町一番の踊り子
今日中には投稿予定がなかったのですが、投稿しておきます。
そうして旅が再開される、馬車へと乗り込み、道行くこと1週間ーー
森を抜け、小川を越え、風が運ぶ野の花の香りを感じながら、旅は順調に進んだ。
途中、道端の村で立ち寄った小さな市場では、新鮮な果物を手に入れ補給も行った。
決して長い期間ではないが、初めての旅路を終えて、ようやくルキアへと到着した。
城門に到着するとパーシヴァルが変装を解き進み出る。
すると兵士がさっと、道を空け、もう一人が、城門を開けるように指示する。
城門はかなりの大きさだが頻繁に出入りする際の、小さな門ももうけられており、そちらを使って入場する。
城下町に入ったところで、パーシヴァルは一向に向き直る。
私に膝をつき任務を説明する。
「此度はルキア王国へようこそ、エカテリーナ公女様。
城下町に入ればまず安全です。 私は一足先に王宮に戻らねばなりません。
王への報告があるからです。
ですが、ここからは安全ですので、観光がてらにルキアの町並みを、見て回るのも良いでしょう?
ーー夜までに王城へと訪れてくだされば、問題ありません」
といいつつ、パーシヴァルは一礼して、王城へと帰っていく。
呼び止めたいのをぐっと我慢して、伸ばし掛けた手を止めると。
街の人々がこちらをチラチラと盗み見ていることに気づく。
「正式な婚約はまだ発表前の筈なんだがの、まあ、これだけ派手な出で立ちをしてれば目立つのも道理かの? といって、エキドナは、商業区へと消えていった。
「私もここで武器の手入れがしたい。 少し鍛冶屋をみてまわってくる」
と、血と錆で汚れている剣を見せるように言ってくるランディスも去って行く。
ーーと賑やかな二人が去ったところに颯爽と乱入者が訪れる。 運命の出会いというやつなのかもしれない?
賑やかな町並みの一角、まるで風が巻き起こるように、一人の少女が人混みをかき分けるように現れた。
「貴女がエカテリーナ様ね?」
透き通るような声が響く。
見ると、華やかな衣装をまとった少女が、くるりと回転しながら立ち止まった。
プラチナブロンドのツインテールが宙を舞い、陽光を反射してきらめく。
スリットの入ったドレスの裾がひらめき、まるで舞台の上のパフォーマーのような軽やかさだった。
目がアメジストの輝きをたたえた宝玉のごとく、見る者を惹きつける。
彼女は微笑みながら、まるでダンスのように流れる動きで、私の目の前まで近づいてきた。
怪訝そうな瞳を向けるラヴィーナを無視して少女が続ける。
「私はシャル、この城下町一番の踊り子。ルキアの至宝とも呼ばれているわ。」
堂々と言い放つ彼女に、ラヴィーナが即座に反応する。
「それ、自分で言うことなの?」
呆れ顔のラヴィーナをよそに、シャルはまるで気にした様子もなく、胸を張って微笑んでいる。
「だって本当のことだもの」
「いや、誰が認定したのよ……」
ラヴィーナの呆れた声など吹く風、突っ込みは完全にスルーされる。
対するシャルは自信たっぷりに微笑んでいる。
シャルは物珍しそうに、私を品定めするが、不思議と不快感は感じなかった。
「ああ、ごめんなさいね。
隣国の公女様なんて珍しい物だからね。 格好もすごいし」
「貴女の格好の方がよほどすごいと思うのだけれど?」
「ああこれね、まあ気にしないで? それで貴女というのは止めて、私はエカテリーナ様のお友達になりたいの。 と言うわけで、シャルて呼んでくれるとうれしいわ?」
「貴女みたいな人とお友達になれるなんて、きっと素敵な何かが起きそうね?
この町は初めてよね? わたくしじゃなかった、私が案内してあげるわ、ついてきて」
そう言ってこちらの手を引いて歩きだすシャル。
「随分と積極的な娘ね」と、渋々と言った感じでついてくるラヴィーナ。
ルキアは、魔道都市とされる。 そのせいか露天になら部品々も、わずかながら魔力が込められた品が多いようだった。
市場には、魔力を帯びたランタンが軒を連ね、その淡い光が通りを照らしている。魔法で操られている小型のゴーレムが荷物を運ぶ姿も見かけた。
シャルは、踊り子らしくアクセサリーが好きなようで、あれでもないこれでもないと、とっかえひっかえに、ブローチやらイヤリングを選んでは交換していく。
シャルが目立つのか私たちが目立つのかは不明だが、人だかりができる勢いで、
見物任が遠巻きにこちらを見ながら、足を止めていくが、本人はアクセサリーのあさりに夢中で気にもとめない。
シャルは、自分が注目されていることに気づいているのか、いないのか。
どこまでも自然体で、周囲の視線を気にも留めていない。
それどころか、アクセサリーを手に取り、鏡の前で軽やかにターンしてみせる。
「うーん、やっぱりこっちのイヤリングの方が、私には似合うわね!」
「どっちでも変わらないわよ」と、ラヴィーナが呆れたように言うが、シャルは満足そうに頷く。
目立つのになれていない私は、一気に血流が速くなっていくのを感じていたが、公女エカテリーナとして、ここで取り乱すわけにも行かず、ただ、速くなる動悸を抑えていた。
「なるほど、確かに自慢するだけあるわ、どの店も良い品がそろっているわね?」
……と、隣のラヴィーナもお構いなしに、観光を開始している。
この通行人達の反応から察するに冗談にも聞こえた。
ルキアの至宝という話は案外本当なのかもしれないと思案する。
この店で一番高いのはどれ? など、選ぶのがだんだん面倒になってきたシャルはわざわざ高い物から品定めを開始し始める。
店主はそんなシャルの様子におどおどしながら、決して笑顔を絶やすことはなかった。
その中から、いくつかのアクセサリーを買い取ると、次は織物屋にいくといったり、まるでドレスでもして仕立てるのかというように、派手に買い物を始めるシャル。
「次は織物よ!」と勢いよく宣言するシャル。
私たちの足元には、すでに買い求めたアクセサリーの小袋が山のように積み上がっている。
「あの子、さっきからお代を払ってないわね……」
ラヴィーナが小声で囁く。
それなのに、店主は一言も請求せず、むしろ恭しく品物を包んでいる。
「でも、店主は品物を渡してる……何かありそうね?」
シャルは気づいているのか、いないのか。ラヴィーナの視線が、次第に品物よりも彼女に向かい始める。
ラヴィーナの目が鋭く細められる。 流石ラヴィーナ鋭い観察能力だと思った。
魔力のこもったアクセサリーと、高級な布地を買いあさる頃には、日は夕暮れ時になっており、夕焼けが城壁越しにあかね色にたなびく。
「いっけない! もうこんな時間!」
シャルは裾から懐中時計を取り出し、ぱっと表情を変えた。
「エカテリーナ様、王宮はあっちよ! くれぐれも迷子にならないでね!」
「それはいいけど、シャル、そのアクセサリーと衣装の山はどうするの?」
「輸送手段くらい、ちゃんと用意してるわ!」
シャルは軽やかに手を振り、笑顔のまま人混みに消えていった。
その後ろ姿を見送る通行人たちの視線には、敬意と畏怖が入り混じっているように見えた。
「流石、町一番の踊り子……?」
「あれ、そんなこといったっけ? あははー あれは冗談よ、私のような小娘じゃまだまだよ。 だけども、ルキア至宝というのはどうなのかしらね?
それはともかく、次に会う時を楽しみにしているわ、エカテリーナ」
手を振りながら人混みに消えるシャル。その姿を見つめる通行人たちの視線には、敬意と畏怖が入り混じっているように感じられた。
「あっけにとられるとはこのことね。
冗談だと言う割には、あの存在感は何か裏がありそうね?」
と、ラヴィーナがつぶやいた。
私たちも、急いで王宮へと歩く。その過程で道ばたで、待ちくたびれたとばかりに、エキドナと、ランディスと合流する。