恋のはじめ方。
『もういい。』
「何が?ってか、どうした?」
突然、いつもメッセージをくれる彼女から突き放すような言葉が届いた。すぐに返事をしたけど、既読はついたのにメッセージが返って来ない。
「あ、あれ?いつもならすぐ返事くれるのに…どうしたんだ?」
俺には何が何だかわからなかった。
ベッドに横になりながら何が原因なのかわかるかもしれないと思い、メッセージを遡ってみた。
『私、自分で思ってるよりもあなたの事好きだと思う。』
これ!このメッセージ、凄い嬉しかったんだよな。
でも、俺なんかじゃ彼女に釣り合わないかも…ってビビっちゃってさ。
どうしようって迷ってたら次のメッセージが届いたんだ。
『このままじゃ辛いから、気持ちがないなら連絡するのはやめるね。』って。
えっ!?いや、そんなの困るよ!
俺、彼女からのメッセージでめちゃくちゃ頑張れてたのに!
とにかくメッセージのやり取りがなくなるのは嫌だった。
「このままじゃダメなの?俺は今のままでいいけどな…。」
今のままでも俺は十分幸せだと思ってたから。
だって彼女はクラスでも人気でいつも明るくて元気で…俺がこうしてメッセージのやり取りしてるのが不思議なくらいで。
何とか途切れないように…このまま連絡が取れるように…って思って送った返事だった。
まさか…こんな俺に告白!?とドキドキしたけど、「そんな訳ないだろ!自惚れるな俺!」と思い直した。
俺はとにかく自分に自信がなくて彼女が褒めてくれてもいつも「こんな俺なんて…」とか言って怒られてた。
返事が来ない…。
10分経っても30分経っても……1時間経っても。
「あ、あれ?なんで?俺、怒らせちゃったのかな?」
何か送った方がいいのかな?
でもあんまりしつこくして嫌われたらな…どうしよう。
『もう寝ちゃった?』
そう送るので精一杯だった。
そのメッセージも既読がついてるのにスルーだ。
どうしよう。これ完全に嫌われちゃったんじゃないか?
そう思ったら胸がギュッと痛くなった。
何故か泣きそうになる。
「あれ?おかしいな…なんでこんな変な気持ちになるんだ?」
胸の辺りを擦りながら俺は首を傾げた。
その時、スマホが鳴った。
慌てて手に取って確認する。
「ったく!なんだよ!ゲームの通知かよ!」
てっきり彼女からのメッセージだと思い込んでいた。
「あ、これって…もしかして俺、あの子の事?」
なんでこんな事になってから気づくんだ?
俺、好きなんじゃん。…つーか、遅っ!
え、いや。こういう時ってどうすりゃいいんだ?
メッセージで送ったってたぶんダメ…だよな?
しばらく何も出来ずにスマホの画面とにらめっこした。
大きく息を吸い込んでフゥーッと吐き出す。
願いを込めてメッセージの送信ボタンを押した。
「頼む!何とか彼女に届いてくれっ!」
……次の日の放課後。
俺はあまり人の来ない非常階段に彼女を呼び出していた。
「…まだかな?つーか、来てくれんのかな?」
最近はだいぶ暖かくなってきたとはいえ、まだ3月だ。
日陰にいると空気がひんやりしていて黙って座っていると手足が冷えてくる。
冷たくなった手を擦り合わせて暖をとろうとしていると、階段を上がってくる音がした。
「…っ!き、来た?」
コツコツと階段を上がる音が近づいてくる。
座っていた俺はいてもたってもいられず、その場に立ってウロウロしていた。
「はぁっ…階段キツいっ!ごめんね。待たせちゃって。」
軽く息を切らして彼女が現れた。
胸がドキンッと跳ねる。
(あ、あれ?こんなに可愛かったっけ?…ヤバいっ!緊張してきた!)
「い、いや!大丈夫っ!こ、こんなとこにごめんね。」
動揺を隠せず声が震える。
「…で、話って何?」
あ、もしかして怒ってんのかな?
ぶっきらぼうに言う彼女の様子に胃がキューッとなる。
「あ、いや!話…ね。あの良かったら座って話さない?」
もう手汗が止まらない。
どうやって切り出そう?
「…うん。いいけど。」
彼女は素直に俺の隣に来て座った。
その時、ふんわりいい香りがして俺の心臓はどうにかなってしまうんじゃないかと思うほどに動いた。
自分の心臓の音が耳に響いて他の音が聞こえない。
今までこんなに緊張した事ってないんじゃないか?
「……」
「……」
沈黙が辛い。
何とか話さないと…手をギュッと握り大きく息を吸って話し始める。
「あ、あのさっ!き、昨日のメッセージの事なんだけど。」
「昨日のメッセージって?」
「もういい。ってやつ。…俺、なんかしちゃったのかな?」
「……」
彼女は何も言わない。
また沈黙が二人を包む。
また俺は胃がキューッとなって堪らなくなる。
「あ、あの後さ…俺、君から貰ったメッセージ読み返したんだけど、ま、まさかと思ったんだけど、俺の事好きって本当?」
あぁ、神様っ!返事を聞くのが怖いです!
彼女は俺の目を真っ直ぐに見つめている。
頼むっ!早く何か言ってくれっ!
「だったらどうする?」
意地悪っぽく笑った彼女。
俺は汗をかいた手をまた握り直して言った。
「お、俺もっ!俺も君が好きなんだ!だから…だから凄く嬉しいな……って。」
真っ直ぐに彼女を見つめながら言ったがだんだん声が小さくなる。…我ながら情けない。
「ぷっ!あははっ!何その顔っ!」
彼女が必死な俺の顔を見て吹き出した。
俺は何がなんだかわからず言う。
「えっ!?な、何?なんかおかしかった??」
「うんっ!死にそうな顔してた。緊張したの?」
ケラケラ笑いながら彼女は涙目になっている。
「そ、そんなに笑うなよっ!俺、告白なんて初めてで…」
「ごめんごめん!あんまりにも必死な顔見たら面白くって。」
ふぅっと彼女は息を吐いて呼吸を落ち着けた。
「本当はね、昨日のメッセージでやり取りするのをやめようと思ってたの。私なりに頑張って告白したつもりだったのに今のままで…なんて酷いなと思って。」
「それはごめんっ!俺、自分に自信なくて。俺なんかが告白してもらえるなんて思ってなかったんだ。でも、君とのやり取りはやめたくなくてさ。」
「もうっ!俺なんか…はやめてって言ってたのに。…私はちゃんと君のこと、好きだよ?」
上目遣いで恥ずかしそうに言う彼女を見て、俺は咄嗟に抱きしめていた。
「急にごめん。…でも今のは可愛すぎでしょ。ズルいわ。」
「ふふっ。ズルくてごめん。でも、嬉しい。」
俺の腕の中で彼女が笑う。
ひんやりした空気の中、俺たち二人の周りだけは温度が上がったように感じた。
「俺、まだすぐには自信持てないかもしれないけど、君と並んで歩いても堂々と出来るように頑張るよ。だから、これからずっと俺の隣にいてくれる?」
彼女の熱を感じていたら、俺らしくない言葉がスラスラ出てきた。だけど彼女を守りたい。守れる男になりたい。と思ったんだ。
彼女はまた俺の目を真っ直ぐに見つめながら、静かに頷いた。
「ほ、本当に!?俺と付き合ってくれるの!?」
「うん。だから私から先に好きって言ったじゃん。」
顔を赤くしながら恥ずかしそうに言う彼女。
「……ありがとう。こ、これからよろしくね。」
つられて顔を赤くしながら俺は言った。
決してカッコよくはない告白だったと思うけれど、勇気を出して伝えて本当に良かった。
これからどんな楽しい事が待ってるのか、ワクワクしながら二人で手を繋いで帰る。
「あ、ねぇ!この公園に寄ろう?」
「え、いいけど。どうした?」
「いいから!こっち来て!」
そこは彼女の帰り道にある公園だった。
嬉しそうな彼女に手を引かれてついて行く。
「うわぁ〜!なんだここ!?めちゃくちゃ綺麗だな…。」
俺はその景色を見て声を上げた。
彼女がまるで自分の手柄のように誇らしげに言う。
「でしょ〜!ここの桜、めちゃくちゃ綺麗なんだよ!君に見せたかったんだよね。」
嬉しそうに顔をクシャクシャにして笑う彼女。
俺はまた抱きしめずにはいられなかった。
「きゃっ!ど、どうしたの急に!?」
「…ごめん。やっぱり可愛すぎだわ。」
俺は言いながら抱きしめる腕に力を込めた。
「もう〜!しょうがないなぁ。少しだけだよ?」
そう言いながら彼女も俺を抱きしめ返してくれる。
二人で抱き合いながら見上げる桜は夕焼けに赤く染められていて、ピンクではなく赤いハート型の花びらをヒラヒラと散らせていた。
ドキドキと胸が高鳴り、自分の鼓動と彼女の鼓動が混じりあっていく。ひとつに重なっていく感覚を初めて感じながら俺は美しい光景から目が離せなかった。
「また来年も一緒に見ようね。」
「そうだね。来年も再来年もずっとな。」
二人で微笑み合いながら桜を見つめた。