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紅の魔女編(3)

 舞姫に連れられて地下駐車場まで歩いて行く。道中、同じ制服を着た隊員達とすれ違い軽く挨拶を交わした。

「今の人達は黒崎隊の人ですね」

「はいよ」

 改めて舞姫からハンターの説明を聞く。

 組織アニマには特級怪異デーモン専門の守護天使以外にも、怪異狩りと呼ばれる怪異ハンターや怪異を異能力で結界に閉じこめる封印士達がいる。先程の黒崎チームは、羅我達と同じデーモンハンターであった。

 各チーム事シフトはローテーションで、二人一組が基本となる。

 羅我の初仕事は舞姫とコンビを組み、神嶋市の某地区をパトロールであった。


 守護天使専用の車を羅我は運転し、舞姫は助手席に座っている。

「なぁお嬢ちゃん」

「はい、お兄さん」

「俺の事」

「好きですよー」

 やはり本気か。冗談でなく本気で言ってるのか。

 確かに隣で鼻唄を歌うこの少女は、可愛い顔をしている。

 成長し大人の女性になった時が楽しみであるが、今は未成年。残念だが恋愛対象外。その様な目で見る事はありえない。

 だからあえて耳が遠いふりをする。

「スキー?」

「あははは。そう来ましたかー」

 ケラケラと腹を抱えて、舞姫は楽しそうに笑う。

 好意を持たれるのは、悪くない。心の重りがまた一つ軽くなっていく。

 羅我はまだ、あの殺し合いを気にしているのだから。

 未成年の子供を手にかけそうになったのだ。防衛本能とはいえ、そう簡単に自分を許せるわけない。

「……俺の事こわ――」

「うーん。とても野性的でイケメンで、いい匂いします」

「そうか夏休みに飼ったはいいが、お盆前に死んだカブトムシや、雨で濡れた捨て犬みたいな臭いだと妹によくからかわれるぜ」

「あははは。それはまた随分な言い草で。それだけ、妹さんと仲がいいんですよね」

「まぁ二人だけの家族だし、じゃなくて……」

 脱線しすぎた。何故、体臭の話をしてしまったか。

「んんっ。正直怖いですよ。お兄さんに、食べられそうになるし」

「わりぃ」

 何度でも何回でも謝って、許しを請う。自分にはそうする事しか出来ないのだから。

「あぁわたしって男を知らないまま、あの世にイッちゃうのねって」

 舞姫は羅我のそんな気持ちを知ってるのか、知らないのか。テンション高く色っぽく、豊満な肉体をくねくねする。

「ああんっ、でも誤解しないで。女を知ってるわけでも……」

「あのな。そういうの言わなくていいから」

「はーい。ってか、もうわたし達打ち解けてません? まるで昔からの恋人だったかの様に」

「それはないな」

「ナチュナルにフラれた!」

「カカッ。まぁでも、そうだな。既知感。昔から、知ってるような気はするぜ」

 明るく振る舞う彼女に、羅我は救われた気持ちになり軽口をたたいた。

「あっ、お兄さん、コンビニ寄ってくださーい」

「いいのか勤務中だぞ」

「あはっ。見た目より真面目ですね、素敵。仕事が命がけの分、それ以外はユルいですから。あはは」

 それならいいか。羅我はコンビニの駐車場に車を入れエンジンを止めた。

「お兄さん、アイス好き?」

「おう」

「買ってくるから待っててー」

 ちゅっ。唇が頬に触れ、あはっと笑いながら手を振り店の中へ消えていった。

「やれやれ、困ったお嬢ちゃんだ」

 ハンドルに両腕を置き頭をのせると、見覚えのある顔がコンビニの前を通り過ぎる。

「あっ?」

 先日まで世話になった尾上組の後輩、テツヲであった。

 尾上組と背中に書かれた薄汚れたツナギを着て、大事そうにスポーツバックを両手で抱えている。

「ったく、目立ち過ぎんだろが」

 中身は恐らく、デブリ。デビル・ウェポンの可能性もある。

 守護天使としては見逃せない。呼び止め荷物を見せてもらうのも、仕事の一つなのだが。

「へっ。見逃してやるよ、テツヲ」

 テツヲは羅我に気づかず去っていった。


「んっ?」

 細身で背が高く色白の中性的な青年が、車に近づいてくる。

 栗色の綺麗に手入れされた少し長めで、ふわふわした髪が風になびく。

 毎日のスキンケアを欠かさない整った肌と、薄くメイクしたその顔に羅我は見覚えがあった。

 違法と知りつつも、毎回デブリを買い取ってくれる質屋らびっとの店主、兎ラビが近づいてきたのだ。

「ラビさん」

 羅我は車のドアをあけて外に出ると、青年の名前を親しげに呼んだ。

「あらぁん。やはり羅我ちゃんだわ。どうしたのぉん、その格好」

 驚かれるのも無理はない。暑がりの羅我がネクタイをゆるめ着崩してるとはいえ、正装しているのだから。

「へへっ。転職だぜ。初日なんでよ、最初ぐらいはちゃんとすっかなって。ラビさんこそ、最近どしたよ。らびっと、閉まってんじゃん」

「うふっ。気・に・な・る? 未知なる快楽の扉を開いちゃう?」

 羅我の逞しい胸板を、細長い指先でなぞる。

「へっ、興味ねぇよ」

 ラビの過激な行動に慣れたもので、鼻で笑い飛ばした。

「あら残念。最後に一回ぐらいと思ったのに」

「最後?」

「店しめるのよ。ほら結構色々やってるじゃない。そろそろ潮時よん」

「あぁ……だな。色々助かったよ。ラビさん、ありがとう。先日美亜、無事に手術終わったぜ」

「良かったわ。ろくでなしのアタシが、少しでも他人の役に立てて。例えそれが、違法でもね」

 彼には彼で色々とあったのだろう。だが本人がそれを話そうとしない以上、こちらからは聞いてはいけない。

 それが大人のつきあい方というものだ。だから当たり障りない話題を選び、会話を続けた。

「これからどうすんだ」

「うふっ、人助けよ。探してた物がやっと手に入ったしね」

「えっ。それって……あっ」

 駐車場で話し込む二人の前を、派手なジャージを着た少年達が通り過ぎる。

「あいつら」

 先程デブリを抱えて歩くテツヲが頭によぎった。

「知り合い?」

「そんなところだ。またなラビさん」

「またね、羅我ちゃん」


 ――すぐ会えるわよ。きっと。


 その呟きは、少年達を急いで追いかける羅我の耳に届かなかった。


「それ置いてけや、おじさん」

 羅我がたどり着いた先で、少年達はテツヲを袋小路に誘導し追いつめていた。

「こ、これ只のゴミです」

 集団に囲まれ脅えた声で、スポーツバックを強く胸に抱きかかえている。

「ゴミならいいだろ? なぁっ?」

 坊主の少年が仲間達に同意を求めると、周囲は下品な笑い声で包まれた。

「か、金がいるんです。ゴミでも買い取りしてくれると聞いて、俺」

「……」

 坊主は無言でナイフを取り出し威嚇する。プレッシャーを与えるには、その方法が一番てっとり早い。

「ひっ!」

「もめ事か、テツヲ」

 ギリギリ間に合って良かったと羅我は思った。

 通行止めだと邪魔する少年達を大怪我しない様、倒すのに少々時間がかかってしまった。悪魔化した影響で、力の加減が難しいのだ。

「御門さん」

「げっ! あの時のアニキ!」

 先日羅我からデブリを盗み、蛙デーモンから逃げ出したグルーブの生き残りであった。

「懲りないな、またお前らか。刃物なんてダセェぞ」

 顔を見合わせる少年達は素直に頷いた。

「アニキには、命救われたから」

 険が消え年相応な表情で、前歯の無い笑顔を見せた。


「お前らデブリの中身知ってるのか?」

「いや全然」

「テツヲ、中見せてくれ」

 スポーツバックの中には、持ち手を欠損してる墨色の杖の先端が入っていた。

 只のゴミにしか見えない。

 これはデビル・ウェポンなのか。あの時リリスは、スイッチを押したら反応した。

 手を伸ばし突起物を探す。コリ。指の腹に突起を感じ、物は試しと押してみる。

 特に何の反応も起こらない。

「考え過ぎか」

「あの……御門さん」

 不安そうにテツヲが、顔を覗きこんでくる。

「テツヲ、どの店行くつもりだった?」

「羅我さんに聞いたラビさんの店です。今行ったら休業になってたので、別のところにしようかと」

「あそこじゃなきゃ駄目なのか?」

「いえ。買いとってくれたら、どこでも」

「ならこいつらでいいだろ? お前ら金あんだろな」

「ッス。その人のとこなら」


「羅我お兄さーんどこー。アイスとけちゃうよー」


 舞姫の能天気な声が聞こえる。

「御門さん行ってください。俺、この人達についてきます」


 *

 テツヲは少年達に連れられて、閉鎖されたショッピングセンターへ足を運んだ。

 そこは普段少年達のたまり場になっていて、店内は以外と綺麗に片付いていた。

 日の当たる一角にキチンと手入れされた革のソファーが置かれ、真紅の長い髪を腰まで伸ばした黒いロングドレス姿の小柄な女性がタバコ吸いながら座っている。

 綺麗な人だ。外国の血が入ってるのか、肌白く非常に整った顔はまるで人形の様。あの真紅の髪も、きっと地毛なのだろう。

 不良達と一緒にいるのにはあまりにも場違いだが、派手な服装も口に咥えた煙草も彼女の雰囲気に似合っている。


「火憐さん。ここ禁煙っす」

「えっ? そうなんだ。それは悪かったね」

 火憐と呼ばれた女性は慌てて、ヒールでぐりぐりとタバコの火を消した。

「メールで連絡した通り、デブリを売りたい客つれてきたッス」

「君ら脅して、連れてきたりしてないだろうね」

 ギロリと真紅の瞳で睨み付ける。背筋震える程、その目には力がこもっていた。

「し、してないですよぉ。客の意思ですよぉ」

「どうも。あのデブリを買いとってくれるって聞いて」

 テツヲはそう言って少年達の合図で、スポーツバックを床に置く。

「外れでも払うよ」

「外れ?」

「探し物しててね。ただそれが何なのか、わからなくてさ」

 不思議な事を言う人だ。探し物がわからないのに、探すなんて。

 火憐は手を伸ばし、中身を確認する。

 墨色した杖の先端が、外気に触れた。

「あはっ。これだ。アタイが夢で何度も見たデビル・ウェポン」

「――カレン・アカツキ認証しました。スリープモード解除――」

「あはっ。あははははは。そっか。そういうカラクリか。参ったな」

 火憐は口角をつり上げて笑う。その顔には、狂気が浮かんでいる。

「どうしたんすか、火憐さん」

 いきなり笑いだした火憐に不安を感じたのだろう。少年達は恐る恐る声をかけた。

「思い出したんだよ。完全ではないけどね。アタイがこの世界でやるべき事を」

 欠損している杖の持ち手が再生する。それと同時に杖の影は伸び、持ち主である火憐の影と一つとなった。

 トンッ。火憐は杖で床を軽く叩く。先端が少し沈み影の中に波紋が広がる。

 もこりもこり。火憐の背中が蠢き、蝙蝠型の翼が肩甲骨から突き出した。

「ひいっっ、悪魔ッッッッ!!」

 少年達は恐怖で腰が抜け動けない。

「救ってやる」

「――あぎぃぃぃる」

 影の中から双頭の狼を持つ獣が吠え飛び出し、テツヲを避けて近くにいた少年二人を飲み込んだ。

「アハハハハッ。まずは二人」

「ひいいっ! おい客、アニキにれん……」

 バクリッ。また一人姿を消す。

「うわぁぁぁ」

 テツヲは小便を漏らし涙と鼻水で顔を汚しながら、携帯を取り出した。

「アハハハハハハッッ」

 高笑いする火憐と目があった。

 墨で書いた神代文字に似た模様が、頬に浮かび上がっている。

 自分も食べられてしまうのか。

「そう怯えるなよ、少年。この悪魔デーモンの姿は、アタイの力じゃない。多分何者かの異能力が働いている様だね。アタイらをどうしても悪として始末したいようだ。あははっ。まぁ只のモブにわからないよね」

 テツヲに背を向け、悪魔の翼が大きく広がった。

「そうだ。その辺に転がってるデブリ好きにしていいよ。ハズレだが、物好きの店に持ってけば金になるかもね。アハハッ」

 それだけ言い残し翼を羽ばたかせ、大空へ飛び立った。



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