夢創
あの不思議な夢を見た後、私は全く夢を見なかった。
あの時急に夢がホワイトアウトしたのは何なのだろうか。
なんだか倒れたとかいう声が聞こえたけどな。
まあ、私はどうでもいいや。
あの設定資料にかかれていたものを今は書き起こしてみている。
意外と面白い世界だ。自分で書いていて心が躍る。
しかし筆がなかなか進まない。いつも書いている感じのものと違うからだろうか。
でももしうまくいけば、『小説家になろう』にでも連載すればランキングを取れるかも!
感想とか評価とかレビューとかもたくさんもらえたりして!
そんな妄想に胸と鼻の孔を膨らませながら過ごしていたので、夢を見ないことなど大して気にならなかった。
そして夢を見なくなって3日が立とうとしているとき、私宛の手紙が来た。
DMコーポレーションとかいうところからだ。
DM?これは何の略だろう。
ダイレクトメッセージ?それともダイイングメッセージ?はたまた唾液腺マッサージだろうか?
「その手紙どっかの会社からみたいだけど出版社とか何か?」
夫が聞いてきた。
「いや、私もこんな会社知らないな。」
「ふーん。」
夫は面白そうにこっちを見ていた。
封筒から中身を取り出すと手紙と何やら白いカードのようなものが出てきた。
手紙には次のように書かれていた。
いつもわが社をご愛顧いただき誠にありがとうございます。
当方のスタッフにしばらくの間欠員が出てしまい、誰か適任者を探していたところちょうどあなたを見つけたので連絡を差し上げた次第です。
失礼ながらあなたについて少々調べさせていただきました。
すると小説家の方ということではありませんか。
しかも当面の予定はなさそうなご様子。
ですので是非ともこちらにいらしていただければと思います。
場所は以下の地図にある通りでございますので、いらっしゃる際には同封してあるカードをご持参ください。
暫く暇な小説家という、極めて適確でそれゆえに感情を逆なでしてくる手紙だ。このヤロウ。
でも仕事がもらえるのはいいことだ。しばらくの間ということだし、少しお小遣いでも稼いでおいしいものでも夫と一緒に食べようか。
そんな風に考えた。
「私、しばらく働き口が見つかったかもしれない。」
「本当に?それはよかった。小説家の仕事なのかい?」
「うーん、よくわからない。でも、私を小説家って知ってるから来たオファーみたいなんだよね...」
「ならいいんじゃないかな。僕も在宅ワークでうちにいるし、家事の分担も少し考えなおそっか。」
彼はこころから私の仕事を喜んでくれてるみたいだ。
「うん、ありがとう。」
そんな彼が、協力的で頼りになって優しい彼のことがやっぱり私は好きだった。
次の日、私は指定された場所に向かった。
東京の池袋駅を降りて東口を出て10分ほど歩いたところにあるコンクリート製の少し古い雑居ビル。そこの三階にDMコーポレーションが入っていた。
扉をノックしたが何の返事もない。もちろん扉には鍵がかかっていた。
どうしようかとあたりを見回すと、扉の横に何やらカードリーダのようなものがあったので、そこに手紙と一緒に届いた白いカードを通した。
カチッ...
鍵の開く音がした。
ドアノブを回すと扉が開いた。
「し、失礼しまーす。」
静かに言いながら恐る恐る扉を開けた。
するとビルの外見からは想像もできないほど中は広かった。
パーテーションでいくつものブースに区切られていて、そのそれぞれでたくさんの人が行ったり来たりしていた。
どうしていいかわからずに棒立ちしていると、メガネをかけたいかにもできる感じの中年男が近づいてきた。
「君が伊藤君の代役で来てくれたピンチヒッターだね。いやー助かったよ。ストーリー班の仕事が滞ってしまっていて。小説家の方だって聞いてるし、頼りになるよ。さあこっちへ。」
そう言うと男はすたすたとオフィスの奥へと歩いて行った。
「さて、ここが君にしばらく務めてもらう部署。ストーリー構成とかを考えてまとめて、それで製作チームに提出するんだ。」
なんだか話がすごい勢いで進んでいく。
「えっと、申し訳ないんですがそもそもここがどんな会社かもわからないですし、何をすればいいのかもわからないのですが...」
男はきょとんとした。
「そっか、そうだったな、そこからだった。そうだな、私は急ぎの用事があるので田中君からもろもろの説明を受けたまえ。何か困ったことがあったら私に連絡をくれ。この名刺に私の携帯番号が書いてあるから。」
そう言うと男は名刺入れから一枚の名刺を取り出し、私に手渡してきた。
髙岡龍之輔。これがこの男の名前か。
『DMコーポレーション日本関東支部支部長』という肩書らしい。
名刺を渡すと男はすたすたと歩いて行ってしまった。
「えっと、き、今日からこっちで働く人ですか??」
ブースの中から声がした。
見るとなんだかとてもかわいらしい女の子が座っていた。
「ええそのようです。ただ、ここがどんな場所かもまだ知らないので教えてもらえると嬉しいです。」
「よかった。男の人だったらどうしようと思ってたけど、やさしそうな女の人でよかった。」
少女はなんだか安心したようだった。
「えっと、私の名前は田中涼子です。あなたと同じストーリー部署の勤務です。それで、その、ここがどんな会社か知らされていないんですか?」
「ええ、まあ。」
少女はため息をついた。
「これだから支部長は。あの人いつも適当すぎるんですよ!」
こんなに気弱そうな少女がこれだけははっきりと言った。きっとあの男は本当に適当なのだろう。
「えっと、ここでは社名にもある通り夢を作成しています。」
「社名?ゆめ?」
何を言っているのだろうかこの少女は。
「はい。そ、そうなんです。うちの会社のDMとはドリームメイキングの略です。でも、個人的には少し安直な名前だなーって思うんです。」
「で、夢を作るってどういうこと?」
「それはえーっと、皆さんが見る夢の映像を私たちで作成し、それを皆さんの夢を通して配信するんです。」
「夢ってあの寝てる時に見る奴?あのレム睡眠の時に見るっていうあれ?」
「はい、そうです。」
ほー。あれを作ると申すかおなごよ。我、狐に化かされたのではと頬をつねれど、ひりりとただただ痛みける。夢かうつつか問われれば、これまさにうつつなり。夢作り出すうつつなり。
さて、こんな片言古文を頭で錬成している間に、少女は何やら紙に書いていた。
「えっと、これを見てください。」
見るといろいろな部署が書かれていた。
「その、夢を作ると一口に言っても色々な仕事に分かれています。どんなストーリーの夢を作るのかを考えたり、それを映像にしたり、実際にそれを皆さんにお届けしたり。いろんな仕事があるんです。」
「へー、そうなんだ。」
紙には原画、中割とか書いてある部署もあるので、アニメづくりみたいな感じだろうか。でも、演技や撮影の部署もあるので実写もあるのかな?
「そ、それで私たちはストーリーを担当します。どのような設定の世界なのかや、どんな人、キャラクターを登場させるのかを考えて、それを他の部署の方々に形にしてもらいます。」
「そうなんだ。で、このブースに4つ机があるけどこの人たちがストーリー担当?」
「えと、違います。今は私と伊藤さんだけです。ただ、伊藤さんが倒れちゃって一人でした。それでもあなたが来てくれましたが。」
「つまり今は私も入れて2人だけってこと?」
「えーっと、はい、そうです。」
「ちなみにストーリーってどれくらい書くの?」
「そうですね...大体一日5人分ほど書いてください。短編小説ほどの長さで大丈夫です。大体は過去に先輩方が作った夢を使いまわしますが、順次古いものから入れ替えていくんです。」
「二人で5個のストーリーを作るの?」
「えと、いえ、それぞれで5人分です。関東は人が多いので大変なんです。」
私は絶句した。一日に5本の短編小説を書けと?
天日干しされた雑巾のような私の脳からいったいどれほどのアイデアを絞り出せというのだろうか。
きっと私の絶望は顔にくっきりと出ていたのであろう。彼女は苦笑いした。
「その、まだ慣れないことも多いと思うので、私も手伝います。一緒に頑張りましょう。」
少女の無垢な笑顔に私は逆らえず、机に座り、パソコンの電源を入れた。