け取れよ、と目で言ってくる。
俺は何だろう、と思いつつそれを受け取った。
小さな袋に小粒のラムネのようなものが入っている。
「・・・これって何?」
「え・・・酔い止めだよ、酔い止め。」
「ヨイドメ・・・って、これで、あの気持ち悪いのがおさまるのか!?」
「えーっと、・・・・」
東雲が困ったように浜辺を見る。
「大丈夫、拓真はおかしくない。いぶきがあほなだけだから。」
「そうか。」
「おいっ。」
俺があほ、ということになると東雲は少しホッとしたようだった。空気が緩んだ。
おいっ。
「そう。取りあえず、これ飲んだら治まる。」
「これを・・・呑む・・・だと?」
「浜辺ぇ、コイツあほぉーー!!」
東雲がまたまた浜辺に助けを求めるように視線をやる。
いやいや、このラムネっぽいのを呑むって何だよ?食べる、の間違いでは?
浜辺が俺に任せとけ、と言わんばかりに前に出てくる。
「いぶき。噛んだらダメだ。丸呑みしろ。」
「は?」
「もう一度言う、それは、呑め。」
「うそ・・・だろ・・・」
喉につまるじゃねぇか!!
そこまでしないと酔いっておさまらないのか!?
というか、呑むなんて常人の考える事じゃない!!
と、深刻な顔になっているとプっと吹き出す声が聞こえた。東雲だ。
「いぶき。酔うか、呑むか。どっちがいい?」
「・・・・」
「いぶき、東雲の思いをちゃんと受け取れよ。」
「・・・っ。」
そういうと浜辺は水筒のコップに水をなみなみとそそぐ。
それを、俺に手渡してきた。
「これで、呑め。」
「・・・浜辺・・・これ、呑まなきゃダメか・・・?」
「ああ。東雲の思いだ。いぶきが苦しまないように、渡してくれたモノなんだぞ。」
東雲が笑い転げている。
「・・・っ。」
俺は覚悟を決めた。
ラムネのようなモノを口に放り込み、水を一気に流し込んだ。
うっ・・・
喉に固いモノがつっかえるような感覚がした。
ホントに、呑み込めるのか・・・
自然と目が涙ぐんできた。
「いぶきっ!!」
浜辺が俺を応援するかのように名前を呼ぶ!!
東雲は笑い転げている!!
っ!!!
ごくん。
・・・・!!
俺は浜辺に目をやった。
浜辺は嬉しそうに視線を返す。
「・・・・呑み込めた。」
「よくやった、いぶきぃ!!」
「浜辺!!」
浜辺が俺をぎゅっと抱きしめてくる。
東雲は笑いすぎてひゅーひゅー息をしている。
「これで、酔わないぞ、よかったな。」
「ああ、ほんとうにありがとう。浜辺、東雲。」
俺と浜辺は感動に浸っていた。
東雲は涙を流しながら笑っている。苦しそうだ。
そこで「バスに乗り込めよー」という先生の声が聞こえる。
俺と浜辺は顔を見合わせて微笑むとバスに乗り込んだ。
東雲はまだひゅーひゅー言わせている。
そんなこんなでバスに乗り込んだ帰り道。酔わないことに安心しきったのか、俺は帰りのバスでは熟睡していた。
目覚めるとそこは学校だった。
疲れ切っていたのだろう。しかし、寝ていたら酔わないのも当然だ。
あのラムネの効果があったのかどうかはよく分からない。