感謝
君が僕らを救ってくれた。裏手のドアを開けてくれたんだ。それだけで僕らは、椅子から立ち上がり全力疾走で逃げ出すことが出来た。それまでほぼ8時間程度は座っていたから走り方はぎこちないし、うまく足も回らなかった。それでも僕らは必死に走った。他の5人は先に角を曲がってホテルの方へ。僕は一人倉庫の方へ曲がり、君に連絡先を聞いたね。8時間もあったんだ、自分の連絡先を書いたメモを君に渡せばよかった。案の定追ってきた一人に見つかったから、僕は近くにあった金属の棒でそいつを殴って、倒れたのを確認してからまた逃げ出した。結局君の連絡先を聞けずに、無駄に一人怪我をさせて、みんなからはぐれただけだった。こういうことがよくあるんだ、僕の人生には。良かれと思ったことは、大した成果を生まずに手間と犠牲を増やして、元の道に戻ってくる。そんな自分がそんなに嫌いじゃないし、むしろわざわざそうなるように仕向けてる節さえあるから困ったもんだ。いずれにせよ、あんな極限状態でこの悪癖を発動させるんだから本当に困ったもんだよ。むしろ極限状態だから悪癖が発動したのかな。
今僕らはホテルに戻って休んでいるよ。奴が追ってこないことはわかっている。奴だって僕らがたまたまあの喫茶店に、あの時間にいたから撃ったんだ。殺す気だったのかからかう気だったのかもわからない。彼らも、君の友人達かな、も僕らが逃げ出したからなんか悪いことした奴らだと思って追ってきたんだろう。奴は面白いことになったと笑っているのかもしれない。僕が殴ってしまった彼には何の罪もない。彼の怪我が重傷じゃないといいけど。
僕らはこのまま国に帰ることになる。君は大丈夫かな。僕らを助けたことをうまく誤魔化せてるといいな。君にはここでの今後の生活があるんだし。こうなるとあのとき君に連絡先を渡せなかったことが、唯一の僕のファインプレーかもしれない。その紙は証拠になってしまうだろうから。だけど君に感謝してる気持ちは、あの焦り方から示せた。それで良しとしよう。
一瞬で好きになり、礼を尽くしたいと思い、叶わず。そしてそれからもう二度と会うことはない人。珍しい話に聞こえるが、よくよく思い出すと毎年何人かいる気がする。友達の結婚式の二次会とか、お客さんとか、店員さんとか。電車で隣に座った人とか。
だから君のことも来年は覚えてても、五年後には忘れてしまってそうだから、ここに書いておく。書いたことで安心して、忘れることが早まるのが僕のまた一つの悪癖だけど。
ありがとう、茶髪のショートボブの人。君の優しさと笑顔は忘れない。きっと幸せになれるとは思うけど、どうか祈らせてほしい。君が死ぬまで笑顔で毎日を過ごせますように。では。




