第三王妃様
ご家族様は別塔を用意しおります故、そちらへ。
そうして、エキドナたち一行から、引き剥がされるようにして、エレオノーレの後へと続く。
「実は就寝の前に、第三王女様が、お会いしたいと、申し出ておりまして、なんとかわがままを聞いていただけないでしょうか? エカテリーナ様」
懇願するように黒色の瞳がこちらをのぞき込んでくる。 茶髪に清潔な白い法衣。
侍女とはいえそれなりの身分であろう?
顔立ちも派手さこそないものの、端正で見つめてくる黒色の瞳は無言の圧力を感じさせる。
「分かりました。 王女に謁見します」
「それは助かります。 駄々をこねられるといろいろとやっかいでして……」
この人も大変なんだなあ、ーーと感心しながらも、通された別室の扉を開けた。
広がる庭園、開けた、吹き抜けの緑の空中庭園には、テーブルと椅子が3脚セットされている。 こじんまりとしつつも、やはりロイヤルルーム? 嫌みさがなく、適度にバランスのとれた。 開かれた空間がそこに広がっていた。
そこに白いドレスとヴェールに身を包んだ人影が背中を向けるように腰掛けている。
個室にこもる静寂は、王女の落ち着いた雰囲気を連想させるものの、やや静かすぎると言う疑問も浮かぶ。
「失礼します。公女エカテリーナと申します」
そういって、ゆったりと近づいていくと、人影から、生気がないことに気づいた!
ドレスを着た人形だーー?
罠? 勘づかれたーー?
と咄嗟に、エレオノーレへと振り返ろうとしたところで、そこに目隠しをされ「だーれだ!?」
ーーと少女の声ーー
「この声はシャルーー!?」
焦りを解いて優しく目を覆う手のひらを外させると、後ろから目を覆っていた少女。
シャルは、昼間とは違った装いでそこに立っていた。
煌びやかなツインテールからサイドテールへと切り替わったプラチナブロンドの髪、そして高貴な純白のドレス。
彼女のサイドテールに結われたプラチナブロンドの髪は、銀糸のように輝き、夜会用のドレスには細やかな刺繍が施されている。
月明かりを反射する宝石が散りばめられたティアラが、彼女の気品を際立たせていた。
「お初にお目にかかります、エカテリーナ」
それは、昼間の無邪気な踊り子とは、まるで別人の声音だった。
「わたくし、第三公女シャーロットですわ!」
優雅に広がる純白のドレス。
銀糸のようなプラチナブロンドはサイドテールにまとめられ、散りばめられた宝石が、月光を受けてきらめく。
ただそこに立っているだけで、彼女が"王族"であることを知らしめる圧倒的な存在感があった。
昼間の飾らないシャルと、この高貴なシャーロットが同一人物――?
恥ずかしいことに脳が一瞬、理解を拒んだ。
しかし、彼女の無邪気な笑顔には、昼間の親しみやすさがそのまま宿っている。
襲撃を予期仕掛けていたアリエルはほっとしたような、奇妙な安堵感を覚えた。
「公女エカテリーナ様は大変魔道に優れた方だと聞き及んでおります。 貴女の魔法の噂、前から聞いていたの。実際に見てみたくて! 突然ですが、手合わせ願いますーー!」
「貴女の魔道の噂、前から聞いていたの。実際に見てみたくて!」
シャーロットは愉快そうに笑ったが、その目には確かな好奇心が宿っている。
「突然ですが、手合わせ願います――!」
「待って、シャル、私はそんな話――」
「ダメでーす!」
瞬間、彼女の指先に紫電が走る。
「王女権限で命じます。勝負しなさい!」
空気が、ピリリとしびれた。
そのまま雷撃を右手へ集中させていくシャーロット、それを目にしたことで彼女の本気具合と高出力の魔力を感じ取る。
ーーかといって、真面目に勝負していいものか? 入り口に立って見つめているエレオノーレへと視線を向けると、にっこり笑ってうなずかれてしまった。
逃げ場はないらしい?
「もちろんよ、王女様からは逃げられないの! 覚悟してね!?」
「さあ、本気でやらないと黒焦げよ?」といって、放たれた雷撃をすんでのところで回避する!
「流石やるわね? でも、だまだ、これからなんだからねーー!」
シャーロットの指先から弾ける雷撃。
空間が一瞬、紫電に染まる。
回避ーー反射的に後方へ跳ぶ――直後、私がいた場所に雷撃が直撃し、絨毯を焦がす焦げ臭い匂いが鼻をついた。
「ふーん、避けたのね? でも次は外さないわよ? 観念しなさい魔導公女!?」
シャーロットは笑いながら、次の雷を右手に集めていく。
その瞬間――左腕が熱を持った。
ビリッ!
刻印が反応する。シャーロットの魔力が、私の腕へと吸収されていく。
「……なにそれ、ズルくない!?」
シャーロットの目が驚きに見開かれる。 あっけにとられるように見とれるシャル。
しかし問題はここからだ。
(魔力の暴走が……!)
吸収しすぎた魔力が制御を失い、腕の刻印が光を放つ。
行き場を失ったエネルギーが、一気に逆流していく――!
さらに、エカテリーナの腕から、魔力がほとばしる。 それは反動のように猛り狂い。
「サンダーボルト!」
光の奔流が解放される。
シャーロットはダガーナイフを投げ、それに雷を吸わせることで直撃を回避した。
「なるほど……これが噂に聞く"公女エカテリーナの魔導ね?」
五大属性魔法ーー雷は、理の属性を持つオーソドックス魔法だ。
だが、威力が通常の物とは違う。それだけシャーロットの魔力がすごいのだろう?
放たれた雷撃は絨毯を焦がして、火柱を作りながら、シャルへと直進する。 シャルはダガーナイフを、自分の正面やや上へと投げて、雷の直撃を避ける。
「なるほど、これが噂に聞くエカテリーナ公女の魔導ってやつね? わかったわ。
いい物が見れたしここまでにしておくわ。 それにしても不思議な入れ墨ね」
シャルは私の左腕で光り輝く刻印に触れて、興味深そうにしげしげと観察している。
やがて、「何これ、訳が分からないわ。とつぶやいた!」
これは魔力がないと視えない入れ墨、いいえ刻印と言うべきね。
流石隣国ルコニー随一の魔導公女エカテリーナ様ね、音に聞こえし雷鳴はたしかなのね。
「ちょっとまって、私ってそんなに有名人なの?」
「うーん、まあ、知る人ぞ知る存在みたいね? 私も兄・レリウス(第二王子)に聞いたんだけどもね
こんな刻印めいた魔道を極めているとは知らなかったわ」
そこへ呆れ顔の、エレオノーレさんが割り込んでくる。
「これでは王妃様に叱られるどころか、王宮全体が大騒ぎになりますよ。」
「まあ、いつものことだしね」
シャーロットはケロリとしている。
エレオノーレは深いため息をつき、微笑んだ。
だが、その笑顔は、妙に冷たく見えた。
「では、シャーロット様。しっかりお説教をお受けくださいませ」
「まあ、いつものことだしね」と悪びれる様子もなく、発言する。シャーロット。
「このことは王妃様にはしっかりご報告するので、お説教をうけてくださいね。仮にも、兄君の婚約者を殺しかけたのですから」
「私だって、最後のが雷じゃなかったら、咄嗟に反応できずに黒焦げになっていたわ? おあいこではなくって!」
「自業自得ですよ。シャーロット様、骨は拾って差し上げますから、ご安心ください?」
ーーとエレオノーレはにっこりと微笑んで言い放った。
エレオノーレが穏やかに微笑むたびに、その裏にある冷徹さを感じざるを得なかった。シャーロットの無邪気さとは正反対の、鋭利な冷静さが彼女の本質なのだろう。
この人見た目と雰囲気に反して怒らせると怖いかもしれないと、思うアリエルだった。
さあ、気が済んだでしょう。 公女様は、私が個室へ案内なさいますので、お嬢様もそろそろお休みになってわ、夜更かしはせっかくの美貌に大敵ですよ?
「今夜はお姉様のそばにいたい!」と発言した、シャーロットにエレオノーレは貴女ももうすぐ、淑女として振る舞いを覚えなくてはなりません。却下します。
ちぇ、と唇をとがらせるシャーロット。
「はーい、じゃあね、「じゃあね、また明日! 今度はもっと面白い魔法勝負を考えておくから、期待していてね!」
そう言うとシャーロットは部屋の奥へと姿を消した。
嵐の後の静けさと言ったところか? まさに暴風が過ぎ去り、静寂が訪れた。
「シャーロット様が本気を出すと、王宮の掃除が一日仕事になります。まあ、それも王妃様にとっては日常茶飯事でしょうけれど」エレオノーレは愚痴った。
どうやらこの塔はルキア王家の人間用に作られているらしい?