10.
浜辺と陸上部の仮入部に来た。
昨日、闇さんに提案されてからわくわくが止まらなかった。
こんなにわくわくするのは久々だ。
俺はいつも自分の力を隠すためにひたすら頑張ってきたから、自分の力を出せるのはとても嬉しいことなのだ。
陸上部の活動場所は学校のグラウンド。
広々としていて、風通りがよい。
「えー、陸上部の部長の速見 凉兎です。専門は400mです。
まずは、アップからいきます。怪我を防止するために大切なモノなので、しっかり行って下さい。」
と、部長が言うとまずはグラウンド二周のジョグから始まった。
ここで、周りを見る。
部員の数は十数人程度。かなり少ない。
そして、仮入部に来ているのは俺たちを含めて6人。
人気がないのか?と心配になるほど少ない。
と、いってもこの学校の花形は野球部だ。そこに入る人たちが多いのだろう。
陸上部に来る人はあまりいない、と言う風潮が長く続いているようだ。
ジョグが終わると、準備体操に入る。
その後、ハードルまたぎ越し、というアップにはいる。(調べてみたら出てくると思う)
足の可動域を広げ、柔らかくするために行うそうだ。
そして、一旦休憩にはいる。
大きなイチョウの木の下に木陰ができていて、そこで休憩するようだ。
ここまでで、かなり汗をかいた。
「ふう・・・昨日とはまた違った雰囲気だなぁ、いぶきぃ。」
「ああ、そうだな。でも、楽しいな。」
と、浜辺と笑い合っていると、部員の1人が俺たちに話しかけてきた。
「ねぇ、君たちは何で陸上部にきたのぉ~?」
のんびりとした口調で聞いてくる男子部員。
地毛である茶髪がクルンっとまいていて、ふわっとした髪形。可愛らしい系の男子だろう。
ジャージをきていて、こんな暑い中、長袖で大丈夫なのかと心配になる。
「えっと・・・、コイツの付き添いです!!」
「へぇ~・・・ふうん・・・で、君は?」
「俺は、他人と比べるのではなく、自分と戦えるこの部活に興味を持ちました。」
「・・・真面目だねぇ~」
と、言い残すと俺たちに興味がなくなったのか、また別の仮入部に来ている生徒に話しかけにいった。
何なんだ、と思いつつ浜辺のほうを見ると、どこか悲しそうに俯いていた。
らしくねぇ。
「いぶき・・・俺、なんの為に陸上部に来てるんだろうなぁ・・・」
「別に。色々試して、自分に合う部活を選んだらいいんじゃない。」
「そっか!!そうだよな!!うん、よし、じゃあ、頑張るか!!」
切り替えが早い浜辺。こういうところが羨ましい。
と、切り替えが終わったところで部長が大きな声で指示を出す。
「よし、じゃあ始めるぞ。短距離したいやつは俺に着いてこい。投擲競技はあの先輩に、」
と、指を指したのは女部員の先輩。黒髪を後ろでギュッと結んでいる。
がっしりとした体つきだ。
「で、跳躍競技はコイツ。」
部長はチャラチャラとした男部員の人の肩に手を置く。
その先輩はひらひらと手を振る。
「最後に、長距離はアイツについていってくれ。」
指がさされたのは、さっきのかわいい系先輩だ。
嘘だろ? あの人が長距離?
・・・・まあ、どの競技でもギャップがすごいのは変わりないけど。
「じゃあ、解散!!」
と言うと、仮入部に来ている生徒は戸惑った顔をしてみせた。
そして、少し話したかと思うと、短距離のほうへと足を向けていた。
俺も短距離へ・・・と、思ってくるっと体を回転させる。
がしっと、肩をつかまれた。
かわいい系先輩だ。
「・・・なんですか。」
「君は長距離向きだよぉ~、じゃ、一緒に外周走ろっか。」
「は?」
反撃しようと思ったが、肩をつかんだ手が離れない。
というか、ぐっと力を入れられる。痛い痛い。
浜辺に助けを求めようと目をやるが、手を振って口パクで何か言っている。
が、ん、ば、れ・・・・・
クソが。
俺は先輩に抗うことを諦め、外周コースと呼ばれる、学校の敷地内を一周するコースへと連れて行かれた。
「えっとねぇ、長距離はぼくと、あの先輩だけなんだぁ。」
と、指差すのは女の先輩。
短く切られた黒髪。体操服のズボンから出る足にはキレイな筋肉がついている。
背がすらりと高く、細身だ。
「あの先輩はねぇ、1500専門なんだよぉ」
「1500ってなんですか?」
「えっと、1500mのこと、ごめんねぇ、初心者には分からないよねぇ。」
イラッとした。
普段陸上競技なんて見ないから、分からなかった。
結構あたりまえのことなのか?
「で、ぼくは3000専門だよぉ。たまに1500もするけどぉ・・・」
「そこ、無駄口叩いてないでとっとと走りなよ。」
ぴしゃっと女先輩が声をあげる。
結構怖そうな先輩だ。
「分かりましたよぃ、梨香ちゃん。」
「うざ。先輩って呼びな。きもいから。」
と言うと、梨香?先輩は走り出した。
かわいい系先輩はふっと笑ってから、俺を見て
「このコースは一周2キロメートルぐらいなんだぁ。ぼくたちは三周するけどぉ、無理そうだったらいつでも抜けていいからねぇ。」
イライラッ
こののんびりした口調で煽られるのはとてつもなくイラつく。
「平気です。」
「そっかぁ。じゃあ、ぼくについてきてね。」
そういうと、可愛いウザい先輩は走り始めた。
俺は後ろに着いていく。
五分程経過した。
かなりペースが速い。
かわいいだけじゃない、やはり、長距離選手といった感じだろう。
「ねえ、息きれてきたねぇ、大丈夫かなぁ?」
「・・・・・」
「ふふっ。あ、ぼくのなまえ、言ってなかったねぇ。ぼくは川田 流星っていうんだぁ、君は?」
「・・・山田伊吹です。」
「ええ!!山田っていうんだぁ!! 川田と山田、奇跡だねぇ、山川コンビだぁ!!」
「・・・・」
走りながら喋るな!!
って、言いたいのをぐっと我慢してついていく。
息のしかたが段々整ってくる。走るほど整うというのは不思議なモノだ。
一周目が終わる。
「ラップ 07.32。良い感じだねぇ。このまま行くよぃ。」
体が軽くなってきた。
竜人の血が騒いでいるのを感じる。
竜人はもともとタフネスだ。その血のおかげで俺もいきなり走っている割にはかなりついていけている。
ちょっと、後ろめたさはあるけどね。
「はやいねぇ、君。ぼくが一年生のころとは大違いだねぇ。ぜひ、陸上部に入って欲しいよぉ~」
「・・・」
「えへへ。」
返事はしない。
リズムが崩れそうで嫌だった。
二周目が終わる。
「二周目、07.45 最後、飛ばすよ。」
ぐっと、速くなる。
テンポが上がる。
先輩を追いかける。
自分の息の音しか聞こえない。
タンッタン・・・・
足を踏み込む軽快なリズム。
乗ってきた。
真っ白になっていく世界。
自分の息の音、足の音、心臓の音、
自分の音でいっぱいになる。
ああ、どこまででもいけそうだ――――・・・・
「はいっ 三周目 06.35!! 終了!!」
三周目が、終わった。
「いきなり止まるとよくないからねぇ、ゆーっくり、ジョグしよっかぁ。」
心臓の高鳴りが止まらない。
疲れているのではない。わくわくしている。
「伊吹君、すごいねぇ、こんなについてこれるなんて。」
「いえ・・・・まだまだです。」
「えへ。ぜひ、入って欲しいなぁ・・・」
はい、入りますとも。
俺は自分の居場所を見つけたような、そんな気持ちでいっぱいになった。
その後、まだまだできるでしょ!!と言う事で400×3 のインターバルを二本やらされたのは、かなりきつかった。