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プロローグ

【勇者】それは、物語において弱き者を助け正義を貫き。強き者を挫き、悪を討つそういうものである。

 アニメや漫画、ゲーム、ライトノベルにおいて様々な勇者がいる。

 人間を守るため魔族を討つ勇者。魔族と人間の間を結ぶために架け橋となる勇者。別世界から召喚、転生してきた勇者。実に様々な勇者がいる。

 そして、ここにも新たに召喚?転生?してきた勇者がいる。


「さぁ、この勇者はどんな物語を紡いでくれるのでしょうかね?」


 真っ暗な世界が広がっている。その世界には、心地のいい風が吹いている。耳元には、草木の揺れる音も聞こえる。


(あ~なんて心地のいい場所なんだ。ただ真っ暗な世界がこんなに心地いいなんて)


 その真っ暗な世界に刺すような光が灯りだす。その光は、徐々に大きくなり一本の大樹が姿を現した。その大樹には、様々な花が咲いていた。桜、藤、椿、梅、バラ、コスモス、木に咲くはずのない花までもがその大樹には咲いていた。

 非常にアンバランスで季節感もないがその大樹は何故か美しく感じる。


「可哀そうに皆から離れ離れにされたのですね」


 どこからともなく美しい女性の声が聞こえる。いや、聞こえるというよりは頭の中に流れ込んでくる感覚に近い。なれない感覚に気持ち悪くなる。


(よくアニメや漫画で直接、頭の中に声が聞こえるという描写があるがこんな感覚なのか~。こんなこと普通だったら『なんだ!これは!』と驚くんだろうが・・・だがしか~し二次元の聖地である日本出身の俺は、こんな事でうろたえな~い。まずは、誰が話しかけてきたかだ!)


 だが、声の正体はすぐに察しがついた。この光に満ちた世界で自分以外の存在は一つしかないからだ。普通に考えれば信じ難いが自分以外の存在が大樹しかない以上は、そう思うしかない。


「なぜ、見ず知らずの樹に可哀そうなんて言われなければならない。」


 自分でも頭のおかしいことをしていると思う。何せ、樹の言葉に反応して会話をしようとしているのだから。


「ふふっ。では、お教えしましょう。なぜ、見ず知らずの樹である私がなぜあなたのことを憐れんでいるのかを!」


 樹がその言葉を発した瞬間、少しだけ空気が張り詰めた。それは、子供のころに親から説教を受けていた時の空気に似ていた。


「よく聞いていて下さいね。あなたは、大学の帰り道に車に轢かれて死んだのですよ。」


 その言葉を聞き、少しの間、頭が真っ白になった。自分は、死んでいるはずなのに目で樹を見ることもできるし声をだすこともできる。なのに死んでいるとは、とても信じがたいのだがすぐに思考を元に戻す。


「だから、可哀そうか・・・」


 俺は、まだ20歳だった。親の約三分の一の年齢で死んでしまうとは思いもよらなかっただろう。生きている時は、人なんていつかは死ぬものだから、いつ死んでも自分は大丈夫と覚悟を決めていたはずなのに。いざ死んだという状況になると精神的にくるものがある。


「あ~~、違いますよ。」


 間をおかずに樹が否定をしてきた。何が違うというのだ。人の死を軽々しく憐れんでいるのに、少しばかり怒りが湧いてくる。


「何が違うんだ。」


 反射的に声を荒げて問いただしてしまう。


「私が可哀そうだと言ったのは、あなたが死んだことではありません。どんな生物にも死はあります。人間や動物、魚や虫にも神ですら死があるのですから。それにあなたの世界でも数秒に一人が死んでいるのですよ。今回は、あなたが運悪くその数秒の一人になっただけです。ただそれだけなんですよ。」


(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)


 長い間が空いた。不覚にもこの、理不尽で冷酷な考え方に納得してしまった自分がいる。世界では、数秒に一人が死んでいる。これは俺が小学校の時、何かの発表をした際、自分で言ったセリフだったからだ。


「分かった。教えてくれ。俺を憐れんだ理由を・・・」 


 考えても仕方がない。樹にいくら怒りをぶつけたところで俺が生き返れるわけでもないのだから。

 樹の声が頭の中に流れる。


「お教えしましょう。あなたがこれから生まれ変わる場所の状況が悪いからです。」


「その状況とは?」


 わざわざ、そんなことを言ってくるってことは、相当酷い状況なのだろう。奴隷に転生?人じゃなくて亜人に転生とか?いや、一番嫌なのは魔物に転生すること!!しかも、貴重な素材を落とす魔物になった暁には、人間に狙われ続ける人生・・・いや!魔物生。それだけは、嫌だ!!


「はい。あなたは、車に轢かれて死んでしまいました。その時、実は他にもあなたと同じように巻き込まれて死んでしまった人が5人ほどいるのです。」


 自分以外にも轢かれた人間がいるのは、知らなかった。大学に行く時と帰る時は、いつも周りの音が聞こえなくなるほどの音量で音楽を聴いていたから周りにどんな人間がいたのかも分からない。


「それでですね。あなた以外の人たちは、この異世界の王族や貴族の子供として転生したのですが、あなただけが貧乏な町民の子供として転生してしまったのです~(涙と)。それがあなたを可哀そうだと言った理由ですよ。」


「へ?」


 情けない声が出てしまう。というのも想像していたのは、もっと絶望的なことを想像していたから思っていたより普通の境遇で拍子抜けしてしまった。


「なんだ。そんなことか。」


「ええ。そんなことですよ。」


 樹が適当な感じに即答してくる。


「そういえば、自己紹介が遅れてしまいましたね。私は、ラシル。万物の生命を司る女神とでも言っておきましょうか。」


 色んな花咲いてるし、喋るし、ただの樹ではないと感じていたがこの樹の正体は女神であった。


「ご丁寧にどうも。俺は・・・」


「あ~構いません。あなたの前世の名前には興味ありませんので。」


 自分の名前を名乗ろうとした時、ラシルに割って入られ自己紹介を中止させられる。


「自己紹介くらい、させてくれてもいいじゃないのか?」


 少しの間、ラシルが黙り込んでいたが諦めたかのようにため息をつき・・・


「それでは、あなたの名前を教えてくれますか?」


 その言葉を聞いて、自己紹介をしようとする。


「俺の名前は、・・・・・・・・・・・・・・・・。あれっ?」


 思い出せない。自分の名前が思い出せない。前世での記憶は、確かにあやふやなものが多いが自分の名前すら思いだせないことに少しばかり焦りが出てくる。


「は~、だから言ったじゃないですか。だから、あなたに自己紹介をさせたくなかったのですよ。自分の名前すら思い出せないことを知ったらショックを受けると思ったので・・・・。」


 ラシルは、俺に気を使ってくれていたようだ。


「じゃあラシル、君が俺の名前を付けてくれよ。名前がないとラシルも呼ぶ時、不便だろう?」


 名前がないと俺もラシルも不便だと思い、ラシルに付けてもらうように提案をするがラシルはすぐに否定してきた。


「その必要はありません。あなたは、これから転生し、新しい家族の下に生まれます。名前は、その時に付けてもらえるので。今、わざわざ私がつける必要ありません。」


 長話をしていてすっかり忘れていたが俺は、今から転生するんだった。


「本当に随分と長い間、話をしてしまいましたね。そろそろ転生をして頂く時間ですが何か質問はありますか?」


 そんなこと言われても、自分の人生において転生するなんて思ってもいなかったから質問なんて思いつかない。


「ん~質問か~。あっ!」


 そうだ!異世界に行くんだし漫画とかでは主人公たちみたいにチート級な力やスキルを俺も使えるのか。それを聞いてみよう!


「それで質問は?」


「俺の使えるスキルとかは何があるのか教えて欲しい。」


 どんなスキルを使えるのか楽しみだ。漫画とかだったら(鑑定)とか(身体強化)とかとか何が使えるんだろう。思わず頬が緩んでしまう。


「えっ。そんなもの、初めから使えませんよ。」


 表情は、分からないがラシルが何を言ってるんだと首を傾げているようになんとなく見える。それに困惑してしまう。


「えっ。だって異世界で転生って言ったらチート級のスキル~とか魔法~とかあるじゃないか。」


 もしかして、そんなものが存在しない異世界なのか。そんな世界なら転生したって仕方ない気もしてしまう。いや、もう一回生きかえれるだけでも儲けものか。


「あはは!そんなもの初めから使えるわけないじゃないですか。でも、転生者が特別なのには違いないですよ。スキルとか魔法とかが存在しないとかではなくて、あなたが産まれた時から特別な力を持っているわけではないということです。つまり、ゼロからスキルや魔法を学ぶということです。」


 あ~なるほど、そういうことだったのか。スキルや魔法は存在する。それを聞いて少し安心した。


「分かった。特別な待遇はなしで異世界に転生した後は、自分でどうにかしろということだな。」

 

 全てを一から始める。スキルや魔法、剣術なんかも自分でどうにかするしかない。ロールプレイングゲームみたいで楽しみではあるが、これだけは自覚しておかないといけない。


 一度死ねば全て終わりだということ。


「はい全て一から頑張って下さい。それでは、名残惜しいですがそろそろお別れの時間です。機会があれば、また会うこともあるでしょう。その時まで頑張って成長して下さいね。期待しています。」


 そう言ってラシルは、木の葉を落としながら消えていった。残されたのは、俺とその光の世界だったがその世界もまた、徐々に遠くの方から消えていく。世界が消えていくにつれて俺の意識も遠のいていった。だが意識が途切れる瞬間にラシルの優しい声が聞こえた。     


「頑張って・・・・・。」




「---だ--さ-----う-----」

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