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紅の魔女編(1)

 早朝、羅我は恋人で医師の草薙七瀬に呼び出され、車を走らせていた。

 神嶋駅前の国道を通り五分ほど走ると、白塗りの大きな建物が見えてくる。

 そこは怪異ハンター達が属する組織アニマのスポンサー霧島財団と、深い繋がりを持つ神嶋中央病院であった。


『第三会議室で待ってるわ』


 簡潔にそれだけ言って、七瀬からの電話はきれた。

 昨日最後の手術が終わった。アニマからの指示で与えられた最高級の病室で、美亜はスヤスヤと寝息をたてている。

 まさか美亜に何かあったのか。車を駐車場に止め慌てて、会議室に足を運んだ。

 そこで待っていたのは、黒髪を後ろで結び前髪を眉の上で綺麗に切り揃えた二十代後半の女性。

 美亜の担当医で羅我の恋人、草薙七瀬であった。


「先生、美亜に何かあったのか?」

 羅我は支給されたアニマの制服を着ていた。

 暑苦しいのが苦手で、襟に剣が重なった十字架の刺繍が入ったワイシャツの第二ボタンまで外し、ネクタイを緩めている。

「大丈夫です。手術は無事成功しましたよ」

 羅我は安堵すると、七瀬の前に腰を落とした。

 見るからに高級そうなソファは深々で座り心地がよく、無意識にタバコへ手を伸ばしてしまう。

「わりぃ」

「くすっ。まだ直ぐに退院とは行きませんが、リハビリ続ければ必ずいい方向に進みますから」

 七瀬は薄地のブラウスの上から白衣を纏い、黒のタイトスカートを身に付けている。

「感謝するぜ先生」

 頭を下げるタイミングに合わせ、七瀬はわざとらしく足を組み直した。

「いえこちらこそ。ハンターの皆さんがいるから、平穏な生活が送れてます。今日からですね、お仕事。私応援してます」

 次に前屈みとなり、羅我の手を強く握りしめた。

 ブラウスの隙間から、黒下着が覗く。

 あざといのは、嫌いじゃない。

「ども。このあと美亜に会っても」

「勿論ですよ。あの私これで上がりなんです。今からいいでしょ?」

「……嬉しい誘いだが、病室へ顔出したら直ぐに仕事でよ、七瀬」

「……時間とらせないから、羅我」

 うっとりとした瞳が、羅我を見つめる。

 夜勤明けで欲情してるのか。七瀬は羅我の上にまたがり、濡れた唇で迫った。

 空調の音が聞こえ、ソファが揺れ動く。

「ったく、そんな暇じゃねぇんだけど……な」

 悪魔と結んだ契約の影響だ。リリスは【色欲】を欲する。

 七瀬は一番新しい彼女だ。他の女性に色欲をぶつけるわけにもいかない。

 やれやれと、あきらめ身を委ねた。


 美亜の病室へ行くと、消毒液の刺激臭を感じた。

 室内は定期的に清掃され、塵一つ落ちていない。土足で歩くのが申しわけないぐらいだ。

 綺麗に洗濯された真っ白なシーツを被せたベットの上で、妹は寝息をたてている。


 ――助けてお兄。


 幻聴か。突然美亜の悲痛な声が聞こえた。

「!」

 周囲が炎に包まれ、羅我の眼前で美亜が無残にも焼かれていく。

「待ってろ。今助けてやるッッ!」

 手を差し伸ばした瞬間、幻は消えた。

「あっ……ったく寝ぼけてんか」

 白日夢。どうかしてる。美亜は直ぐ側にいるのに。こうして触れる事だって出来るのに、何故だ……。

「なんでこんなに胸が苦しい」


「むにゃむにゃ。おはよーお兄ちゃん。今日も早いね」

 羅我は慌てて涙を拭い、美亜の頬に挨拶のくちづけをする。

「むぅ。女性の匂いする」

「気のせいだろ」

 妹は勘が鋭い時もある。努めて平静を装いブラインドあけ外光を入れた。

 美亜の栗色髪が反射して、とても綺麗だ。

「お兄ちゃん、髪ゆって」

「自分で出来るだろ」

「あたしがやると、左右のバランスおかしくなるし」

「ったく」

 手慣れた手つきで、美亜の長い髪を櫛でとかし出す。

「えへへ」

 美亜の喜ぶ声を聞き、胸の痛みは消えた。

「手術うまくいったぞ」

「だと思ったよ、体の中凄いGエネルギーで満ちてるよ」

「それは逆に危ねぇな」

「ちなみにGエネルギーってのはね、大昔の漫画、勇者ゴッドロボに出てきてね」

 目がぐるぐるまわり、熱を帯びて話し出す。

「見に行くか今度、ゴッドの映画。新作公開すんだろ?」

「えっ。でも……あたし」

 先程までの元気は何処へ行ったのか。急にテンションが下がりだす。

「言ったろ、手術成功したって。リハビリすれば大丈夫だ」

「ほんと?」

「おう」

「ほんとにほんと?」

「おう、草薙先生が行ってたぜ」

「なら信じる!」

「兄の信用低いなっ」

「えへへへ」

 再び美亜に笑顔が戻った。

「一緒に行こうな」

「うん! 約束だよ。お兄ちゃん」

 そう言って、兄妹は小指を交えた。

 ――あれは只の夢だ。美亜は生きている。それでいいじゃねぇか。


「ぬおおおおっ」

 美亜は鏡に映る自分の髪型が、希望通りのツインテールで歓声をあげた。

「お兄ちゃん大好き」

「あいよ、俺もだ。んじゃ行ってくるから」

「うん。新しい仕事頑張ってね」

 見る人誰もが朗らかになれる、この笑顔を守りたい。

 羅我は改めてそう決意すると、病室を後にした。

 正式な守護天使となる為に。


 *

 暁舞姫は夢を見ていた。

「えーんえーん」

 夢の世界で幼い子供の泣き声が響く。

 あぁまたかと、舞姫は呆れた。

 羅我と死闘を繰り広げてから、何度もこの光景を見ていた。

 舞姫は知っている。この泣く子供は、小さい頃の自分だという事を。


 幼い舞姫は家の中で血の海に座り込み、泣きじゃくていた。

「ママ……パパ」

 人に害を与える怪異。悪異と呼ばれる化物が母親の体に寄生し受肉した。

『ミーンミーンミーン』

 蝉型の悪異は耳障りな声で歌をうたう。


 いつもはここで目が覚めるのだが、今回は違う。悪夢はまだ終わらない。


 蝉は針の形した口を父親に突き刺して、体液を吸った。みるみる内に干からびミイラとなっていく。それで満足しないのか、次に舞姫へ狙いを定めた。

 逃げなければ。だが幼い舞姫は腰を抜かし動けない。 

 針が額を貫く瞬間、バラバラに蝉の悪異は切断された。


「――もぐもぐもぐ」


 蝉悪異は咀嚼される。双つの頭を持つ狼に食べられていた。

「……すまない。間に合わなかった」

 悲しみに満ちた声が聞こえた。

 真紅色した長い髪の女性が、狼の影から伸びる鎖を握り立っていた。

 ノイズが酷く細部までわからない。顔も名前もわからない。なのに何故こんなに懐かしく感じるのか。


 ――アタイが、お姉ちゃんがずっと側にいるから。マイヒメ。


 そう言って女性は幼い舞姫を抱き締めた。

 携帯のアラームでゆっくりと濁った意識に色がつく。


「うぅ寝覚め悪っ」

 寝ぼけ眼で寝室のベットに腰かける舞姫を、遮光カーテンの隙間から降り注ぐ朝日が優しく照らした。


 ――アタイがずっと側にいるから。


 夢の中で聞いた見知らぬ声が、意識にこびりついて離れない。

「あはっ。わたしに、姉さんなんていないのにね」

 ケラケラと口角をつり上げ陽気に笑い、シャワーを浴びに浴室へ向かった。



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