5 結構すごい人らしい
「ら、ラブリー様」
男の登場にリメはおののいていた。
「こんなところでなにしてるのーん、そして一番気になるのは、そっちのお・と・こ。だれええーん?」
ラブリー様と言われた男はどういうわけか女のメイクをしていた。一応神官衣のようなものを着てはいるが、キラキラピチピチで、ピンク色のお店っぽい印象を受けてしまう。
「ぼ、僕は優と申します」
「うーん、ユーくぅん? 凄くきゃわいいわね。今日の夜、わたし、空いてるんだけど、良かったらどう? ああ、もちろんマンツーマンよん!」
俺は吐き気がしてきた。
「あの、すみません、まずあなたは誰なんでしょう……」
「ちょ、ちょっと! ラブリー様に向かってあなたなんて」
「あらん、私は一切気にしないから大丈夫よん。ぞんざいに扱って頂戴、ちなみに私はここで働いてる者の一人。ここに来ればいつでも私に会えるわよ、ユーきゅん?」
リメがばっと俺の手をとり顔を近づけてきた。
「お、おいっ」
「ラブリー様はイオリナ教の司教の階級にあられるお方です……! つまりイオリナ様からの神託を賜ったお方ということで信じられないくらい偉いんです」
「え、そうなの?」
「そうです、あなたみたいな下々の民には分からないかもしれませんが、とにかく凄いお方なんですよ……!」
凄い小声で俺に訴えてきた。
ええ、よく分かんないけどこのリメがそこまで言うから凄い人なのか?
「ふふん、なにー? お二人はくっつきあってそんな仲良くなったのーん? 嫉妬しちゃうわねん」
「い、いえ! 違うのですラブリー様。この不届きな者にラブリー様がいかに崇高なお方かということを説いておりまして」
「あら、なんだそういうこと。でもねリメ、まだ庇護の対象になってない外の者に、内部のしきたりを押し付けるというのはあんまり美しくない行為よん。信教の自由は人である以上誰にでも等しく与えられるべきものだわ」
「……! も、申し訳、ございません……」
リメがかしづいていた。
おおう……
「それでん、ユーきゅんとリメちゃんが一緒にいるのはどういうりょーけん?」
「ああ、ええとそれは……」
どうして初対面でそんな馴れ馴れしく呼ばれないといけないのか分からなかったが、聞かれてしまった手前は現在の事情をかいつまんで説明した。
「なるほどぉ入信ねぇん……リメはそんなことをさせようとしてたのねん」
「い、いえ、決して無理矢理というわけでは……! この者も半ば了承する形でしたし……!」
「ま、とはいえ困ってる子羊を救ってあげた点は誉めてあげるべきことよね。よくやったわリメ」
リメはまんざらでもない感じで目を反らしていた。
「で、迷っていたっていうけどユーきゅんはそれまで何をしていた子なの?」
「え!? あ、いや、それは、その……」
ラブリーさんにじーっと目を覗き込まれる。
うーん、俺の前世のこととかを喋ったりしてもいいものなのか? いや、それを説明するしてもあのジジイ神様のことを話さないといけなくなる。神官の人にそんなことを説明するのは凄く野暮な気がするしな……困ったものだな……
「まぁ、僕は、その……」
「大丈夫、言えるところだけでいいわよん」
優しく微笑まれてしまったので、こうなったらこの人を信用して言えるところまで真実を伝えてしまうことにした。下手にごまかしてもボロがでそうだしな、こうなればなるようになれだ。吉と出るか凶と出るか……
「……すみません、俺はとりあえず凄く遠い場所からやってきたんです。口に出すのも憚られるほど遠い場所から……魔王討伐をするために……です」
それを言った瞬間、空気がピリッとしたのを感じた。
ラブリーさんの方を見てみると、真剣な表情ながらも少し驚いた顔になっていた。
「魔王討伐……うそ」
「はい……それで来たのはいいんですけど、常識が欠如してる為に困り果ててしまってまして……そんな中そこのリメさんと出会ったって感じなんですけど……」
話せるだけを話した。
俺はこの後どうなるのか不安で、目線を上げれずうつむいてしまっていた。
「……すごい」
ラブリーさんが何か言葉を発した。
「え?」
「すごい、すごいわ……! これぞ運命! いや奇跡と呼ぶべき代物よね!」
なにやら興奮していた。
え、え? なに、どういうことだ?
「神託の内容と一致してる……あ、いや、分からないわよね。そうね、簡潔に説明すると、実はリメは勇者パーティーメンバー枠の、第二候補なのよ」
「そ、それをこの者に言っても大丈夫なのですか?」
リメがなにやら焦っていた。
「大丈夫、なぜならわたしの勘が大丈夫と告げているから。そして、つい先日イオリナ様から神託が届いた……居を持たぬ異界の者が、あなたの可愛い羊を一匹さらっていくでしょう……と」
「そ、そんなことが……」
リメも目から鱗だったらしい。
「最初は何を不確かなことを……リメをさらうなんてよほどの実力者ではない限り無理だし、イオリナ教会自体もどこぞの馬の骨とも分からぬ奴にリメを差し出すはずもない……そんなことを思っていたわ。それが今完璧なまでに府に落ちた」
ラブリーさんがガシッと俺の肩を掴んでくる。
「あなただったのね……この完璧なタイミングで現れた謎の人物。リメのマイペースにもついていける人間的相性。さらに出自を明かせないという点自体も予言の信憑性をあげるピースになってる……どんな奴かと思ったけど、ユーきゅん、あなたというのなら話は別よ。なるほど、さらうというのは私の心もさらわれるという意味も込められていたのかしら」
目の前で熱く熱弁するラブリーさん。か、肩が痛い……なんて馬鹿力……
「これから魔王討伐に赴くのね? 人類の希望を背負う勇者として」
「い、いや、まだ準備段階で細かいところまでは何も」
「それはそうよね、まだ仲間も募ってないものねん。そんな中一番最初の仲間にリメを選んでくれたのは凄い僥倖だわ。大丈夫、世界の常識的なところはこれからリメがゆっくりと教えてあげるから。まぁこの子はこの子で多少非常識なところはあるんだけど……リメ!」
「は、はい!」
「あなたがユーきゅんを導くのよ。そして冒険の末、結果を出しなさい。これは我がイオリナ教の教えを広く伝えるためのチャンスでもあるわ!」
「え、ええええ!? そんな急に言われましても準備とかもまだ、それにこんな男と旅なんて」
「わかってないわ! これは絶対的なチャンスなの! イオリナ教の歴史における分岐点でもあるのよ! もっと自覚を持ちなさい!」
なんだか話が凄い方向にシフトしつつあった。