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8-09 月選

 洗面所で身支度を整え、二人を手伝うため急ぎ台所へ移動したのだが……すでにテーブルには、朝食が盛られた皿が並べられていた。


「あー……もしや俺の出番無し?」

「だね──てか僕もなんだけどさ。そもそもの話、鉄人に手伝いなんて必要なかった!」


 テーブル横で手持ち無沙汰気味に立つヤスへ尋ねれば、そう答えつつ両肩を竦めてきた。


「ほー、働かざる者食うべからずって知ってるか?」

「おいおい、それなら大地だって――いや、これはお前ん家の食材……つまり僕だけタダ飯喰らい、かっ!」

「そういうこった。じゃ、また学校でな」

「そんなぁぁ! 僕も鉄人の料理食べたいっ! 皿洗いでも何でもするから、どうかおめぐみをっ!」


 豪華な朝食を前に片膝を突き、手を合わせ慈悲を乞うヤスに対して、夕がシンクから振り返りつつ答える。


「うふふ、お皿を並べてくれただけでも、助かりましたよ〜? 遠慮なく食べてってくださいな」

「ふおぉぉ、僕に優しいのは夕ちゃんだけだぁ。さすが、マイアンエンジェル!」

「ぷふっ。靖之さんてば、またへんてこな渾名あだな作ってぇ」


 マイアン……なるほど、マイエンジェルと鉄人アイアンマンが混ざったのか。優しいのかツメタイのか分からない名前だが、とりあえずなんか強そう。


「じゃ、ささっと運ぼうか。な、働き者のヤス?」

「がってん承知よぉ!」


 ヤスを主力に三人で朝食を茶の間へ運ぶと、俺の隣に夕、対面にヤスの配置でちゃぶ台を囲んで座る。

 その目の前に並ぶ手料理をワクワクしながら見れば……マメ持参野菜で作った色鮮やかなサラダ+夕特製ドレッシング、酸味混じりの芳醇な香りを放つミネストローネスープ、ツヤツヤフカフカのオムレツ+ベーコン、コンガリトースト+クリームチーズペースト、デザートの夕お手製プリン。どれを取っても完璧過ぎる出来栄えで、食べるまでもなく絶対美味いと分かる。イベント尽くしで昨日も買い物に行けていないので、僅かな宇宙家の食材にBBQの余り物を加えただけしか無かったが、我らが料理長はそんなの関係無いとばかりに見事な朝食セットを用意してくれた。


「毎度ながら、余り物食材だけでよくもまぁこれだけ……魔法かよ」

「ふふん、食べられる物なら何でも料理にできちゃうからねぇ~」

「やべぇ、やべぇよ、オンボロ大地んちが高級ホテルの朝食会場じゃん! ひゃっはー!」

「オンボロは余計だこのヤロウ。料理はまさにその通りだが」

「うふふ。さ、冷める前に食べましょ」


 興奮するヤスを横目に皆と合掌し、早速と箸を付けていく。


「……ああ、ただただ、美味すぎる」

「うん、分かってたけど味も最強……鉄人の料理マジ鉄人だなぁ」

「えへへぇ。二人ともありがと♪」


 美味しい料理だけでなく、照れ顔の夕まで見られるとは、朝から最高に幸せな気分だな。


「にしても夕ちゃん、どうやったらこんな上手くなるの? 料理研会長として、コツとかあったらぜひ聞きたいね!」

「んー、コツとかは特になくて、単に未来の方で毎日作ってたからだと思いますよ?」 

「あー、やっぱそういうもんかぁ。しっかし、毎日か……献立考えるだけでもめんどすぎって母さんもよく言ってるし、その毎日ってのがほんとスゲーよ」

「ああ。結局のとこ、それも才能なんだよな」


 料理に限ったことではないが、いわゆる天才と呼ばれる人種を除けば、一流の人達はみな努力し続ける才能があるのだろう。


「んー、あたし的には努力とか大袈裟なことでもなくて……お料理は大好きだし、何よりパパが喜んでくれてたから……まぁ、趣味みたいなものですかね? それにあっちだと、『むんちょ』作ってからは献立選びは楽ちんでしたし」

「むん」「ちょ?」


 火を吐く老婆の辛い菓子のような名前が突然出てきて、ヤスと首を傾げつつ顔を見合わせる。


「ええ。あたしが組んだAI献立プログラム『moon(ムーン) choice(チョイス)』、略してむんちょ! どぉ、カワイイ名前でしょ?」

「ほえー、夕ちゃんプログラミングできるんだ。すっげーなぁ」

「タイムトラベル装置作るのに習得したとか?」

「んにゃ、買い物時短用にむんちょ作ろうとして、勉強した感じかな。でも汎用性高いから、パパが言うように、研究でも色々役に立ったかしらね」

「なるほどなぁ」


 買い物のためにプログラミングを勉強しようだなんて、普通の人は絶対にならない訳で……過去の俺を攻略するためだけにタイムマシンを作ろうとした夕らしい発想だな。


「そんで、そのムンチョとやらが勝手に献立決めてくれると?」

「んや、あくまで候補絞り用よ。近くのスーパーの食品価格データを自動取得して、五百くらいのレシピから、コスパや評価や食べ飽き具合などなど総合分析し、最適候補をいくつか提示するだけ。もちろん品質までは分かんないし、候補を参考にしつつ、あたしが現物を確認して決めるの。それだけでも、買い物が爆速で終わるようになった上に、食費も結構抑えられたわね」

「うおお、めっちゃ便利だな! 俺も欲しいぜ」

「ふっふふー、でっしょー。頑張って作ったもんね」


 ドヤ顔でふんすと鼻を鳴らす夕が、今日も最高に可愛い。


「でも五百もあったらさ、中には夕ちゃんが作れないのも出てきたり……って鉄人クラスなら、初めて見るレシピでも余裕だったね!」

「んんん……? えーと、むんちょに登録してるのは全部、あたしの独自レシピですよ?」

「「ま!?」」


 ヤスもだと思うが、五百品と聞いて、クックパッパなどのweb公開レシピを参照していると勘違いしてしまった。俺がまともに作れる料理はせいぜい二十品かそこら、まさに桁が違う。さすがは宇宙家の誇る料理長殿だ。


「そもそもね? むんちょはパパにとって最高の料理をリーズナブルに提供するためのプログラムだし、一般レシピは手始めぐらいには使えるけど、完璧には程遠いわ。それで実はあたし、毎回の調理の細かい調整を、パパとあたしの評価付きで記録しててね? 次に同じ料理作る時は、それを基に改良して、データ更新してってるの」

「え、毎回記録してんの!?」

「夕ちゃんマメ過ぎでは!?」

「ふふっ。料理しながら音声入力もできるし、慣れたら大したことないですよ。今じゃ逆に付けないと気持ち悪いくらい? そう、データの取り忘れ、ダメ、絶対!」

「ははは。そういうとこ、やっぱ夕は科学者なんだなぁって思うぜ」


 夕からすれば、実験記録を付けるのと大差ないのかもしれない。


「そう言う大地だって、毎回採点するとか大概マメじゃね」

「未来の俺が、だけどな」

「いえいえ、採点なんてしてもらってませんよ? パパなんて何食べてもメッチャ美味しいしか言わないし、顔見て判断です!」

「なんだよ、お前はサボってたか! 夕ちゃんにばっか苦労かけて!」

「いやだから、俺だけど俺じゃねぇっての」


 ただ、未来の俺がそうなってしまう気持ちは分かるので、代わりに弁解しておこう。


「ほらあれだ、夕の料理がどれも美味しすぎて、全部満点になるんだろうよ。うんうん、仕方ない」

「たーしかに」

「んふふ、それならいいんだけどね。ただ、そうじゃない場合はちょっと困ったりして……」


 そこで夕はフフッと微笑むと、少し遠い目をしつつこう続けた。


「料理始めたての頃はよく大失敗したんだけど、それでも美味しいって言いながら食べちゃうから……下手っぴな自分が情けなくて悔しくて、でもそんなパパの優しさもすっごく嬉しくて、なんだか複雑だったのよぉ」

「あー、なるほどなぁ」


 今の夕では絶対あり得ないので想像しにくいが、もし奇跡的に失敗してしまったら、未来の俺と同じように気遣って正直には言えないだろう。


「それでね? 絶対上手くなってやるんだからぁー! って思って、しっかり記録してくようになったの。それが将来むんちょのデータベースになった訳だし、うふふっ、なんだか面白いお話よね?」

「ほえー。つまりむんちょは、夕ちゃんの大地への愛でできたAIってわけかぁ。そう聞くとなんだか、二人の子供みたい? ハハッ」

「おいヤス!」「も、もぉ〜!」


 好き勝手言いやがるヤスだったが、そこでまた何かを閃いたのか、パチンと手を打ち鳴らして夕に問いかける。


「ああっ! だから名前も?」

「っ! ……むぅ、鋭いわぁ」

「何の話だ?」

「パパにはなーいしょっ!」

「ええぇ……?」


 なぜが照れ顔で舌をべぇと出す夕に、首を傾げるしかない。


「そう言えば向こうのパパも、分かってなかったなぁ」

「ハハッ、やっぱ同じ大地だ」

「ですよねぇ。にしし♪」

「ぐぬぬぅ…………はぁ」


 結局繋がりは分からなかったが、目の前の夕がとても楽しそうにしているので、もう別に何でもいいかと思うのであった。




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