8-17 動機
手芸部の二人と別れて玄関へ移動し、銀丘高校の敷地から一度出ると、隣接の弓道場へと移動する。その古く趣深い木造平屋の中に入り、受付カウンターの前まで来たところで、女性スタッフの那須さんから声をかけられた。
「あら大地君、こんにちはっ!」
「こんにちは、那須さん。今日もお世話になります」
「ふふふ。こちらこそ、よろしくお願いしますね」
一礼すると、那須さんは嬉しそうに微笑み、背筋の通った綺麗なお辞儀を返してくれた。
「それで今日は早いけど、午前授業だったのかな?」
「はい、中間試験前で短縮授業です。でも四時半で強制帰宅なので、部活の時間は変わりませんが」
「う、うう、中間試験……お姉さんはイヤな思い出しかないなぁ! 私ってば弓道ばっかりやってて、勉強はからっきしだったの」
「へぇ、それは意外です」
「ふふっ。でもそんなダメダメだった私と違って、大地君は勉強も部活も頑張ってて偉いゾッ!」
「そんな、まだまだですよ……」
グッと拳を前に出す那須さんに、そう答えて会釈すると、そのまま廊下を進んで更衣室へと向かう。中に居た部員達と軽く挨拶しつつ弓道衣に着替え、廊下に出たところで……ついさっき徳森に強制連行されたヤスと再会した。
「お、生きてたか」
「ギリだけどなー」
そう言って軽く肩を竦める様子からすると、今日の福田師範の説教はほどほどで済んだのだろう。
そのままヤスと射場へと移動し、入り口から何とはなしに場内を眺めていたところ、背中の左側をちょちょちょんと突かれたので左へ振り向く。
「──んっ?」
だがそこには誰も居らず……ほほう、素早く右側へ隠れたか。それでこんなイタズラを仕掛けてくる子とくれば、夕……は小学校に戻ったはずだし、我がマブダチなーこだな。そう予測しつつ、右にフェイントをかけてから再度左へ振り向くと……
「にししっ、来ちゃった」
「そっちかー」
まさかの夕の方だった。わずか二十分ぶりの再会である。
それにしても、学校の方は秘密の抜け道があるらしいのでまだ分かるが、道場にはどうやって入ってきたのだろうか。入手経路不明のダボダボ銀高制服も着ているので、部員と間違えられて素通り──いや、受付が那須さんなので絶対ありえないな。
「わっ、夕ちゃんだ! 今朝ぶりっ」
「あれれ、ゆっちゃん? どうしたの?」
隣のヤスと驚いていると、すぐ近くに居たひなたも寄って来て、さらには「やーん、なにこの可愛い子~」「誰かの妹ぉ?」と周りの女子部員から黄色い声があがり始めた。いくら制服を着ていても、部員には部外者だと即バレ──というか、どう見ても小学生だしな。
それで練習の邪魔になるといけないので、ひとまず四人で廊下へと移動した。
「えーと、夕。なんで道場に居るかはさておきだ、さっきは本当にありがとな」
「えへへ。いい仕事できてたぁ?」
「ああ、完璧だった。咲茅もすげぇ感謝してたぜ」
「ふふっ、じゃぁミッションコンプだね! ぶいっ!」
覆面姿ではないマスクドVさんが、Vサインを向けてニコッと笑う。
「あっ、もしかしてあの後、ゆっちゃんが師匠のお勉強を見てくれたの?」
「師匠……てのが咲茅さんのことなら、そうよ」
「そっかぁ、ゆっちゃんは学者さんだもんね? やっぱりスゴイんだなぁ、尊敬しちゃう」
「そ、そんな大したもんじゃないよ……未来のひなさんのが、もっとすごかったし……」
困った顔で照れる夕を眺めるのも悪くないが、そろそろ本題に入っておこう。
「それで夕、今度はなにゆえ弓道場に? もしかして……?」
「うんっ、今度も同じだよ? でもまぁ、実はそれだけじゃなくって…………あたしも、弓道やってみよっかなぁ、なんて?」
「おおお!」
「イイネッ!」
「まあっ、まあっ! ゆっちゃんも弓道に興味があったなんて……! 私、とっても嬉しいよっ!」
言わば弓道マニアなひなたが、新規参入者を前にして、目をキラッキラさせて喜んでいる。
「えーと……ひなさんが喜んでくれてるとこ悪いんだけど、ちょっと違うかも?」
「あら?」
「ほら、前にみんなで弓道談議して盛り上がってた時、あたしだけ置いてきぼりだったじゃない? だからあたしも少しくらい、やっておこうかなって。それに…………ん、なんでもない」
夕は俺とひなたをチラ見し、言いかけた言葉を飲み込んだのだが……代わりにひなたが続きを答えた。
「大地君が真剣に取り組んでることだから、だよね?」
「──っ全然隠せてないじゃないの!? あーもうっ、ほんと鋭いんだからっ!」
「……ごめんね」
「ちがっ、ひなさんは全然何も悪くないし! そ、その、私は……」
焦って言葉の出ない様子の夕に対して、ひなたが前に屈んで目線を合わせ、その手を取って優しく微笑みかける。
「ゆっちゃん……ありがと。でも私は大丈夫よ、そんなに気を遣ってくれなくても。だって私、ゆっちゃんの事もすっごく大好きだし、それに誰よりも信頼してるもの」
「え、そ、そんなことで……うぅぅぅ………………はぁぁぁ、ひなさんらしいわね。あーあ、どう接していいか分かんなくて悩んでた私、バカみたいだわぁ~」
「そんな優しいゆっちゃんが、大好きなんだよぉ?」
「もうっ、そーゆーとこよ! ……んと、ありがと。ふふっ」
「うふふっ、どういたしまして♪」
最初はどこか緊張した様子の二人だったが、今はすっかり肩の力も抜け、気心の知れた友人同士のように笑い合っている。
「(ふぅ、何というかヒヤヒヤしたな。修羅場ってのとは、ちょっと違うかもだけどさ?)」
「(ああ。丸く収まって良かったぜ)」
そうして手を握り合ったままの二人を横目に、一緒に成り行きを見守っていたヤスと小声で話しつつ、ホッと胸を撫で下ろすのだった。
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