綿雲
ある所に女の子がいました。女の子の名前は明美ちゃんと言いました。明美ちゃんは泣いていました。一体どうしたのでしょう。
明美ちゃんは手にぬいぐるみを持っていました。これは明美ちゃんのお友達のヒルディリド君です。
ヒルディリド君は明美ちゃんが小さい頃からの、今よりももっと小さい頃からのお友達です。大事な大事な、大切な大切なお友達です。明美ちゃんは小さい頃からこのヒルディリド君と一緒に過ごしてきました。何処に行くにも一緒です。ちょっとお出かけするのにもヒルディリド君を手放しません。旅行に行く時だって一緒です。寝る時だって勿論一緒です。
そのヒルディリド君を見ると、体から綿がはみ出ていました。大変です。これは大変です。ヒルディリド君の体が破れて綿がはみ出しているではありませんか。
それで明美ちゃんは泣いているのでした。悲しくて泣いているのでした。悲しくて悲しくて泣いているのでした。
明美ちゃんのお母さんがヒルディリド君のその破れた所を縫ってあげようとしましたが、明美ちゃんはヒルディリド君を放してくれません。
ヒルディリド君は明美ちゃんは友達です。明美ちゃんは友達のヒルディリド君を手放したくないのです。
「えんえんえんえん」
明美ちゃんは泣いていました。綿のはみ出たヒルディリド君を掴んだまま床に転がって泣いていました。
そのうちに明美ちゃんはあることを思いつきました。
「空にあるあの雲を入れてあげたらどうだろう」
そう思いました。空にある雲、綿みたいだし。あれを入れたらきっとヒルディリド君も喜んでくれるに違いない。
明美ちゃんはヒルディリド君を掴んで立ち上がると、お母さんが見ていない隙に玄関に走りました。お靴を履いて、お気に入りのポーチをかけて、ヒルディリド君を持って家を飛び出しました。
外に出た明美ちゃんは考えました。少し前にお父さんとお母さんとヒルディリド君と一緒に山にスキーをしに行ったことがありました。その時、山で雲の中に入ったことがありました。明美ちゃんはその事を思い出しました。
そこに行けば雲をヒルディリド君に入れてあげる事が出来る。明美ちゃんはそう思いました。
明美ちゃんはヒルディリド君と一緒に駅に向かいました。駅から電車に乗りました。電車を降りたら今度は新幹線に乗りました。そうしてお父さんとお母さんとヒルディリド君と旅行で行ったことがある駅で降りると山に走りました。
山の斜面には明美ちゃんが思った通り雲がかかっていました。たくさんたくさん雲が浮いていました。大きな雲、小さな雲、薄い雲、濃い雲、長い雲、不思議な形をした雲、たくさんたくさん雲が浮いていました。
明美ちゃんはその中をヒルディリド君をもって走りました。ヒルディリド君を両手で持ち上げて走り回りました。たくさんたくさん走り回りました。
走り回っているあいだ手に持ったヒルディリド君は雲をたくさんたくさん体に詰め込んでいきました。
そうして走り回っているとある時、ヒルディリド君がふわりと空に浮かび上がりました。
明美ちゃんが掴んだまま、ヒルディリド君はふわあーっと空に浮かび上がりました。
そのまま、明美ちゃんとヒルディリド君は空に飛んで行きました。高く高く飛んで行きました。
どこまでもどこまでも飛んで行きました。
髙く高く飛んで行きました。
そうして辺り一面雲の平原のような場所まで飛んで行きました。太陽も出ていてとても綺麗な景色でした。
ふと、目を覚ますと明美ちゃんは家の床でヒルディリド君を掴んだまま寝ていました。慌てて起き上がってヒルディリド君を見ると、綿がはみ出していた部分は縫い直されて綺麗になっていました。もう綿は出ていませんでした。その後明美ちゃんはお母さんにヒルディリド君とした冒険の話をしました。仕事から帰ってきたお父さんにもまた話しました。夜になったら明美ちゃんはヒルディリド君と一緒に寝ました。