7-72 夕陽
それからテントで皆と合流した後、夕とひなたを待ちつつ、焚き火の後片付けをしていた。
「いやいやぁ、まさかのまさか、あの少年が少女だったとはな。最初あの子に嫉妬してたオレ、間抜けすぎんだろ、ハハハ……」
ヤレヤレと首を振って自重気味に呟くマメに、「あと未来人で二十歳の天才学者お姉さんだぞ」と付け加えれば、どんな顔をするだろうな。
「まっ、僕も似たようもんだよ。実はうっかり惚れそうになっちゃってさぁ、ぼかぁホモになっちまったのかとガチで焦ったっての。んでもマイエンジェル・夕ちゃんなら、そらしゃーないわって納得──あっ、トイレで大地が言ってた、そのうち解決するってやつ、そういうことかぁ!」
「ああ。でもお前のポテンシャルなら、男子でもいけるんじゃね?」
「いけませんがぁ!?」
大三郎君とか、普通に許容しそうだけどな。ナゼかY染色体を持ってる以外は、完璧に女子だしさ。
「……バカしかいない」
「だぁねぇ〜? ……でもぉ、そー言いつつ〜沙也ちゃ~ん? じつはぁ~、興味あ――」
「今すぐ黙りなさいこの馬鹿夏恋」
「ひゃぁ~こわぁ~♪」
うん、聞かなかったことにしよう。でも良かったな目堂、マメと話し中のヤスには聞こえてなさそうだぞ。
「なぁ部長、ちょい聞きづらいんだけどな……あの子と宇宙は、その……そういう仲、なんだよな?」
「おうよぉ。こいつらはもうラッブラブ、まさに運命の二人ってやつだね! だからぼかぁさ、この先ずっと応援するって決めてんだ。あれよ、推し活ってやつ?」
「ほー、そこまでか! いやぁ、あんたも隅におけねぇな? ま、小学生ってのが色々アレで苦労しそうだけど、あの子なら将来性無限大だし、それでも余裕でおつりが来るってヤツだ。……小学生だから、だったらドン引きだけどな? ハハッ」
「ったく二人して好き勝手言いやがって……夕の前では絶対この話すんなよ?」
周りにバレるのは半ば諦めているし、歳の差をからかわれるのも気にしないことにするが、俺以外から夕へ伝わるのだけは絶対阻止だ。
「え、なんでだ? あんたら付き合ってるんじゃ?」
「それがなぁ……大地はまだ告白できてないんだわ。あれで付き合ってないとか、もはや奇跡。まぁそのジレジレっぷりも、推し要素ってやつだけど?」
「ちょっ宇宙、何やってんの!? あんなスゲー子、モタモタしてたらアッという間に取られるぞ?」
「だぁもう分かってる、こっちにも色々あんだよ!」
それもあって今さっき夕を誤解させてしまったし、本当に申し訳なさしかないが、かと言ってそう簡単な話でもないのだ。
「マメよ、その辺は触れんといてやってくれ。詳しくは言えんけど、マメの想像の百倍大変なもん抱えてんだわ、この二人。つーわけでな、僕らは二人の邪魔にならんよう、しずか~に応援すんのがベスト」
「いや応援も要らんのだが? ただまぁ、その……秘密で頼む、マメ」
「おおお……了解」
マメは俺の顔を見て一瞬驚くが、すぐに真剣な顔で頷いてくれた。
「沙也ちゃんもぉ~、分かったかなぁ~?」
「……ん?」
「(これは正真正銘の機密情報だ。もし漏らしたら、部室で上映会を執り行う)」
「……上映……何を?」
「(キミの『参考資料』フォルダ)」
「っっっ!?!? …………ウン……キヲツケル」
プルプル震えている目堂の方も、問題なさそう──目堂的には問題しかなさそうだが。
そうして話しながらも片付けが終わり、あとは帰るだけとなったところで、夕とひなたが手を繋いで戻ってきた。
「遅くなりましたぁ! お片付け全部お任せしてしまって、すみません」
「そんなのいいよぉ〜! 大事なお話〜、だったんだよねぇ?」
「はいっ! おかげさまで、とっても仲良くなれました♪ ね?」
「……う、うん」
夕は気まずそうに頷きつつ、ひなたと俺をチラチラ見ている。このソワソワした様子からすると、無事に誤解が解けたようなので、まずは一安心だ。
◇◆◆
それから皆でキャンプ場の入り口へ移動し、事務所へレンタル品を返却し終えると、最後に駐輪場で集合した。そこで幹事なーこが咳払いをして改まると、皆に向かってシメの挨拶を始める。
「あ〜、前略っ! 中略っ! 今日は~すっごぉぉく、楽しかったよぉ! みんなぁ~、参加してくれてぇ~ありがとねぇ~♪」
「こちらこそ、ありがとうございましたっ!!!」
瞬速で片手を額に敬礼するマメを皮切りに、皆で名幹事殿にお礼をすると、続いてバイクや自転車に荷物を積み込んだ。ちなみに最大の積荷──目堂は、完全に体力が尽き果てたようで、一瞬にしてスヤスヤリン。
「もうだいぶ暗いからぁ~、気を付けて帰ってねぇ~? 特に〜、二人乗りの人は〜?」
なーこに注意喚起されて、頷き返そうとしたところ、代わりに横からひなたが答えた。
「大丈夫ですよ。もう陽は沈みましたが、夕空の星が地面を照らしていますから」
「っ……そう、だね」
「ん?」
街よりも光が少ないので、確かに星はよく見えるが、もちろん夜道を明るく照らすほどではない。それでマメヤスと共に首を傾げていると、ひなたが夕を真っ直ぐに見つめて、ただ一言だけ告げる。
「どうかお願いしますね」
「……うん。任せて」
真剣な表情で意味深なやり取りをする二人を見て、ひなたの言葉の裏の意味をようやく理解し、再び申し訳無い気持ちが湧いてしまう。だが、この期におよんで俺が言えることなど何もなく、ただ口を噤むしかなかった。
そしてひなたは俺と夕に微笑むと、ひとり暗い夜道を走り出す。
それを複雑な気持ちで見ていると……
「(なあに、わたしが照らしてみせるとも)」
なーこがボソリとそう呟いて、俺へ不敵にウインクしてきた。それでまずは言葉通りとばかりに、パチンとハイビームへ切り替えると、前を進むひなたへ向けて真っ直ぐ走り出す。
ああ、お前ならきっと……その熱い想いをいつか届けて見せるのだろうな。
それで俺も頑張らねばと思い、まずは先の件を夕へどう話そうか思案していたところ……ヤスが両手を広げ、元気良くこう提案してきた。
「なぁなぁ、学校前まで競争しようぜっ! 明日の昼飯を賭けてなっ!」
「おいおい部長、あんた元気過ぎだろ――っああ! いいぜ、乗ったっ! でも二人乗りの宇宙らは勝負にならんし、部長とサシの勝負、だな?」
「うん、しゃーないね。てな訳でまたな、大地、夕ちゃん!」
二人は自転車に跨り、俺へ小さくサムズアップすると、バイクを追い抜く勢いで走り去っていった。……ははっ、余計な気を遣いやがって。ほんと、いいヤツらだぜ。




