8-01 女中
長らくお待たせしましたが、第5幕を開幕いたします。
日・火・金(25時過ぎ)の週3投稿となりますので、どうぞご期待ください。
朧げな意識の中、ゆっくりと薄目を開くと、ぼんやり映るは見慣れた自室の天井。左のカーテン越しに差し込む淡い陽光に、一日のはじまりを感じる。
「……んん……?」
だがそこで急に視界が小刻みにブレ始め、右肩を優しくユサユサと揺らされていると気付いた。
「――さまぁ、朝ですよぉ。どうぞお目覚めになって」
合わせて聞き慣れた可愛らしい声が耳元へ届くと、即座にそれが愛しの我が娘の声だと認識、自室に夕が居る異常事態に気付き──慌てて上体を跳ね起こす。
「おはようございます、ご主人様❤️」
「え、夕……なんでここに?」
「私はいつでも、愛しのご主人様のおそばに居りますわ❤️」
「……っおう」
甘い声の甘い言葉、至近距離からの満面の笑顔を向けられ、夢のような多幸感に包まれる。
それでまだ寝ぼけているのかなと、目を擦りつつ顔を引いて夕を眺めれば……
「――ってぇその格好は何!?」
メイドさん姿だった。しかもかなりガチ目のやつをフル装備。
「んふふっ♪ びっくりしたぁ?」
メイド・夕はお澄まし顔から一転、いつもの無邪気なイタズラっ娘の顔に変わる。そのあまりの展開に一瞬驚くも……それで逆に冷静になり、納得した。
「ハハッ。これで驚かねぇヤツが居たら、それこそ驚きだな」
「むむぅ~? そう言う割には、なんだか落ち着いてるね? おっかしいなぁ、びっくり仰天ベッドから転げ落ちるはずだったのに」
夕が不思議がる通り俺があまり驚いていないのは、すぐに真実に気付いてしまったからで……そう、このトンデモ展開はどう考えても夢だと! それも親父からの梯子夢で夕が起こしに来るという、つい一昨日に見たばかりのパターンで攻めてくれば、容易に察しがつくというもの。ふふっ、夢の夕め、この俺に同じ手が通じると思うなよ!
「まっ、いいわ。それでなんで居るかって言うと、『いつでも好きな時に来い』って昨晩言ってくれたから、こうして最速で飛んで来たのよっ! ……もちろん、パパの迷惑にならない範囲で、最速ね?」
「あ、ああ。確かに言った、な」
とにかく夕は行動が早いのだ。いつでもとを言えば、こうなるのは当然だった。
「それはまぁいいとして……その格好は?」
さすがは夢、なんの脈略もない姿――という訳でもなさそうで、正直言うとメイド服が割と好きだから、なのかもしれない。しかもそれを好きな子が着てくれるなんて……それこそまさに浪漫だな。
「この服はね、この前の通販で届いたのの一つだよ。で、朝ご飯作りに来てるし、時間あったらお掃除もするから、給仕服がいっかなぁって?」
なるほど。夢のくせに、それなりに納得の設定だった。
「それに、えーと…………昨日、パ――褒――くれたし……」
「え、なんと?」
急に小声になったので聞き返すと、夕は顔を赤らめて両人差し指をこね回しつつ、たどたどしくも説明し直してくれた。
「パパが別れ際に、あんな男の子の格好でも……すごく、か、かわいい、って! だ、だからね、もっと気合入れて、パパ好みの格好してきたら、どうかなぁなんて! 思っちゃったの…………うぅぅ、言っててスッゴイ恥ずかしいわっ! んもうっ!」
ああ、言うこと成すこと全てが可愛すぎる。まぁそれは自明なので置いておくとして……おい未来の大地! 自分の趣味嗜好を勝手にバラすんじゃねぇよ!
「それでぇ……どぉ?」
夕は両手を軽く広げ、小首を傾げながら感想を聞いてきた。
「ん、そうだなぁ……」
よし、夕がここまでしてくれたんだ、全力で褒めねば男がすたるというものだな。どうせ夢だ、遠慮無しでいかせてもらおう!
「落ち着いたクラシックなメイドさんもいいが、やっぱこういう現代風で可愛さ特化のメイドさんも、またいいもんだよなぁ。特に夕みたいな小さくて可愛らしいタイプの子には、すっごく似合ってると思う」
「そ、そぉ? えへ、えへへへ…………嬉しいな、ありが――」
「――例えばその白いヘッドドレス、夕の綺麗な黒髪を引き立たせてて、素晴らしくマッチしてる! 逆に手袋は、その上質で滑らかな白生地が美しい肌と連続してて、一体感がすごい! まるでどっちも、夕用に特注されたかのようだぜ!」
「え、えと?」
「他にもチョーカー、ミニエプロンの端、手袋の甲、至るところにフリルやリボンが設えてあって、これでもかと可愛さを詰め込んである! 特に、なんだその胸元のハート型の穴は!? 完全に萌え殺しに来てるぞ!」
「ちょちょ、パパぁ!?」
「それに格好だけじゃない! ご主人様と呼んで起こしてくれた時も、完璧にメイドさんになりきっててさ、もうすげぇ感動した!」
「あわわわ」
「嗚呼、もはやこれは、世界一、いや宇宙一可愛いメイドさんと言って過言ではないっ!! 最高だっ!!」
「ほ、ほほ、褒めしゅぎぃっ! 褒め過ぎなんだけどぉ!? ばかあぁぁ……」
夢の恥は掻き捨てとばかりに全身全霊で褒め称えると、夕は真っ赤になった顔を両手で覆い、「はうゎぁぁ~」と嬉しそうに悩ましげな吐息を漏らした。……ふっ、いい仕事したぜ。
「褒めすぎだけどぉ……嬉しすぎるぅ……ああぁ、こんなの夢じゃないかしらぁ」
「ハハハ、何言ってんだよ。これは夢だぞ?」
「え、え…………ええええ!? …………ああそっかぁ、これ夢なんだ……そっかぁ」
夕は納得顔でぺちんと両手を叩くと、次いで悲しげな表情に変わり、ガックリと項垂れる。
「はあぁぁぁ……だーよねぇ。どうりで都合が良すぎると思ったわ。現実のパパは、よっぽどのことでもないと、こんな身悶えるほど褒めるなんて、照れてしてくれないもんね」
「そうそう。最初は俺もだったけど、夕も勘違いしてたんだな」
夢の登場人物も夢と認識していないとは、なかなか良くできてるぜ。
「んー、ゆづとあたし、しょっちゅう意識交代してるから、そういう現実との境みたいなの曖昧になることあってね? あたしってば、うっかり勘違いしちゃったわ」
「あー、なるほど。んま、現実じゃなくて残念だったな」
「うん、ちょっと残念だけど……でもいいわっ! 夢なら夢で、割り切って楽しんだらいいのよ! だよね、夢のパパ?」
「と言いますと、夢の夕?」
「ふふっ、そんなの決まってるでしょ?」
その口ぶりに少々嫌な予感がした通り、夕はニマッとわるーい笑顔でこちらへ擦り寄ってくると、得意げにこう囁くのだった。
「イ・イ・コ・ト・よ♪」
……昭和アイドルかっ!
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今回夕ちゃんが着ているのは、以前に公開したメイド服イラストと同じ衣装になります。イラストがあると解像度がぐっと上がると思いますので、ぜひご覧くださいませ。




