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夙夜夢寐  作者: 龍岡
8/9

夢現

長編自体は一週間後くらいには完成してしまった。

なんとなく私やりっちゃんがいつも書いているような作品に近かったためだろうか。

今までより筆の進みが速かったのだ。


私は今日、会議に出席した。

短編であればわざわざ集まったりせずに適宜部署間で連絡を取り合いながら進めていくのだが、長編ともなると最初に会議で大まかな方針を決めるそうだ。

とはいえ、りっちゃんは男性恐怖症で男性ももちろんいる会議に来れないので、入社したての新人ほやほやの私がストーリー班代表としていくことになった。


会議室に行くと、よく合う梶原さんや原稿を渡しに行ったときにたびたび会う監督の時田さんなどそれなりにあったことのある人も散見されたが、今まであったこともない人もちらほらいた。中には外人らしき人もいた。


「よーし、みんな集まったかな。」


あのメガネの男、髙岡さんが会議室に入ってきた。


「ふむ、何人か新人もいるようだが、まあ気楽に話し合ってくれれば大丈夫。特に演技班のジョセフ君、日本語での会議だけど大丈夫そうかい?」


「ハイ、大丈夫デス。」


会議が始まった。とはいえ、既にストーリーが決まっているので、その具体的な内容や細かな描写の設定などをどのようにしていけばよいか等が主な私への質問だった。


他の人たちは主に仕事の日程について話し合っていた。

いついつまでにあげてもらわないとこっちが間に合わないだの、そんなに早くあげられるわけがないだの、なかなかに大変そうであった。


「ジョセフ君、君の部署の演者の日程調整はすぐできるかい?」


「ハイ!」


「ジョセフ君、映像のアップ期限は一週間後でいい?」


「ハイ!」


「ジョセフ君、ここの演技は君の資料ではこうなってるけど、こっちのほうがいいんじゃないかな?」


「ハイ!」


この調子でジョセフ君は全部元気のいい「ハイ!」で答えていた。

本当に大丈夫だろうか。


「はっはっは、ジョセフ君。別に全部ハイって言わなくたっていいんだ。会議では自分の意見を言ってくれたま。そんなんじゃイエスマンになってしまうぞ。」


髙岡支部長が言った。

ジョセフ君はきょとんとした。


「はい、男です(イエスマン)。ナニヲ言ッテルンデスカ?コレガ日本ノ『セクハラ』ッテヤツデスカ?」


「オー、ジーザス!」


髙岡支部長は顔に手を当てた。

支部長、お疲れ様です。



さて、こんな三流の新喜劇のような会議を終えると私はりっちゃんのいるブースに戻った。


「その、会議お疲れさまでした。それでどうでしたか?」


「うーん、特に何もなしかな。聞かれたのもストーリーの細かな部分だったり、あとはどういう風に映像で描写すればよりいいか意見を求められたくらいかな。」


「よかった。じゃああれが採用されたんですね。」


「そうだと思うよ。」


私とりっちゃんはハイタッチをした。

私がこの職場で働くのも残り1週間。あとは短編をしっかりと熟考しながら書いていこうか。

そんなことを考えていた。


「そういえば来週から伊藤さんって人が戻ってくるんだよね。伊藤さんってどんな人なの?」


りっちゃんは困ったような顔をした。


「その、私伊藤さんとは直接話したことがないのでわからないです。」


「え?でも同じ部署なんでしょ。」


「はい。ただ、伊藤さんは男性なので、私近くにいられなくて。いつも別のブースで仕事をしてるんです。」


まさかまさかである。

伊藤さんは女だと思っていたが、男だったとは。


「じゃあいつも一人ぼっちで仕事をしているの?」


「はい。あまり周りの人と関わるのが得意ではなくて。でもこの前ご一緒させていただいた女子会はすごく楽しかったです!」


「あはは、そりゃよかった。」


あれを女子会だと思われると、今後本当の女子会を目の当たりにした時にどうなってしまうのか。

私はただ曖昧に笑った。



それから1週間、私は念入りに短編を仕上げていた。

時には5本より多く、7本作ることもあった。

長編はさすがに書く能力も気力もなかったので手を出さず、その分短編に集中した。

自分の書いたものが夢になっていく。それがとても楽しかった。


何回か自分の作ったシナリオで作られた夢を見せてもらったことがある。

夢に入ると、自分が夢を見ているという認識がなくなり、その世界の中に没入した。

そこで起こる出来事で私は喜び、悲しみ、焦り、怒り、動揺し、興奮した。

夢だとわかって入っていっても、夢が始まるとそのことを忘れてしまう。

現実ではあり得ないような奇天烈なことも夢の中では当たり前のように受け入れられてしまう。

目が覚めればばかばかしいようなことも、夢の中ではいたってシリアスなのである。



そんな風に夢を作ったり見たりしながら1週間を過ごした。

そして気が付くと私のDMコーポレーションの勤務の最終日がやってきた。

とはいえ何か特別なことがあるわけではなかった。

退社直前までは...



「伊藤さんが来ましたー」


そんな声が聞こえた。

伊藤さん?今日もう来たのか。もうすぐ5時ではあるけど。

私に引継ぎをしてもらいにでも来たのかな。


「やあ、頑張ってるね。」


聞き覚えのある声がした。

ブースの入り口には私が良く見知った男が立っていた。


「ちょっと、どうしてここにいるの?」


「気になってしまってね。うまくやってるかなって思って。でもみんなの話を聞くと僕が思っていた以上に楽しく充実した日々を送っていたようだ。」


いつも通りのわんぱくな笑顔を見せている男は、私の夫だった。

たしかに伊藤とは私の夫の旧姓であるが...

私は驚いて言葉を失った。


「伊藤さん。ほんとに困りますよ。いつも急にいろんなことを言ってくるんですから。」


髙岡さんの声がした。


「ごめんよ。僕のわがままにつき合わせちゃって。」


「まあでも、確かに彼女はいい作品をたくさん仕上げてくれましたし、こちらとしてもいい刺激にはなりましたがね。」


「そりゃあよかった。」


夫は笑った。

そして私の方を見ると少し真面目な顔になった。


「さて、ここは夢とうつつの間の世界。もうすぐ君はちょうど1カ月前の10月1日の白紙の原稿用紙に突っ伏してる状態に戻る。僕はここのストーリー担当であり、同時に本部からの特派員でもあるんだ。倒れたというのは嘘で、少しの間君にここで働いてもらおうと思って作ったシナリオさ。でもそのあとここで君が経験したものは何の筋書きもない本物の経験だよ。楽しかったでしょ?」


私は動揺した。

藪から棒にいったい何なのだ。

いまいち状況がつかめなかった。


それを見て取ったのか、夫は優しく笑った。


「大丈夫。ここでのことは君の中にしっかり残り続ける。決してなかったことにはならない。これは僕からのプレゼントだったんだ。1ヶ月いうのが遅くなったけど、誕生日おめでとう。これからもよろしくね。」


そうして世界は白み始めた。



「おーい、起きてー、一緒にご飯作ろ。」


夫の声がする。


「うーん...」


私は目覚めた。


「どう?何か面白いストーリーのアイデアを見れた?」


彼はにやにやしながら聞いた。


「な、別に夢なんかに頼らなくても...」


言いかけて私はやめた。


「ん?どうしたの?」


「いや、プレゼントありがとう。」


見ると白紙の原稿用紙の上には私が欲しがっていたMontblancの万年筆が置かれていた。


「誕生日おめでとう。それを使ってこれからも面白い小説を書いてね。それじゃあ今日は僕が腕によりをかけてご飯を作るよ。」


「いや、私もやる。一緒に作ろう。」


私は彼と一緒に台所へと向かった。

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