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にゃん国は人間は立ち入り禁止だが、唯一の例外は魔女だ。
魔女と猫は同盟を組んでいる。
魔女にとって猫は己のパワーを引き出してくれる存在。特に大きな呪いをかける時には猫がいると心強い。
魔女はその見返りとして、にゃん国の設立・維持の役割を担っている。猫だけだと自由すぎて国としてまとまりがないからである。
めんどくさいことはしたくないけどゆっくりお昼寝できる場所が欲しいにゃん、というのがにゃん国の成り立ちだ。
寛人が『お客さん』と言っていたのも魔女だ。魔女は時々ふらりとやって来ては、猫と戯れたり、最高のお昼寝スポットについて猫と議論したり、新しい呪いを披露したりして明日への活力を養っているらしい。
対して、人間の職員は猫に空気のように扱われるが、たまにパソコンの上に乗ってきたり、撫でろと要求したり、食べ物を用意しろと言ってきたりする。
流れ星のような確率で、寝ている時にお腹をふみふみされるのは職員にとって至高のご褒美である。
「さてと。」
寛人はもろもろの工具と魔女特製のしびれ薬を持って外に出た。しびれ薬は念のためだ。ごく稀にだが、外からにゃん国に乱入しようとする人間がいる。
寛人は戦闘員ではないので、怪しい人(というか寛人以外の人間はいないはずなので見つけた人すべて)にはとりあえずしびれ薬をぶつける。魔女なら余裕で躱せるので問題はない。あとで呪われはするが。
見回りを開始した寛人に、かまってー!と寄り添ってくるのはミケ猫のロン。
「ロン、また魔女様の薬草に突っ込んだだろう。葉っぱがついてるぞ。」
寛人はそう言いながらロンの耳からギザギザの葉っぱを取る。
「毒草も多いから気をつけてっていつも言っているのに。」
人の話は聞かない。それが猫である。
寛人が一撫ですると、ロンは満足して走り去っていった。
キジトラのミーはシャボン玉をご所望だ。追いかけて猫パンチするのが今の流行りらしい。
ペルシャのエリザベスはここのドンだ。どんなことにも動じないどっしりとした身構えが猫たちの尊敬を集めている。
「今日もいい天気だな。ここはほんと天国みたいだ。」
猫が心ゆくまでお昼寝ができるよう、にゃん国は一年中春の天候だ。
寛人は鼻歌を歌いながら、丘を登っていく。この上に巨大な猫タワーがあるのだ。
「そろそろ猫タワーを修繕しないとね。上の方は届かないからどうしようかな。」
寛人の仕事は主に猫が快適に過ごせるようにするお世話係である。
壊れたおもちゃがあれば修理し、猫にとって危ない場所があればそれを上に報告する。自分で直せる範囲であれば直し、無理そうなら外注に出す。
外部の人間にこの国の存在が知られないよう、近隣の国の業者を雇い、修繕を監督する。
魔女にお願いして、業者には記憶が曖昧になる呪いをかけてもらい、国の外まで無事送り出す。もちろんお金は払う。業者はどこかの田舎町の仕事を受けたと思うのだ。
「うーん、この高さはちょっと厳しいかな。ハシゴでも届かないかも。」
『東京タワーに負けない高さの猫タワー』略して『トウタ』は、『東京にはすんげーでっかい猫タワーがあるんだぜ』と自慢した猫の話を聞いたにゃん国の住民が、『うちにも作りたいにゃん』と言ってできたものである。
東京タワーは正確には猫タワーではなく、電波を受信・発信するためのタワーであり、東京の観光名所の一つである。
そんなの知らないにゃん。
安全のためにトウタの周りは特注のトランポリンが敷いてある。
これで上から落ちても大丈夫だにゃん。
見回りを終えた寛人は、事務所に戻った。
「ちょっと!そのマカロンは私のよ!さっきピスタチオのやつあげたじゃない!」
事務所に入った寛人は、ソファーで足を組みながらコーヒーを飲んでいる女性を見つけた。
「魔女様、すみません、見回りに出ていました。」
寛人は工具を下ろしながら魔女に話しかける。
「いいわよ、勝手にコーヒー淹れさせてもらったから。あなたも飲む?」
「はい、いただきます。」
寛人は笑顔で答えた。
「フランスでマカロン買って来たんだけど食べる?」
「はい、いただきます。」
寛人はまた笑顔で答えた。
「…あなた、私が魔女だってことは分かってるのよね?」
「?はい。この国に自由に出入りできるのは魔女様方だけですから。」
寛人は首を傾げた。コーヒーを一口飲み、マカロンを一口で口に入れた寛人は、
「美味しいですねー。さすが魔女様の淹れたコーヒーだ。」
と言った。
「…嫌味…じゃないのよね?本気で言ってる?」
「はい、僕何か変なことを言いましたか?」
「魔女よ、魔女。何か変なものが入っているとか思わないの?」
「変なもの?」
「たとえばほれ薬とか。」
「まさか!魔女様ほどお綺麗な方なら、ほれ薬なんて使わなくてもみんな恋に落ちますよ。」
寛人はびっくりして答えた。