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第三話

「さて、今日はお前が魔法を使えるかを試してみようと思う」

 朝、起きぬけに椅子から立ったカイが言った。リヴィアは起きてすぐに空腹を感じていたが、カイが平気そうにしているのでそんなものかと思い「なんで魔法?」と聞いた。

「俺は幼少期から魔法を使って生活してるからな、もうここ数年魔法を使ってねぇ日ってもんがねぇ。そんな中でお前が魔法を使えない場合、不便が多いだろうからな。お前が魔法を使えるなら、俺はお前に魔法を教える。そうすりゃ俺は不便なことを直さなくて済む。お前は便利なことが増える。両得だろ」

 カイはリヴィアを手招きしながら部屋を出た。リヴィアがそれを追いかけて階段を下るカイを視界に収めた時、ぐう、と音がした。カイが少し目を見開いて振り返ると、驚いたような表情をした後すぐお腹を押さえたリヴィアが棒立ちになっていた。

「…飯か」

「…うん」

「わかった、食おう」

 カイは階下の食堂へ向かおうとまた階段を降りだした。リヴィアは再びその背中を追った。

「…昨日の夜研究しながらパン食ってたから、そこまで腹減ってなかったんだ…」

「そうだったんだね、でも僕は研究してないし夜食も食べてなかったから…お腹空いちゃった」

 カイがハムとパンを魔法で切っている間、リヴィアはその作業を見ながら言った。カイは終始申し訳なさそうにしている。初日や二日目に見たカイは気丈で、強そうだったのに、今日はなんだか背中が小さく見える。背丈はリヴィアの方がずっと小さいのに、大人のようにカイを慰めてあげたくなる。リヴィアはそれがなぜなのか、心底不思議でならなかった。

「できたぞ」

「わぁ、発酵卵ペーストとベーコンを乗せて焼いたパン?すごいや」

「確かに乗せた上で焼く奴は少ないな。でもこっちの方がベーコンがカリカリになって美味いんだ」

 リヴィアはパンの切れ端に余ったであろう発酵卵のペーストを中途半端に塗った、これまた焼いてあるそれを口に運んだ。ベーコンは乗っていない。リヴィアはそれに気がつき、自分のものを食べる前にカイに聞いた。

「カイ、ベーコンは?」

「…そこまで腹減ってねぇんだ。でもお前だけ食うのはなんかアレだろ。だから俺も食ってるだけだ」

「あ、ありがとう…」

 リヴィアはそれを聞いて、リヴィアの不器用な気遣いを受け入れることにした。

 言葉少なな朝食が終わると、カイは再びリヴィアを手招きした。リヴィアはその仕草がどこかお茶目に見えて、上がってしまいそうになる口角をどうにか抑えながらついて行った。

 カイは途中研究室に寄り、羊皮紙と羽ペン、インクを持ってきた。そして、外に出るとそれにカリカリと文字と記号を書きながら説明を始めた。

「いいか、魔法は想像力と共鳴力が必要だ。教育機関じゃ想像力の方しか教わらないが、実際は同じ人間が同じ体調、精神状態で同じ魔法を使おうとしても、場所や状況によって出来は変化してくる。これは環境の変化がそのまま魔素の量や状態に変化をもたらすからだ。ここまではいいか?」

 リヴィアは羊皮紙を見て、「あの…」と気まずそうに口ごもった。

「なんだ、何が分からないんだ?」

 カイは手を止めてリヴィアを見る。リヴィアは小さな声で言った。

「僕、古代語しかわからないんだ」

「何?古代語?魔術に必要って話の、あれか?」

「ま、魔術が禁忌だってのは知ってるよ!でも、僕は魔術しか知らない…」

 魔術は、魔法とは異なる。魔法がカイが言ったように想像力を主に必要とするのに対し、魔術は術式が必要となる。その術式の多くが、生命を操るために利用されてきたことから、「魔術は禁忌」とされているのだ。

「…その話は、またいつか聞く。今は、お前が魔法を使えるかどうか知る方が先だ」

「な、なんで…僕は魔術師かもしれないのに…」

「…お前が魔法使いになれば、匿うことができる。お前が起こした現象が全て魔法のせいだとなれば、お前の想像力が卓越したものだとなって話は終わりだ。お前が魔法を使えなかった場合…お前は使えたとしても魔術を一切封じて生きるべきだな」

 カイはリヴィアから目を逸らし、再び羊皮紙に何かを書き始めた。

「まあ、文字は後で教本を買ってやる。今は俺の話を聞きながら考えろ」

 リヴィアはカイがなぜ自分を匿うと言ったのかわからなかった。禁忌を犯すものは、極悪人だ。出会ったばかりのリヴィアがそうではないとは言い切れないだろうに。なのに、なぜカイは自分を守ろうとしているのだろう。

「…うん」

 リヴィアは疑問を感じた心に蓋をして、今はただ主人であるカイを信じようと決めた。

「魔素ってのは、この世界を構成するもののうちの一つで、他の素を集めたり霧散させたりして、具象を顕現させるものだ。他の素は水素、熱素、石素、空素、結合素だ。まあ、結合素は俺が唱えている概念であって学会には認められていないから、他の四素と魔素を覚えてりゃいい」

 カイは羊皮紙に水滴、火、小石、雲のようなものをそれぞれ描いた。その中心に丸を描き、丸から矢印を伸ばした。

「全ての物体はこれら四素と結合素で出来ている。例えば水は水素と空素が結合したものだ。水を熱すると水素は熱素と結合して熱を持つが、代わりに空素をはじき出す。だから沸騰した水は泡を出すんだ」

 カイは水を入れた鍋の断面図の中に水滴と雲の形を描き、鍋の下に火を描いて空素が弾かれる様子を表した。

「結合素は従来の学会の考えでは魔素の働きの一部分だ。魔素は四素を引き寄せたり引き離したりすると考えられていたが、俺はその働きを結合素に見出している。魔素は何をしているかと言うと、思考を読み取っている。正確には、思考のようなものを読み取っているんだ。俺の考えでは、思考そのものが魔素を引き寄せ、魔素は思考によって結合素に命令を下す。まあ例外もあるんだが…」

 カイは先ほどの丸を黒く塗った。さらに、四素の図の間に小さな丸を描いた。カイは「黒いのが魔素、小さいのが結合素だ」と補足した。

「魔法は想像力と共鳴力だと言ったろ。想像力は魔素を集める力、共鳴力はそこにどれくらいの魔素があるかを考える力だ。さらに、想像力は結合子に対し魔素が命令を下すために必要な要素でもある。想像力だけがやたらと重視されているのは、この二つの要素を想像力が持っているからだ」

 カイは棒人間を描き、頭の部分に記号を描き、棒人間の周囲に矢印を描いた。「このハテナ記号が想像力、矢印が共鳴力だ」とカイは補足する。

 カイの説明を聞きながら、リヴィアは小声で「四素があって、水素、熱素…」と復唱している。カイはそんなリヴィアを見て、リヴィアからの質問を待った。

「カイ、結合素って、どうやって見つけたの?」

「あぁ、それか。魔素が想像力で動くなら、意識しさえすれば魔素があるもの全てが感じ取れると考えたんだ。だが、俺が感じ取れるのは魔素の濃い薄いだけ。かつての人はその濃い部分を魔力とか呼んで、自分の中にある魔力で物が動かせたりすると考えたわけだが…これはちと違ったんだな。魔力ってのはそいつの思考の限界の大きさで、魔素はそれに集まっているに過ぎない。なら、物質は魔素以外の何かで結合していると考える方が自然だったんだよ」

 カイはリヴィアの額を小突き、「ここだ」と言った。

「一昨日人の魔力の大きさを個人レベルで見分けられると言ったが、この思考の限界ってのは例え双子でも違ってくる。さらに、思考の癖ってのが個人にあってな、これは俺でもすぐ感じ取れるもんじゃねぇんだが、契約なんかじゃこの思考の癖、つまり魔力の波って呼ばれるもんが利用される。奴隷所有紋もその一つだな」

 カイは奴隷としての知識を持っているリヴィアにわかりやすいよう、例を出して言った。リヴィアは「ここ?」と額に手を置いてカイに聞く。

「魔素が集まる場所、魔力の在処、つまり思考ってのは頭にある。思考すれば魔素が動いて、魔力に波が現れる。人間ってのは生まれてから死ぬまで、思考してねぇ時がねぇんだよ。他のどんな生物でも同じだが、植物やらキノコやらはほぼ魔力の波がねぇし、そもそも魔法を使えるほど魔素が集まらねぇ。逆に、魔獣なんかは魔法を使えるわけだが、その分思考力があるってわけだ」

 カイは謎の四足歩行の動物の図を描いたが、リヴィアにはそれがなんだかわからず、「これなに?」と聞いた。カイは「…なんだろうな」と、自分でもよくわかっていないようだった。

「さて、基礎は終わった。試しに、どこでもいい、ここら辺の土の上に水を集めてみろ。どこから集めるかって場所はどこでもいい。あそこの井戸から持ってきてもいいし、空気にはわずかだが水素が含まれている。そこから抽出してもいい。だが、注意すべきは誘引力だ。俺たちはこの大地に誘引されているし、それは井戸の水も抽出した水も同じだ。誘引力を引き離しながら水球を浮遊させるのはちと想像力が必要だ」

 カイは「手本だ」と言って、足元の石に手をかざし、ゆっくりと浮遊させた。

「これが火や風なら元からそう重くはねぇようですぐ浮くんだが、というより沈める方が困難なくらいなんだが、水素と石素は重いからな。想像すんのは水を持ってる状態だ。ただ、手に掬ってる感覚より、桶に入れた水を桶のない状態で持つ感覚が近いな」

 リヴィアは、カイが見せてくれたように手を前に出して、考えてみた。空気に含まれている水素を集中させる。空気の中にあるものを、集中。

「…空気弾だなこりゃ。水を抽出するのはむずかったか。ただ、魔法自体は使えてんな。いいぞ。魔法が使えんなら色々楽だ。今集中させてる空気を、ゆっくり、いいか、ゆっくりだぞ、周囲に霧散させろ。急に解き放ったら危ねぇんだ」

 カイは満足げに言って、リヴィアに指示をした。リヴィアは指示に従い、ゆっくりと魔法を解いた。


 カイはリヴィアに塔のだいたいの部屋を案内した後、「ちと出かけてくる」と言って、塔のある小さな庭園を出て行った。リヴィアは庭園の中で自由にしてよいと言われ、何をしようかと塔の中を歩き回った。そして、塔の最上階のさらに上に続く階段が気になり、向かった。上に登ると、地面と水平方向に置かれた木の板を発見した。キィ、と音を立てながら開けてみると、光が差し込んだ。顔を出してみると、そこは屋上になっているようだった。

「…明るい、けど、風がない?」

 リヴィアは独り言を言いながら、体全体を屋上に出した。屋上には胸の高さ程度までの石の手すりがあり、落ちる心配はそうそうしなくてよいだろうと思われた。けれど、やはり空が見えているのに風がないことに違和感を覚えざるを得ない。塔の外では草木がざわざわと揺れているのに、屋上では髪が風に動かされることはない。

「…なんでだろう。カイなら知ってるのかな」

 リヴィアは外を眺めてみた。

 太陽が昇っている高さや方向から考えて、今は昼近いのだろう。方角で言えば南東の方向に、大きな宮殿が見える。王宮だ。王宮の手前には巨大な庭園が広がっている。カイの住んでいるこの塔は、庭園の中でも区切られた場所にあり、王宮魔法使いってこういうところに住んでるものなんだろうか、とリヴィアはぼんやり考えた。目を凝らしてみると、王宮を囲む石壁のところどころに、似たような塔が立っている。もしかすると、あの塔にも別の王宮魔法使いが住んでいるのかもしれない。

 王宮の庭園の精巧な作りを見ていると、ちょこちょこと動いている灰色の姿を見つけた。カイの外套だ。小柄なカイは庭園の木々に時々隠されながら、着実に塔に帰ってくる。

「カイ!」

 リヴィアは体を少し乗り出すようにして、手を振った。カイは庭園の手前でそれに気がついたのか、こちらを向いて手をあげた。塔のある庭園の門をくぐると、カイはリヴィアから目を逸らし、すぐに塔に入った。程なくして階段を上ってくる音が聞こえた。固めた革の靴底が石段を上る、柔らかいコツコツという音がする。それが大きくなって、やがて止まると、木の扉がキィと開いた。

「ここで時間を潰してたのか」

「うん。ここ、風がないんだね」

「あぁ。風や雨を避ける魔道具を使ってるんだ。ここ、中央の石煉瓦の中にある。昔は防衛用の魔道具を各塔に入れてたそうなんだが、今じゃ使われてる塔はここだけだ。もうこのカルド皇帝国の首都じゃ長らく戦争が起きてねぇ。それだけ皇帝陛下の威信が広がってるのか、治世がいいのか…。まあ、とりあえずこれで寒い冬でも観測ができるんだ。研究の基本は観察だ、覚えておけよ」

 カイは屋上の中心にある石煉瓦をカタと開けて、中にある丸い魔道具をリヴィアに見せた。赤い魔石と思われるもので作られたそれは、細かく観察する前にカイによって閉じられた石煉瓦で見えなくなる。カイが王宮の方向を見やるので、リヴィアも先ほどと同じように王宮の方向を見る。カイの表情は見えない。


「カイ、どこ行ってたの?」

「あぁ、王宮に余ってる布団を貰いに行ってた。使用人のものらしいが、王宮の使用人は大抵が貴族出身だからな、物はいいぞ。貴族が使うものとの違いは華美かどうかくらいだな」

「布団?あぁ、僕の分?そこまでしなくてもいいのに」

「お前な、俺と一緒に寝る気か。夏は地獄だろうが」

 カイは呆れたように言う。リヴィアは納得したように「そうだね」と言った。カルド皇帝国は冬場でも極端に寒くならない代わり、夏は非常に暑い。今の季節は秋だが、カイは先のことを考えていたらしい。

「あと、奴隷用の教本をな。魔法使いが奴隷を購入した時、稀に学習が必要になることがある。特に魔法薬を研究してる人の奴隷だと、触れたらやべぇもんとかあったりすっから、最低限の文字を教えて危険を知らせたりすんだと。まあ、俺はもっと教えるつもりだから、どこかしらで学校の教本も買ってくる。俺の教本はもう使いもんにならねぇしな」

「本を買う!?本って高いじゃないか」

「だから、俺は王宮魔法使いだっつーの。研究に必要だっつえば本も素材も集まるわ」

 カイはさらに呆れたように言う。リヴィアは意外と庶民の物価を知っているようで、リヴィアは何も知らないわけではないのだな、と思った。知っていることが多ければ多いほど、教えられる物の幅は広くなる。リヴィアが望めば、カイは自分の知っている全てを教えるつもりだ。「そっか」というリヴィアを、カイは目を細めて眩しそうに見つめた。


 塔の三階の一室に、新たに木組みのベッドが置かれた。白木のベッドの上に厚手の布がかけられただけの簡易的なものだが、床に寝るよりもずっと寝心地がいいのだけは確かだ。服を入れた木箱が床に置かれ、そこはリヴィアの空間となった。

「なんか欲しいもんがあったら言え、できる限り整える」

「欲しいもの…あの、机が欲しいかな。カイは自分の研究室があるけど、僕は研究というより勉強だから、自分の部屋にあればいいから。だめかな」

 リヴィアがおずおずと言うと、カイはふむ、と言って部屋を見渡した。ベッドの横に窓があり、その壁から90度違う壁にも窓がある。カイはその窓に近づき、「ここに置く感じでいいか」と言った。

「うん、そこなら昼に明るいし、夜は明かりを使えばいいもんね」

「あぁ。机を置いたら光魔法の魔石をやろう。ろうそくより消耗が遅いし、明るい。机はどうする?冷たくてもいいなら石で作りゃいいんだが、冬にきついだろ。やっぱり木にしとくか?俺の机も木だ」

 リヴィアはうーんと少し考えて、「冬も勉強しやすい方がいいや」と言った。カイは頷いて、亜空間魔法から何か木の棒を取り出した。

「なら大きさを測って職人のところに行くぞ。木の加工は俺より魔法を使わない職人の方が長けてる。机が完成するまでは木の板で勉強してくれ」

 カイは木の棒を床に突いたり、窓枠に当てたりした。

「カイ、それは何?」

 リヴィアが何もできずに立っていると、カイは何やら呟きながら立ち上がった。

「20…15…よし、これくらいでいいか。これは長計杖(ちょうけいじょう)だ。二代前のカルド皇帝が様々な単位を統一させたとかで、今じゃ中央大学にある石碑から取った長さがいろんなところに使われてんだ。これも中央大学から直接転写した長計杖だ。俺は中央魔法大学に通ってたが、中央大学に行く機会があったんでその時に映させてもらったんだ」

 リヴィアは長計杖に刻まれた線をまじまじと見て、「へぇ、この線が長さになってるんだね」と言った。

「まあ、今から行ってもいいだろ。日が落ちないうちに職人のところに行くぞ」

「うん!」

 二人は部屋を後にした。ベッドに細くなった光が当たっていた。

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