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ビュオーーーーー
風が舞う。太陽が近い。…地面が遠い。
小さい頃に魔女になりたいと思ったことがある寛人は、もちろんホウキで飛ぶことにも憧れていた一人だ。だが実際に細いホウキに跨がって地面を離れると、怖いこと怖いこと。
寛人は情けなくも真里にぴったりと抱きついている。
「大丈夫ー?」
真里は振り向くと、大きめな声で寛人に聞いた。
「だっ大丈夫です。」
歯がカチカチと鳴っている。真里のお腹に回した手は、冷たくなっている。もっと力を弱めないと、真里さんを痛めてしまう。頭では分かっているのだが、落ちる恐怖に本能が勝てない。
大丈夫、大丈夫。
寛人は自分に言い聞かせるように呟いた。
「どこにいけばいい?」
「もっもう少し上の、もう少し先です!」
もっとまともな説明の仕方はないのか、と自分にツッコむが、片手を離すのも怖い。
「了解。気分が悪くなったらすぐに言うのよ。」
真里はふわりとさらに上に上がった。
ひぃぃぃぃ
寛人はかろうじて悲鳴を飲み込んだ。
「ここね。ああーこれは刺さったら痛そうね。直しちゃいましょ。」
真里はてきぱきと寛人の道具箱から工具を取り出すと、豪快に木がめくれたところを削っていった。
「ぼくが!僕がやりますので!」
「いいから!しっかり捕まってなさい!」
ここで工具の奪い合いをしても仕方がない。寛人は大人しく工具の出し入れ係としての任務を果たすことにした。
「うーん、結構いろんなところが傷んでたわね。最近できたものでもなさそうだけど…」
地上に戻った真里は、足がガクガクと震えている寛人に手を貸しながら座らせた。
「すっすみません。すべてをやらせてしまって…」
なんて役立たずなんだ。情けない。
俯いてしまった寛人を慰めるように、真里は言った。
「魔女だっていきなりあんなに高くには飛ばないわよ。あの高さで落ち着いていられたんだから大したものじゃない。」
…それは固まっていて動くことすらできなかったからです。
「さ、帰りましょう。何か美味しいものでも食べて。」
「いいえ、その、まだ何箇所かありまして…」
片眉をクイっと上げた真里を見上げた寛人は、修繕リストから一人ではできない箇所をいくつか挙げた。
「そんなにいっぱい?おかしいわね。定期的に外部の人間を入れているはずだけれど。」
「僕が赴任してから見つけた箇所は少しづつ直してはいるのですが。やはり外部の人間を入れるとリスクも大きいですから、前任者が躊躇したのかと…」
もちろん猫の安全が一番なので、猫が安心して暮らせる環境を作るのが僕ら職員の任務だ。だがどこから情報が漏れるか分からない以上、不必要の外部とのコンタクトはなるべく避けたいところでもある。
「前の職員は何か言っていた?」
「あー…その、引き継ぎの時に猫との別れが惜しかったらしくて…」
号泣しすぎて話ができなかったのだ。
「前のやつは仕事をしてなかったにゃん。」
「らぶちゃん!」
いつの間にか寛人の背中から、するっと額に淡い赤のハートマークがある猫が駆け上がってきた。ちょこんと寛人の肩の上に乗る。
「なに、仕事してなかったの、そいつ?」
真里が目を細めた。
「いっつもお気に入りの猫と戯れてたにゃん。ランキングをつけるとか言って、写真と動画を気持ち悪いほど撮ってたにゃん。」
「写真と動画?にゃん国には通信機器も撮影可能な機器も個人所有のものはすべて持ち込み禁止のはずなんだけどな。」
寛人が眉間に皺を寄せて呟いた。
「事務所のパソコンには撮影データは入っていなかったと思いますが…少し調べた方がいいかもしれません。もしデータが流出していたら大変なことになります。」
「そうね。ネットにでも載ったらやっかいだわ。」
「すみません、うちの職員がご迷惑をおかけして。すぐに本部に連絡を取って対応しますので。」
なるだけ早い方がいい。国際問題どころか、下手したら猫達の人間への信頼が失われて、にゃん国と国交が閉ざされてしまうかもしれない。許せない。
「そうね。そうした方がいいわ。」
「あら。私はキライじゃなかったわよ。前の下僕。」
するっと一匹の灰色の猫がやって来た。セクシー番長リリカだ。