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7-39 背負

「……これは無理」


 目的地の丘を前にした目堂の、悲愴ひそう感漂う第一声である。


「あははぁ〜、沙也ちゃんだと~、登山になっちゃうもんねぇ~?」

「んな大げさ……でもないか」


 もちろん一般的な登山から比べれば大したことはないものの、高さ百mほどの頂上に向かって階段がざっと三百段以上は続いており、標準的な体力の人間でも割としんどい道行(みちゆき)だ。もやしっ娘代表の目堂には、それこそ針山地獄にでも見えていることだろう。


「……私の事はいい……皆は先行って」


 ここだけを切り取れば、まるで「仲間のために決死の覚悟で敵の足止めを引き受ける勇敢な戦士のカッコイイセリフ」のように聞こえるが、実際は「目堂はこの闘いにはついていけない」を自分で言っただけなので、別にカッコヨクナイ。


「そんなっ、沙也さんだけ置いていくなんてできませんよぉ! それなら私も一緒に残りますっ!」

「……ひなた、優しい……すき……ぎゅ」

「うふふ、私もですよぉ~、ぎゅ~♪」

「わわっ、二人だけずる~い! あたしも残るぅ~、ぎゅっ♪」


 手芸部団子三姉妹になって繰り広げられるイチャイ茶番劇――いや、ひなただけは素で言っているかもしれない。……それでまぁ、とても目の保養にはなるのだが、話が進まないので劇を打ち切らせてもらおうか。


「――ごほん。ひとまず登れるとこまで登ってみるのは?」

「……途中で倒れたら迷惑かける……待機が最適解」

「む……」


 確かにそうなのだが、やはり独り置いていくのは忍びない……そう思っていたところで、ヤスから思わぬ提案が飛び出た。


「んじゃ僕が背負って登るとか――」

「……よろしく」

「なぁんて――ってええぇっ!? 目堂さん今なんと!?」

「……運んで……皆を困らせたくない」

「うっそん……」


 そこでヤスが大慌てで駆け寄ってくると、俺の肩に腕を回して耳打ちしてきた。


「(大地、僕はどうしたらいいんだっ!?)」

「(お前が言い出したんだろ? 運んであげればいいんじゃ?)」

「(いやいや、普通に考えて冗談に決まってんだろ!?)」

「(でも向こうさんは、すでに運んでもらう気マンマンのようだぞ?)」


 目堂は幽霊のようにダランと両腕を突き出して、ヤス歩荷(タクシー)が目の前に停車するのを待っている。


「……まだ?」

「いや、ええと……」


 可愛い女の子とイチャイチャしたいだの何だのと、事あるごとに言っているヤスだが、いざその機会がきたら尻込みしてしまうようだ。夕の件で散々俺に言っておきながら、お前も大概ヘタレだよな。


「はやくぅ~運んであげないとぉ〜? 干からびてぇ~死んじゃうよぉ〜?」

「いやいやいや、そこまで貧弱じゃないでしょ!?」

「ほぉ~ら、化けて出るぞぉ~? ひゅ~めどろろぉ~♪」


 なーこが目堂の幽霊ポーズに妙なSEを当てると、ノリの良い目堂は両手を揺らしてべぇ~と舌を出す。ずいぶんと可愛らしい幽霊さんだこと。


「……うらめしな?」

「疑問形でたたるのはやめて! 祟り誤爆は理不尽過ぎる!」

「……じゃぁ……うらめしかった」

「それならもういいじゃん!」

「っ!? ……うん……そだね……うん」

「目堂、さん?」


 いつもの夫婦漫才(?)の流れかと思いきや、目堂がフッと真面目な顔をしてうなずいている。何かに気付いて納得している様子だが、俺にはそれが何かまでは分からない。


「部長、男に二言はないよな?」

「そうそう。責任取らないとダメだと、ボクも思うぞ!」


 ここでさらに、マメと夕まで加勢しにきた。ヤスにとっては、まさに四面しめん楚歌(そか)状態。公認とも言うが。


「マメと鉄人まで……ああもう分かったよ!」


 これは逃げられないパターンと悟ったのか、ヤスは諦めて目堂の前へと進む。

 いやしかし、皆してあおってはみたものの、肝心の目堂の方は本当に良いのだろうか……だってヤスの背中だぞ? 後で「とても不快だった」とか訴えるのは、いくらヤスでもやめたげてな?


「ド、ドウゾ?」

「……ん……よしょ」


 ヤスが緊張した顔で目堂の前に屈み、目堂が幽霊スタイルのままのっそりと負ぶさると、その瞬間「ふおぉぉぉぉ!」と奇声が上がる。正直気持ち悪いが……まぁ、女の子って柔らかくてやたら良い匂いするし、その感動は分からんでもない。


「……うるさい……あと汗臭い」

「どうもごめんなさいねぇ!?」

「……ふふ」


 しっかりと毒は吐くものの、別に嫌な顔もせず降りもせずと、満更でも無さそうな目堂。……いやぁ、まさか本当に平気とは……世の中いろんな趣味の子が居るんだなぁ。


「一色さん! もしよろしけれ――」

「なにかなぁ~? ん~?」

「──っなんでもないッス!」


 笑顔の圧力をかけられ、最後まで言わせてもらえなかったマメ。ヤスを見ていけると勘違いしたようだが、お前がこのイベントを発生させるには、まだ好感度が何桁か足りていない……せめて整数にならないとな。

 そこでこの流れから、もしやと思って夕の方へと向くと……案の定とワクワクした様子でこちらを見ていた。


「なぁなぁ、こすもさん!」


 くっ、やはりきたか……おんぶイベントが!

 ちなみに夕と出会った頃に、おんぶ――と言うより背中に取りかれた事はあったが、あの時は幼女としか思っていなかったので別に平気だった。だが実はお姉さんと知り、何より惚れてしまっている今となっては、少々刺激が強すぎてヤスのように叫んでしまうかもしれない。近い状況である二人乗りイベントをギリギリ耐えた実績はあるが、おんぶの方が密着具合が圧倒的に上なので、やはり俺には荷が重すぎる。もちろん物理的には超軽いが。

 ……よし、ここは先手を打って、夕から言い出せない雰囲気にしてしまおう。


「おいおい、目堂と違って朝は自分で登れる――」

「上まで競争しようぜっ!」

「…………え? 競争?」


 こちらの予想に反して、実にワンパク少女(少年)なお誘いだった。……なるほど、夕はすっかり男の子ムーブが板に付いてきたらしい。


「ああ、それならいいぞ。受けて立とう!」

「やったっ! ふふふ、負っけないぞー!」

「ははっ、悪いが子供でも手加減しねぇし、普通に勝たせてもらうぜ?」

「あー言ったなぁ~?」


 うんうん、こういう健全なのでいいんだよ。毎度毎度ドキドキさせられっぱなしじゃ、こっちの身が持たんしさ。

 そう安心していたところ……夕がニヤリと笑い、こう告げてきた。


「じゃぁボクが勝ったら、罰ゲームで帰りにおんぶしてな!」

「なっ!? いや、それは……」


 まじかよー、そうくるかー。


「子供なんかに負けないんだろ~? なのに罰ゲームがあるのが、そんなに怖いのか~? ふっふっふ」

「くっ……」


 ああ、怖いとも。俺の理性が吹き飛ばないかがな!


「はいはい分かったよ、それで!」

「そうこなくっちゃな! ……にしし♪」


 まさかの二段構えで、おんぶを断れない流れに上手く持っていくとは……完全に夕の作戦勝ちだ。

 そうして夕の巧みな話術に舌を巻いていたところ、さらに観客席から余計な一言。


「どぉせならぁ~、お姫様だっこにしたらぁ~どぉ~?」

「ちょ、お前何言ってやがんだ!?」


 突然しゃしゃり出てきて、さらに事態をややこしくしないでもらえますかね!


「おおお~、そっちのが良――げふんげふん。……だっ、ダメだぞ! 男が人前でお姫様抱っこされるなんて……それじゃ勝っても罰ゲーム……じゃないか! ……くぅぅぅ」


 夕はとても悔しそうに拳を握っており……本当はすっごくお姫様抱っこして欲しいのだろうか。そう言えば確かに、以前の貧困詐欺で抱えて運んだ時に、めちゃくちゃ嬉しそうにしていた覚えがある。だがそんな夕には悪いが、さすがに人前でそれは絶対無理だ。


「ほら、朝も反対して――」

「それは~どぉかなぁ~?」

「「え?」」


 おいおいなーこ、まだ策があるってのか? もう勘弁してくれよぉ!


うわさによるとぉ~? この丘からぁ~お姫様抱っこされて降りてくると~、何でも願いがぁ~かなうんだってぇ~?」

「はあぁ? なんだその取って付けたような超絶ウサン臭い話――」

「オースゴイ! ボク、ネガイ、カナエタイゾー!」

「だぁよねぇ〜?」


 え……あっ、そういうこと!? なーこめ、やってくれたな!


「うん、これはもうお姫様だっこに変更するしかないぞ! 本当は恥ずかしくてスッゲーイヤ、なんだけどなっ! ――ハイヨーイドン!」

「ちょ、おま、ズル――ってぇはやっ!?」


 なーこの余計な偽情報によって大義名分を得た夕は、大喜びで(仕方なく)罰ゲーム内容を強制変更すると、フライングの上に猛スピードで階段を駆け上がり始めた。


「オメェは何てことしやがる!」

「生憎とわたしは『乙女の味方の鬼さん』なものでねえ」

「そいつは心強いこったな!?」

「だろう? くふっ♪」


 完全に出遅れた俺は、なーこに文句をぶつけつつ、大慌てで階段へと駆け込んでいくのであった。


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