表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
263/307

7-67 絶句

 ひなたが隠していたことが次第に明らかになり、解決に進んでいるのは確かだが、やはり「俺に嫌われる必要性」という最大の謎に阻まれてしまう。この謎が解けない限り、ひなたとの和解は望めないのだろう。

 それでどうしたものかと悩みつつ、隣に屈んで丸まる背を優しくで続けていると……ひなたはもう大丈夫とばかりに片手を小さく上げ、ハンカチで涙をいて立ち上がった。


「あー、その……落ち着いて話せそうか?」

「……はい。話を続けてください」


 本人はそう言っているが、まだとても辛そうな顔をしているので、また傷付けてしまわないように優しく尋ねる。


「えと、辛かったら無理して答えなくてもいいんだけどさ……なんでそこまでして、俺に嫌われなきゃいかんのか、そろそろ教えてもらえないかな?」

「…………はい、分かりました。どうやっても嫌ってはもらえないようですので……さいごに全部白状します」


 ……最後?


「それは…………罰です」

「罰……?」


 首を傾げる俺をよそに、何か吹っ切れた様子のひなたは、その隠していたことを淡々と語り始める。


「あのとき、いじめっ子から助けて励ましてくれた貴方が、本当にまぶしくて……あの後も、ずっと私の心の支えになっていました。転校で離れ離れになっても、いつまでも、貴方は私のヒーローでした。そんな貴方と再会し、お友達になれて、名前で呼んでくれるようにもなり、一緒に遊んだり散歩をして夕陽を眺めたり……私は本当に幸せでした。ですので、そんな最高に幸せな時から一転、貴方に心の底から嫌われ、恨まれる……それは私にとって最も辛いこと。そうして貴方に恨まれたまま、苦しみながら一生を過ごす、それが私が私に与え得る最も重い罰。そう思ったからなのです」

「……っ」


 そのあまりに痛ましい理由に、返す言葉も見つからなかった。

 ああ……どうやったら人は、こんな考えに至るというのか。

 あの地獄の業火は、これ程までに激しく、少女の心を焼き続けていたのか。

 絶対に救う。そう、改めて決意した。

 俺は幸いにも夕に救ってもらえたのだ、今度はその俺が……未だ独り過去のおりに囚われ続けている少女を救う番なのだ。

 そしてそれは、その原因を作った俺にしか、できない。


「なぁ、ひなた。そもそもな、お前が罰を――」

「……ああ、失敗しちゃったなぁ」


 俺の声が届いていないのか、ひなたはボソリと一言(つぶや)くと、フラフラと歩き出した。

 どうしたことかと、その向かう先を目で追うと、崖――っ!?


「――ばかっ、何やってやがんだ!」


 瞬時に距離を詰めて、腕を強くつかんで引き止める。


「……離してください」

「うるせぇ、離すわけねぇだろ! お前っ、こんなことして、何になるってんだ!」

「もう、私にはこれしか……自分を許す方法が、見つからないんです……」


 俺から嫌われるという罰を与え損なったひなたは、次の手として最悪の方法を選ぼうとしていた。それ程までに、ひなたの心は擦り切れ、とっくに限界を迎えていたのだ。


「何言ってやがんだ! それで例え許せても……死んじまったら意味ねぇだろうが!」

「でも、でもっ……大地君に嫌われるどころかこんなに優しくしてもらって、この期におよんで嬉しいなんて思ってしまう私……そんな資格なんて、ないのに。私なんて……幸せになっちゃいけない人間なんで──っん!?」


 目も虚ろで今にも崩折れそうなひなたを見ていられず、気付けば胸に抱き寄せていた。


「お願いだ、そんな悲しいこと、言わないでくれよ……あんな悲惨な事故に遭って、それからもずっと苦しみ続けてきたお前が、一番幸せにならないとだろうが」

「……そんなの、私が許せません」

「なんでだよ……すでにこれだけ重い罰を受け続けてきたってのに……なぁ、もう充分だろ? 自分を許しても、いいんじゃないか……?」

「足りません」

「なっ……………………ええい、こんの頑固者め!」


 どの口がと言うところだが、ここまで来ると俺や夕ですら脱帽ものだ。まったく、どう説得すればこの生真面目すぎる頑固者に、自分を許させることができるのか。罪を許す……神様? いや、無宗教の俺が何を説けるという話で、そもそもひなたが信心深いとは――んっ、そうだ! 別に神でなくとも、ひなたが信じる――信じてくれているものであれば、いいのでは?


「よーし分かった! 例えひなた自身が許せなくても、()()、それでもいい! だがな、その代わり――」


 そこで大きく息を吸い込み、ひなたに向かって叫ぶ。


「俺が許す!!!」

「……っえ?」

「だからな? 罪を犯した――とお前が言い張る相手、張本人の俺がだ! お前のその罪もっ! お前が幸せになることもっ! ぜんっっぶ何もかもっ! 丸ごと許すって言ってんだよ!!!」

「っ!? で、でも……でもぉ――」


 駄々をこねる子供のように首を振るひなた、その頭を優しく撫で――


「……そんでな、いつの日かひなた自身も許せるようになって、どうか幸せになってくれ。それを俺は、心から望んでいる」


 真っ直ぐに胸の内を伝えた。比べるのもおかしな話だが、夕やゆづと同じくらいに、ひなたにも幸せになって欲しいと願っているのだ。


「う、うっ……うあぁぁん! だぃ、だいちくん……あ、ありがどぉ、だいぢ、くん……うぅ、うあぁぁ」


 その想いが無事に伝わったのか、ひなたは力を込めて俺に抱きつくと、胸で大泣きし始める。この五年間ひとりでめ込んできたものが、一気に決壊したのだった。


「で、でもぉ、わ、わだじは……やっぱりぃ、わたしをぉ、許ずなんて…………だがらぁ、いつも、いづもっ、夢っ、で……火だるまのお父様がっ、小さな大地くんがっ……わたじを、恨めしぞうに、じっと見でるの……」

「そう、か……辛かったよな」


 俺にも親父を助けられなかった負い目があり、昔は似たような悪夢をよく見たが、記憶が薄れるにつれて見なくなっていった。だがひなたは、五年も経った今もなお見続けていると……それほどまでに、ひなたの罪の意識が強く、自身を許しがたい存在だと思っているのだ。


「うぇぇ、ぐじゅっ、もうわだじ……どうじたらっ、自分を許せるか、ぜんぜんわがんなぃの……う、うぅ、うわあぁぁん!」

「そんなもんな、一緒に考えたらいいんだ。どうしようもなく辛い時は、独りで悩んでないで、助けを呼んだらいい」


 独りではどうしようもなかった俺を、あの小さなヒーローは見事助け出してくれた。俺が夕ほどに上手くできるかは分からないが……それでもひなたには、大切に思ってくれる人が他にも沢山いるのだから。


「ぐすっ……こんな、わたしでも……だいちくん、はっ……たすけてくれる、の……?」

「ハハハッ、んなもん当たり前だろ。友達、なんだからさ」


 不安げに俺の胸元から見上げるひなたへ、何も遠慮する必要はないと、優しく笑いかける。


「ありが、とぉ…………おねがいします、たすけて、ください……だいちくん」

「ああ、任せときな!!!」


 そう力強くうなずくと、ひなたはき物が落ちたかのように、温かな涙と安らかな微笑みを浮かべるのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ