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現代恋愛短編

プールサイドの狂犬

作者: 糸木あお

 体育の授業をサボりまくってたら相田あいだ先生から放課後補習を言い渡された。正直めちゃくちゃ気乗りしないけどやらないと留年と言われたらそれはもう参加しないわけにもいかなかった。


 体育なんかやらなくても大人になれるでしょって思うけど集団生活なんだからそこは我慢することにした。足を怪我して以来一度も泳いでなかった。泳ぐと、思い通りにならなくて惨めになるのだ。でも、放課後補習なら参加人数も減るから水着姿を見られるのもちょっとだけマシかなと考えた。


 職員室の相田先生に声をかけてからプールに向かう。更衣室についた時点でもう消毒のカルキの匂いがする。わたしはこれがあんまり好きじゃない。目に沁みるしクラクラする。あの溶け残ったラムネみたいなのもなんか嫌だった。気付かないで踏んだ時に地味に痛かった思い出がある。あの時はまだ小学生で、泳ぐのは楽しかった。


 ださい紺色のスクール水着に着替えて移動するとプールサイドに男の子が腰掛けているのが見えた。校則違反の傷んだ白っぽい金髪、睨むような目、程よい筋肉。狂犬だ、と思った。冷水海しみずかいというかなり水っぽい名前の彼はまわりから狂犬と呼ばれている。冷水くんは漫画に出てくるようなわかりやすい不良で勿論わたしは話したこともなかった。


「おい、お前。相田から伝言だ。補習は俺とお前の二人きり。くれぐれも間違いがないようにとのことだ。まあそんな平べったい身体じゃ欲情もしねぇけど」


 めちゃくちゃ失礼な上にセクハラ発言をされてこいつ最低だなと思った。それが顔に出ていたのか何だよ? と睨まれた。睨みたいのはわたしのほうだけど一応挨拶をすることにした。


清崎きよさきです。短い間だけどよろしくね。とりあえず柔軟したら適当に泳ぐから。先生にチクったりしないから冷水くんはそのへんでサボってて良いよ」


「名前は? 清崎何? 俺は冷水海。まあ知ってると思うけど」

「……まろん」


「は……? 」

「だから、まろん」

「うはは! キラキラネームじゃん! 」

「うるさいな、冷水くんだって全体的に水っぽいじゃん」


「よし! まろん、柔軟しようぜ。怪我するといけねえから」

「……わかった」


 冷水くんと一緒に柔軟をしてからプールに入った。怪我するからとか意外と真面目なんだなと思った。冷水くんは水に入るとさむっと言ってから泳ぎ始めた。綺麗なフォームのクロール。なんだ、結構泳げるのにサボってたのか。わたしも壁を蹴って泳ぎ始めた。まずは平泳ぎ、次にクロール、それから背泳ぎ、最後にバタフライ。個人メドレー懐かしいなと思いながら泳いでいると冷水くんが近付いて来た。


「まろんめちゃくちゃ泳ぐの速いじゃん! なんで補習になったん? 」

「サボってたから。足悪くしてから泳ぐの嫌になってたの。ちょっと不貞腐れてて。冷水くんよりは速いけどもっと速い人も上手い人もいるからね」


「いやいや、泳いでるまろんめっちゃ綺麗だった! キラキラって光ってて人魚みたいだった」

「それって褒めてるの……? 」

「褒めてる褒めてる! プールの中だと別人みたいだ。もっと見せて」


「変態っぽいな。あんまり見ないでよ」

「良いじゃん」


 冷水くんの帽子に入りきれてない金髪から雫が落ちてキラキラしてた。近くで見ると綺麗な顔をしている。今までは目も合わせたことがなかったし、冷水くんはそもそもわたしの存在を認識していなかっただろう。


 少し冷たい水の中にいるのに体温が上がった気がした。放課後に男の子とふたりきりでプール補習なんてなんだかちょっと少女漫画みたいだ。狂犬ってあだ名の冷水くんは意外と話しやすいし怖くなかった。白っぽい金髪も良く見ると綺麗だった。


 その日から冷水くんはわたしの姿を見つけると駆け寄って、しょっちゅう声をかけてきた。まろん、まろんと呼ばれると恥ずかしいけどちょっと嬉しくていつのまにか冷水くんのことが気になるようになっていた。


 気温が上がってくると、プールの水が良い感じにぬるくなっていた。清水くんはシャワーを浴びてつめたっと声を出していた。彼は毎回何でプールのシャワーは水しかないんだと文句を言っていた。一緒に準備体操をしてから好きに泳いで17時になったら着替えて相田先生に鍵を返す。これをあと3回やれば補習は終わりだ。補習が終わったらわたしと冷水くんはどうなってしまうんだろう。冷水くんはわたしの泳ぐ所をじっと見てから綺麗だと言う。最初は揶揄われていると思っていたけどどうやら本心だとわかってからなんだか照れてしまってつい目を逸らしてしまう。


「まろん、ちゃんと俺のこと見て。ほら」


 プールのレーンを超えて近付いてきた冷水くんがわたしの顔を両手でがっちりと掴んで無理やり目を合わせてきた。


「やめてよ、恥ずかしいじゃん」

「だって、まろんが俺のこと見ないから」

「わかった、ちゃんと見るから。あれ? 目の上どうしたの? 」


「ああこれ? 昨日喧嘩して、それで一発くらっちゃった」

「喧嘩!? 冷水くんやっぱり不良なんだ」

「別にそういう訳じゃないけど喧嘩売られたら買うし、負けないし」


「そういうことしてるから狂犬とか言われちゃうんだよ? 」

「ひでぇあだ名だよな。俺は人間だっつうの」


 冷水くんはベッと舌を出してやれやれというジェスチャーをした。怪我するような喧嘩なんて怖いからやめてほしいなと思ったけどそこまで突っ込んだことは言えなかった。良く考えてみればわたしは冷水くんのことを全然知らないし、プール以外だとすれ違ったりとかそういう時に挨拶するだけで放課後出かけたりとか連絡先を交換したりとかそういうことはしていなかった。冷水くんはわたしの好きな食べ物とか誕生日とか血液型や家族構成は聞いてきたけど連絡先は一度も聞かれなかった。


 冷水くんから聞いてくれたなら家族以外の男性が登録されていない連絡先を教えても良いのになと思っていた。でも、その次の日から冷水くんは学校に来なくなってしまった。あと少しだったのに。でも、連絡先も知らないし住所を先生に聞きに行く勇気は出なかった。


 消毒槽に足をつける。やっぱり苦手な匂いだ。意味ないって知ってるのに肩まで浸かってから出てスタート台の上に立つ。そこから飛び込むとぱしゃん、と水に触れて沈む。腕で大きく水をかいて進む。キックして端でターン、次は背泳ぎ。空が青くて目に沁みた。今日の水はぬるい、だから冷水くんが来てくれたらよかったのにな。今日で最後の補習なのにそこに冷水くんがいないのが何だかとても寂しかった。


 17時のチャイムが聞こえてプールから上がった。冷たい水のシャワーを浴びて着替えて職員室に向かった。相田先生に近付くとどうやら日誌を書いているようだった。わたしに気付いた相田先生がずれた眼鏡を直しながらこちらを見た。


「おお、清崎。お疲れさん。これで無事進級だな。というかお前、中学生の時はインターハイ出てたんだな」

「ああ、でも足怪我しちゃったんで全然駄目なんですよ」

「あ、怪我といえば冷水が入院してるからお見舞い行くか? 車出すけど」


「え? 冷水くん入院してるんですか? 」

「そうなんだよ。あいつ悪いやつじゃないけどカッとなりやすいんだよなぁ。清崎とは仲良いみたいだし顔見せてやりなよ」

「はい。行きます。あ、でもお見舞いの品とか何にもないんですけど……」

「冷水は多分清崎が来てくれるだけで喜ぶと思うぞ」


 先生の車は銀色のセダンで見た目は見ちょっとボロいけど中は綺麗だった。後部座席に置かれた黄色いくじらの人形が先生らしくなくて彼女が置いたのかな、と思った。


「清崎、シートベルトしめて。よし、安全運転で出発だ」

「よろしくお願いします」


 先生の運転は遅すぎて逆に安全じゃなかった。しかも車間距離も急に詰めたりするので冷や冷やした。総合病院は車で15分くらいの場所にあって外観は新しくて綺麗だった。


 体温を測って面会の受付ボードに記入して看護師さんに渡すと番号の書かれたクリップ付きのカードを渡された。それを胸ポケットに付けて冷水くんの病室に向かった。


 横開きの扉を開けると冷水くんはベッドの上で漫画を読んでいた。その右足はギブスをはめられていて痛そうだった。


「おっ、まろんに相田じゃん」

「相田先生だろ? 」

「冷水くん、大丈夫? 」


「へーきへーき、こんな大袈裟に固められちゃったけどちょっとした骨折だから1ヶ月半くらいで治るって。しばらく松葉杖だけもまあ大丈夫だろ。なあ、体育の補習受けらんなかったけど留年? 」

「今回は事情が事情だから進級はさせるけど作文を書いてもらうからな。400字詰め原稿用紙に15枚だ」


「げっ、やだなあ……」

「それくらいで済んだのは俺のおかげだからな、将来何か奢ってくれよな」

「……駄目教師」

「何か言ったか? 」


 冷水くんはなにも、としらばっくれてからわたしの手元を見た。そして笑いながら言った。


「まろん、手土産ないの? 」

「ごめん。急いでて……」

「まあ良いや。その引き出しの中にお菓子があるから一緒に食べよ」


 ベッドの横にある棚の引き出しを開けると所謂銘菓のようなお菓子が入っていた。ふわふわのスポンジに黄身餡が入ったそれはわたしも好きなお菓子だった。


「相田にもやるよ。1個だけだけど。まろんは2個食べて良いよ。お茶は冷蔵庫ん中。好きなの取って」


 言われた通りにペットボトルのほうじ茶を取り出してまずは相田先生に渡した。わたしもお言葉に甘えてほうじ茶を貰うことにした。


「まろん、俺怪我人だから食べさせてよ」

「えっ、手は無事じゃん。さっきまで漫画読んでたし」

「まろんに食べさせて欲しいんだよ。もう俺手あがんないからほら」


「おい冷水、清崎が困ってるだろ。それにその光景を見せられると俺も反応に困る。お付き合いは学生らしい範囲で頼む」

「つつつ付き合ってません……!! 」


「あれ? そうなのか? てっきりデキてるのかと思ってた」

「違います……! 冷水くんも否定してよ」

「俺はまろんと付き合いたいよ? 」


 冷水くんがニヤッと笑ってそういうので反応に困って手の中にあったお菓子の包装を剥がして彼の口に押し込んだ。ひとくちで食べるには大きいそれを冷水くんはもぐもぐと咀嚼して飲み込んだ。


「いきなりだから驚いたあ。そしてめちゃ喉渇いたからお茶取って飲ませて」


 これ以上何を言っても無駄だと悟ったので冷蔵庫から取り出したほうじ茶のキャップを開けて彼の口に当てて斜めにすると勢いが良かったのかむせてしまった。


「ゴホッ、まろんは意外とドSなんだな……上の棚にタオルあるから取って。そして拭いて」

 

 わたしは棚の中から白いふわふわのタオルを取り出すとお茶がかかった冷水くんの口まわりと首から下を拭いた。服にも溢れてしまったので着替えた方が良いかもしれない。でも、着替えさせるのは流石に恥ずかしい。水着の冷水くんは見慣れたけどそれとはまた別問題だ。


「あ、プールの匂い。俺も補習出たかったな。まろんの泳ぐとこ見たかった。まろんの匂いめっちゃ好き」

「……匂いとか恥ずかしいからやめてよ。ちゃんとシャワー浴びたのに」

「良い匂いだよ。プールとあとなんかオレンジみたいな匂い。まろんって香水つけてる? 」


「わかんない。柔軟剤とかかな……? 」

「おーい、2人の世界に入るんじゃないよー。俺もいるぞー」

「ごめんごめん。相田、帰っていいよ」

「って、そうじゃないぞ冷水」


 相田先生のノリツッコミに思わず笑ってしまった。そんなわたしを冷水くんはじっと見つめた。


「まろん、笑うと可愛い。ねえ、明日もお見舞い来てよ。暇なんだ」

「ああ、清崎がプリントとか届けてくれると俺も助かるな。でも歩きじゃ遠いしバス代もかかるからなぁ。俺も毎日送れる訳じゃないし」


「あの、わたし来ます。冷水くんは……友達、ですから」

「えー、彼氏って言ってよ。交通費俺が出すよ。全額が嫌なら半分出すから毎日来てよ」

「ほらそこ、イチャつかない。今日はもう面会時間も終わるから帰るぞ。冷水は病院の方に迷惑をかけないように」


 病室から出る時に振り返ると冷水くんは手をひらひらと振っていた。そしてまたねと言った。彼はにこにこととても機嫌が良さそうだった。

 

「清崎、無理言ってごめんな。冷水はああいう感じだしお前には懐いてるから適任だと思って」

「良いんです。わたしもそうしたいって思ったので大丈夫です」

「せめて今日はお前の家まで送るわ。親御さんにも冷水のお見舞いに行く件説明したほうが良いか? 」


「いや、揶揄われるの嫌なんで黙っててください。交通費もまぁお小遣いあるんで大丈夫です。相田先生、送ってくれてありがとうございます」

「ああ、じゃあな。また学校で」


次の日の放課後、バスに乗って冷水くんの入院している病院に向かった。片道140円。でもまぁ必要経費だ。お土産にコンビニでのりしおポテチとコーラを買った。銘菓も良いけどジャンクなのも好きそうだなと思ったのだ。


 昨日と同じ手続きをして冷水くんの病室を訪ねると彼はまた漫画を読んでいた。昨日とは違うやつでバスケ漫画だった。


「それ、面白い? 」

「うん。バスケ漫画の金字塔って姉ちゃんが言ってた」

「冷水くんお姉さんいるんだ」

「うるせー姉だよ。顔もあんま似てない」


「そうなんだ。見てみたいな」

「あ、家族に挨拶、的な? 」

「違うよ。そういうのじゃなくて」

「へぇ、どういうの? 」

「もう良いでしょ。ほら、お土産」


 わたしがポテチとコーラの入ったレジ袋を渡すと冷水くんの目が輝いた。


「そうそう、こういうのが食べたかったんだよ。男子高校生にはポテチとコーラだよな。まろんはわかってるな。のりしおのチョイスも良い。次はコンソメが良いな」

「バイトしてないからそんなに毎日お土産は買えません」

「そっかー、じゃあお金渡すから買ってきて。この足だから売店行けなくて。でも、明後日からリハビリなんだ。俺、頑張るから」


「パシリじゃん。まぁ良いけどさ。明日も来るし」

「ありがと。まろん、大好き」

「……前から思ってたけど冷水くんって軽いよね」


「思ったことは口に出す主義なの。いつ会えなくなっちゃうかわかんないだろ」

「なんか実感こもってるじゃん。元カノとか? 」

「いや、ウチ母ちゃんいねえからさ。俺と姉ちゃん置いていなくなっちゃったの。その日の朝メシの内容が気に入らなくて母ちゃんのこと無視したから、それがずっと引っかかってて。あの時美味しいとか母ちゃんのこと好きだって伝えてればいなくなんなかったかなって。だから、思ったことは口に出すんだ。俺はまろんのこと気に入ってるから」


「何か、ごめん」

「別にまろんが謝ることじゃないだろ」

「でも……」

「良いんだよ。だから気にすんなよ」


 冷水くんはポテチの袋をバッと開けて食べ始めた。コーラもごくごくと飲んでいく。喉仏が上下するのを見てやっぱり男の子だな、と思った。そんなわたしを見て冷水くんはにやっと笑った。


「なあに?俺に見惚れちゃった? 」

「違うよ。なんか、男の子なんだなって思って」

「え、今更。俺の裸何度も見たでしょ」

「その言い方なんか語弊があるよ。裸じゃなくて水着でしょ」


「まろんはムッツリだからな。俺の裸結構見てたでしょ? 」

「……! 見てない!冷水くんだってわたしのことじろじろ見てたじゃん」

「見てたよ。だって綺麗だから。ねぇ、またプール行こ。学校のは今年はもう水抜いちゃうだろうから遊園地とかそういうとこにあるやつ」


「冷水くんの足が治ったらね。でも、その頃には夏終わっちゃってるかな」

「温水プールとか室内のとか色々あるでしょ。あー、まろんとのデート楽しみだな。早く退院したい」

「冷水くんって狂犬って言うより大型犬だよね」

「あはは、そんなこと言うのまろんと姉ちゃんくらいだよ」


「あ、そういえばプリント。ちゃんと勉強しなよ」

「俺、成績は悪くないよ。まろんより良いかも」

「……どうせ中の下ですよ」

「ほら、ポテチ食べなよ。まろんはもっと太った方が良いよ」

「今胸見ながら言ったでしょ? 」

「バレた? でも、全体的にもっとふっくらした方が安心だな。あんま痩せてると風に飛ばされてどっか行っちゃいそうだから」


 それを聞いて、何となくだけど冷水くんのいなくなったお母さんは痩せてたのかもなと思った。確かに平均よりは細いのでもう少し食べる量を増やしても良いかもなと思いながらポテチに手をつけた。パリパリとした歯応えで久しぶりに食べたからかとても美味しかった。


「このメーカーののりしおって唐辛子入ってるから味に奥行きがあるんだよな。コンソメは別のメーカーのが好きだけどのり塩はこれが1番うまい。ナイスチョイス」

「コンソメは別のメーカーね。覚えた」


 お金渡しとくわと言って冷水くんは財布から1万円札を取り出して渡してきた。額が大きくて返そうとすると拒否された。


「交通費とお土産と会いに来てくれる代だから受け取ってよ。足りなきゃまた渡すから。俺たまにバイトもしてるし気にしないで、ほら」


 押し付けられた1万円札を財布にしまうと冷水くんはうんうんと頷いた。空調がないわけではないけれど病室だからか気温は高めでコーラのペットボトルの表面に水滴がたくさん付いてその下に小さい水溜りが出来ていた。少し前のわたしに冷水くんとこんな風に過ごすようになるなんて伝えたらきっと信じてもらえないだろう。そして、冷水くんに抱いているこの気持ちも。少しだけ勇気を出し鞄からスマホを取り出す。


「冷水くん、あのさ、連絡先教えてもらっても良いかな? 知らないと不便だし……」

「勿論。QRコード読めばいい? 」

「うん」


 冷水くんは赤いスマホを取り出してメッセージアプリを立ち上げる。カバーとか何もつけていないスマホは冷水くんらしかった。冷水くんのスマホのカメラにQRコードを近付けながらわたしは気になっていたことを彼に聞いた。


「あのさ、冷水くんはどうしてこんな怪我するような喧嘩しちゃったの? 3年生の先輩たちも入院してるんでしょ? 」

「……まろんのことブスって言ったから」

「そんな小学生みたいな理由で骨折して4人も病院送りにしたの!? 」


「だってムカつくじゃん。そういうこと2度と言えないように殴ったら意外と強くてこんな風になっちゃった。かっこ悪。あ、まろんは悪くないからね」

「うん、わたしは悪くないっていうか基本的には冷水くんが悪いよね? 庇ってくれるのは嬉しいけどそんなの言われ慣れてるし言い返さなくて良いし手が出るのは良くないよ」

「はぁい。次は怪我しないように気をつけます」

「怪我させるのも駄目だからね? いつか本当に酷い目に遭うよ。喧嘩売られても買っちゃ駄目だよ。暴力は、良くない」


「まろんは優しいなぁ。俺にも優しくしてよ。ほら、近くで顔見せて」

「今でも冷水くんに対して充分優しいと思うけど。うーん、こういう感じ?」

「うん、良いね。そしたら目、閉じて」

「うん」


 目を閉じると唇に何か柔らかいものが触れた。驚いて目を開けると冷水くんの顔が目の前にあった。金髪の生え際までくっきりと見えた。


「ななななな何するのッ!? 」

「あっ、くちびるに青のりついてる。取ったげる」


 そう言いながら冷水くんはわたしのくちびるを舌で舐めた。心臓の音が五月蝿いし顔が熱かった。初めてのキスは青のりとコーラの味。ムードもへったくれもないけど、やっぱり冷水くんのことが好きだってわかった。


「冷水くん、金髪地毛なんだね。気付かなかった」

「そうそう。校則違反じゃなくてただ傷んでるだけ。プールで余計パッサパサになったけど。姉ちゃんは普通の黒髪だけど俺は母ちゃんに似たんだ。全然不良じゃないのに絡まれるし困ったもんだよ」


「喧嘩買っちゃ駄目だよ。無視だよ無視」

「無視してもしつこいやつはいるんだよ。それに俺はこの髪好きだから染めたくないし。あ、緑とかピンクなら染めても良いかも。もう夏休みだし」

「入院してるんだから無理でしょ」


「そうだなぁ。でも、まろんが来てくれるから退屈しないよ。俺、補習受けてよかった。まろんに会えたから」

「うん。わたしも冷水くんに会えて良かったよ。最初はプールサイドにいる冷水くんを見てどうしたもんかなって思ったけど話してるうちに冷水くんの良いところたくさん見つけたよ」

「わ、それって愛の告白? まろん、俺たちって付き合うってことで良いの? 」

「……キス、したでしょ? 」

「え? 声ちっちゃくて聞こえなかった」


「だから! キスしたでしょ! それってそういうことでしょ」

「まろん、病室では静かにね」


 冷水くんは半笑いで人差し指をくちびるにくっつけて静かにというジェスチャーをした。わたしはその金色の頭を軽く叩いた。


「まろん、怒った? 」

「もうね、怒り心頭に発するよ」

「あはは、そんな言い初めて聞いた」

「冷水くん」

「なぁに?」

「好きだよ」


 いつもぐいぐい来るくせに不意打ちには慣れていないのか冷水くんは顔を赤くして俯いて、それから小さい声で俺も、と言った。


「え? 声ちっちゃくて聞こえなかった」

「まろんの意地悪。でも好き。明日はコンソメ味買ってきてね」


 冷水くんに出会って、怪我をして以来初めて放課後が楽しみになった。これからもきっと破天荒な彼に振り回されることになりそうだけど、それはそれで楽しそうで良いなって思えた。明日わたしからキスをしてみようと考えて、そのアイディアの素晴らしさに思わず口もとが緩んだのだった。

読んでくださってありがとうございます。最近はプールに消毒槽ってなかったりするみたいですね。

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