表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
未遂探偵  作者: 二九三十一
1/3

 本来ならこんなものを書き残すべきでないことは分かっている。先生がこれを望まないことは明白であるし、何より関係者各位誰一人として万が一これが世に出ると幸せにならないだろう。しかしながら、間近で見ていた者として自分の中だけに秘めておくには重すぎ、また勿体ない。だから、ひっそりと自分の手記として書き記すことにする。誰かに見られることも、ましてやこの文章が公表されることも無いだろうが、もしもを考えて登場人物は全て仮名である。

 何かの間違いでこれを読んでいる人へ。一体誰の話であるか、などと勘ぐることなく、読み終わったならそっと自分の胸のうちにしまうように。


 私が先生と初めて会ったのは二千年代初頭。チャランポランな大学生活を謳歌していた私にも就職という二文字が目の前をチラつき始めていた。三流大学である我が校でもニワカにスーツ姿が増えていき、業界研究がどうだ、インターンがどうだ、そんな言葉が周囲を飛び交い始めていた。しかし、世はリーマンショック後、就職氷河期と後に呼ばれる時代。どこからともなく聞こえてくる内定をもらったなんて声は、都市伝説さながら私の耳には半信半疑であり、悪友の藍澤と大学近くの雀荘でくだを巻く日々を送っていた。

 藍澤の話など本編には関係ないが、私の衝撃と焦りを説明するために蛇足しておく。私は藍澤を大学内で見かけたことが無い。初めて出会ったのも雀荘だ。彼は大学生活の九割九分九厘を雀荘で過ごし、ロクに飯も食わず、主な栄養素はタバコとコーヒーであり、笑うと染み付いたヤニで土気色の歯が見え隠れする。タバコを吸わない私まで吸っていると錯覚するほど目の前は白く濁って視界はボヤけているのが常だった。勝負事にはめっぽう強く、なぜか謎の情報網を持っており、彼に聞けば試験問題が粗方分かる、しかし彼自身を試験会場で見かけたことは一度も無かった。藍澤に、お前は本当に同じ大学生なのか、と聞いたことがある。ほら、と渡された学生証を見る限り、どうやら同じ大学に、しかも同学年で通っているらしい。学生証の偽造は立派な犯罪だぞ、と冗談めかして言ってみた。犯罪っていうのはバレるから犯罪になるんだ、と本気なのか分からない返答を頂戴した。

 その日も藍澤と卓を囲み、麻雀へと現実逃避していた。その頃の我々の会話は不毛を極め、大半が妄想妄言だった。思い出せる範囲で羅列しておく。

 ・今は就職できないから仕方がない、これは現実逃避ではなく、力を温存しているのだ。

 ・無理になりたくもない職業に就いてもすぐに辞めることは目に見えている。ならばこれは未来への投資と言えるのではないか。

 ・俺は出版社で働きたいんだ。編集者ってモテそうじゃん。

 ・こんなこき使われるタイミングで就職を決めるなんてアイツらは負け組だ。

 延々垂れ流される我々の怨念じみた無気力な言葉はジャラジャラと混ぜ合わされる麻雀牌に飲み込まれていく。世に顕現せし地獄の中でもっともしょうもない地獄がそこにあった。果たしてそもそも二人とも就職する気があったのかと問われればそこから疑わざるを得ない。お互いにネクタイを締めているところなど見たことがない。就活用にと買ったシャツは数少ない私の私服へと転用されていた。腐れ大学生にはカジュアルシャツとリクルートシャツの違いなど些末なものだ。モラトリアムに全力であり、どうにか就職しない理由を捻り出す生産性のない若者達がいた。そもそも目の前のコイツ、藍澤は大学で見かけたことが無い。就職以前に卒業すら、と心のどこかで自分より下の人物がいると決めてかかり、安堵していた。

 一体今は何時なのかと昼だか夜だか朝だか分からなくなった頃、目の前の虚な目をし始めた藍澤がポツリ、すまん、と口から謝罪なのか何なのか分からない言葉が零れ落ちた。疲れ切った頭で反射的に、何のことだ、と聞き返すと、俺就職決まった、と藍澤は申し訳ない話なのか、めでたい話なのか判断つかない顔をしながらその日一番の役で上がった。一体私も何に対してなのか、畜生め!と憚ることなく声を荒げていた。


 さて、コレはマズい。片や就職が決まったクズと就職しない言い訳を考えていたクズでは同じクズでも雲泥の差がある。雀荘に行けば雲の上のクズ、藍澤と会うとこになる。現実逃避の場所を失った私は街を一人フラフラと歩いていた。就職はしたくないが何もしないのも、誰に対してか分からないが、罪悪感がある。そもそも私は何になりたいのか、大学には行ったが勉強がしたかったわけでもなく、やりたいことがあったわけでもない。世間体と何となく周りが大学に行くから自分も行っておくか、その程度の考えで進学していた。世間の若者なんてそんなものじゃないのか。曖昧模糊な人生設計がここに来て、しっかりと考えろと首を絞め始めた。ふむ、これか。自分を探したくなる若者の心理ってヤツは、旅にでも出るか、金ないけど。現実逃避が別のベクトルに向き始め、その方向に首を動かすと、電柱に貼られた張り紙が目に入った。

 『アシスタント募集!某有名作家のもとでアシスタントとして働きませんか?学歴経験男女年齢不問。』

 連絡先はこちらまで、と続くその怪しさ満点の張り紙。作家、作家か。作家ってことは小説家、いや絵描きでも作家っていうのか。でも作家のもとでアシスタントなんて、冗談で言っていた編集者になれるチャンスなのでは。これで就職が決まるかもしれない。追い込まれた大学生はまともな思考を放棄する。誰が責められよう。給料が明記されていないことにすら気づかないまま電話をかけていた。


「ああ、張り紙を見て!ありがとうございます!では早速明日からって可能ですか。そうですか!ありがとうございます!ではこの住所に・・・。」

 電話先の男、関口は作家の担当を名乗った後、捲し立てるように会話を進めた。会話相手に疑問を挟ませないスピードで一方的に話しきる。詐欺の手口ではないか、そう思う間も無く自称担当は電話を切った。ふと我に返り、今の会話は現実なのかと思案する。具体的な仕事内容も聞かされず、ましてや面接もなく、即採用。いかがわしいとはこういう時に使う言葉なのかと悟る。いくらなんでもと散々に思案に思案を重ね、脳内会議が煮詰まりきると、なるようになれと結論に達していた。持て余している大学生の持て余しているものとは時間と好奇心だ。例えおかしな仕事だったとして笑い話になればいい。警察のお世話になるようなことを強要されるなら隙を見て逃げ出してしまおう。そう心に決め、翌日を迎えた。


 業務内容を聞かされていない、つまり今日行ったところで何をさせられるかも分からない。作家のアシスタントとは一体なんぞや。久しぶりに使った携帯電話のアラーム機能より先に、必要以上に早起きした私はどうやら自分が思っている以上に緊張しているらしいことに驚いていた。ともかく脳内の議題は何を着ていけばいいのかで白熱している。アシスタントってことは何かを手伝うんだろう。ならば動きやすい服装の方がいいのか。いやいや、作家先生なら肉体労働より頭を使う方ではないのか。悩みに悩んだ末、スーツを着ていくことにした。就活用にと両親が買ってくれたはいいものの数えるほども袖を通していない一張羅。こんな時くらい出番を与えてやらんと不憫だろう。もしかすると私が聞き逃しただけで今日面接があるのかもしれないし。

 綺麗に型が残っているスーツに、着潰してヨレヨレのシャツ、結び方など不明なネクタイ。ちぐはぐという言葉が目の前を通り過ぎていく。せめてネクタイだけでも綺麗に結ぶかとも思ったが、小洒落たウィンザーノットなんて無理してみても余計に滑稽に見える気がしてもういいじゃんと服装に諦めをつかせた。


 出る。何が、とは言わないがこのビルには何かが出る。繁華街にありながら再開発から取り残されたような建物を前に私の直感がそう告げていた。何かの動物の模様のようにところどころ剥がれて剥き出しになったコンクリート。腐食した金属。高層ビルに囲まれ、昼前だというのに外からは窺い知れぬほどに建物の中は日当たりが悪い。ステータスがネガティブに振りすぎている。メモをしていた住所と見比べるもどうやらこの廃墟の四階で間違いないらしい。

 早速心が折れかけていた。私と同じ状況になれば、十人中九人が帰るだろう。残りの一人は私と同じ馬鹿だ。その時何が私の足を前に進ませたのかは定かでないが超常的な力ではないと思いたい。ガムテープで補修されたガラス戸を開き、ビルへと入る。不愉快を凝縮したドアの軋みが私の鼓膜を擦った。寒気と錯覚するほど中はひんやりとしており、異界へと踏み込んだのではないかと不安を煽る。人の気配はしなかった。錆びつき、元の色など分からない集合郵便受けで目的の部屋を確認する。四○五号室、ポストに表記は何も無かった。違う名前が書いてありでもすれば迷わず足は百八十度回転していただろう。

 私の足音だけが廊下に鳴る。履き慣れない革靴は余計に音を響かせた。薄暗い廊下を進み、突き当たりの階段を上へと登っていく。そうですか、予想していたけれどエレベーターなんてありませんか。あったとしてこのビルのエレベーターなんて色んな意味で怖くて乗れなかっただろうけれど。やたらに急な階段を一段一段踏み締める。最後に体を動かしたのはいつだったか、と考えるほどに四階についた時には息が切れていた。

 呼吸が落ち着くのを待ちながら、なんでこんなことしてるんだっけと根本的な疑問を振り払い、表札を確認していく。四〇一、四〇二、四〇三、四〇五。おや?見落としたかな?廊下を戻り、念入りに表札を見ていく。四〇一、四〇二、四〇三、四〇五。ああ、なるほど聞いたことあるある。四という数字が死を連想させるから飛ばして五号室にしている建物があるって。これがそれか。なるほどなるほど。つまりこの部屋は実際は四〇四号室ってことか。・・・多いよ!不安を煽る要素が多いよ!無闇に一人ノリツッコミをしなければならないほどに、かきたくもない汗をかいていた。


 カチャ、カチャカチャ。インターホンは何度押しても手応えはなく、途方にくれていた。深く息を吐き出し、意を決して押したボタンを恨めしく思いながら、ドアをノックしようと振り上げた手を振り下ろせずにいる。そもそも全てがいたずらだったなんてことはないか?あんな怪しげな貼り紙を見て連絡してきた愚か者をほくそ笑むために手の込んだことをしているなんてことはないか?プークスクス、本当に来てる!一人で意味もなく肝試しをしているよ、あのお馬鹿さんは!なんて趣味悪く笑っている奴はどこのどいつだ!周囲を確認し、湧いてくる疑念に、ないないと蓋をしてどうにか腕を振り下ろした。鈍いくせに軽い金属音が二回鳴る。耳をそばだててみるも、応答は聞こえない。もういい、帰るか、よく頑張ったよ自分。踵を返そうとし、藍澤の土気色の歯が思い浮かんだ。そんな汚い歯を剥き出して笑うんじゃない。分かったよ、もう一回だけノックするよ。再び息を深く吐き出してノックをした。静まり返った建物内、通り過ぎる車の音だけが寂しく消えていく。やはり反応はなく、帰ろうと一歩踏み出した時だった。カチャリとドアの開く音が聞こえた気がした。振り返ると僅かにドアが壁から浮いて見える。途端に元気になる鼓動と逆に、絞り出した声は情けなく裏返っていた。

「あのー・・・。こんにちはー・・・。」

使い方をド忘れした足をどうにか進め、ドアの前まで行く。

「あししゅたんとのー・・・。」

可愛らしいキャラクターの名前のような噛み方をしたことにも気づかず、ええい、ままよ、とドアを開けようとした時だった。ドアが勢いよく開き、驚き尻餅をつく。咄嗟に部屋の方に目を向けるとそこには黒い髪を振り乱した色の白い女がいた。リングという映画の有名なあの女性がテレビから這い出てくるシーンを思い浮かべてほしい。状況は違えど、ほぼその光景が眼前にあった。私の記憶はそこで一度途切れる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ