?-01 悪友 ※挿絵付
「なぁなぁ大地」
調整中の弓弦から目を離して振り返れば、そこには悪友の姿。
「そろそろあがりにしてもいいか?」
聞かれて弓道場の壁時計を確認すれば、終了目安となる十九時手前。道場内を見回しても、競射中などで切りが悪い訳でもない。
「頃合いとは思うが、俺に逐一確認するな。部長はヤス、お前だ」
「……いやぁ~、表向きはそうだけどよぉ?」
俺が何度目かも分からない台詞を告げれば、ヤスは含みのある切り出しで文句を返してくる。
「大地が一番上手くて師範にも一目置かれてるし、ぶっちゃけ実権握ってんのお前じゃん。ホラあれよ……世知辛い世間?」
「……傀儡政権な」
「それ!」
この頭でよくぞ銀丘高校に入れたものだと、逆に感心する。思うほか世知辛くないものだな。
「じゃぁなおさら聞くなよ…………で、本音は?」
「おうよ。部長になればモテるだとか言って、僕を上手くノセて押し付けやがったのが腹立つ! 全然モテてないしっ!」
「おお~、ついに気付いたか。成長したな?」
「ハハハ、僕だって日々成長して――ってうっさいよ!?」
なるほど、最近やたらと差配の確認を取ってくるのは、騙された事への当て付けだったようだ。
「てなわけで、イチイチ聞かれたくなかったら、今からでも大地がやるんだなっ!」
「やなこった。部長なんて、面倒なだけで見返りもない肩書きなんかいらん。要は体のいい雑用係だろうが」
「ちょ、僕に押し付けといてヒデェ言い様だぜ、まったくよぉ……そもそも僕が部長なんてさぁ……」
そうぼやいてはいるが、ヤスは人をまとめるのが決して下手ではなく、現に後輩からも割と慕われている。対して俺は、部員の名前をほぼ憶えていない程なのだから、やる気以前にそもそも向いていないのだ。
「んなことより集めなくていいのか、部長殿?」
「へいへい、名ばかり雑用部長はさっさと集合かけますよーと」
ヤスの号令で部員が正座したところで事務連絡があり、最後に礼記射義と射法訓を斉読すると、本日の部活は終了となった。
◇◆◆
「なぁなぁ大地」
更衣室で着替えていると、ヤスが雑談とばかりに話しかけてきた。
「徳森ってさ、ほんと可愛いよな。今度思い切ってデート誘ってみようと思うんだけど、何かアドバイスくれよー」
「とく、もり……?」
「おいおいぃ、一年生トップ美少女の徳森を覚えてねぇの!?」
「何十人もいる部員の顔と名前なんて覚えてられっか」
「まぁ、お前は色々…………ってのは置いとくとしてだ、せめて女の子くらいには興味持とうぜ。成績優秀で顔も悪くないし弓道も上手い、本気出せばモテるだろうにもったいねぇ――ん? さてはお前さん……」
「なんだよ」
ヤスが一歩引き気味で先を続けたところで、
「そっち系の――ぐほぁっ!」
鳩尾に一発入れてシャットアウト。
「わ、わりぃ。確かにそれもなさそうだ」
「オメェみたいなヤツは、部長のついでに地獄に就職させてやろうか? 親父経由で閻魔様に話通してやるぞ? ん?」
「ちょ、おまっ」
こうして俺と馬鹿話をしている男は、弓道部部長の天馬靖之、銀丘高校三年生。俺の話し相手はこいつのみであり、友人の多寡がステイタスとして用いられるならば、これは実に由々しき事態かもしれない。まぁ、改善するつもりもないが。
◇◆◆
「なぁなぁ大地」
道場の外へと歩き出したところで、隣のヤスが肘で突きながら小声で話しかけてきた。
「あの子が徳森。な、ハンパねぇ可愛さだろ?」
ヤスは後ろの女子二人の方へ首を一瞬だけ向け、同意を求めてくる。
「……背が低い方か?」
「そっちは大三郎君だよ! まぁ、女子より女子してっけどさ」
え、男子なのか。どうでもいいが、世間は広いな。
「どうよ?」
「お前と違って男に興味はねぇって言ってんだろ」
「僕もありませんが!? ――って冗談はいいから」
「んー、可愛い……のかな?」
これと言って感じるものはないが、ヤスがここまではしゃぐ程だ、それなりに可愛いのだろう。明日にもなれば、どちらが大二郎だったかも忘れてしまうだろうけれど。
「反応うっすぅぅ……ま、覚えてなかった程度の興味ってことか」
「だな」
「ちぇー、ほんとつまんねーヤツ!」
「オイ、代わりに喉を詰まらせてやろうか?」
「ヤメテ!」
無礼者の首にかけた手を振りほどかれたところで、話を戻す。
「……でだ、せっかく部長なんだし、まずは積極的に弓道を教えにいって仲良くなればいいだろ。ま、あんまりしつこく行くと本人や周りに勘付かれるし、ほどほどにな?」
「おお、それだな――って急にどうした?」
「はぁ……アドバイスくれって言ったのは誰だ? この頭の中は空洞かね?」
コツコツと軽い頭をノックしてやる。
「あぁ! そんな本気で聞いてなかったんだけど……助かるッス大地先生、あんたマジ仏ッス!」
「顧問料はいつもの口座に入れておいてくれたまえ。今日中に入金が確認できなければ、今月の昼飯を差し押さえる」
「やばいッス大地先生、あんたまじ鬼ッス!」
「おいおい、地獄に就職したら周りは全部鬼だぞ? 俺なんか仏も仏、ハハハ」
「地獄の鬼もお前よかマシだろうよ……」
こうして取り留めもない話をしながら分かれ道まで来た俺達は、互いの家路につくのだった。
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天馬靖之の立ち絵
オッサンなので、この古き良きギャルゲーのようなノリが好きです。