……幕間 ……素直
浅い眠りから目覚めると、潮風の香りが鼻をくすぐり、全身に伝わる振動に合わせてエンジン音が耳へと届く。また、抱き付く腕の中には馴染みの小ぶりな背中があり、こちらへじんわりと暖かな熱を伝えてきていた。
いま私は……夏恋に呼ばれて家から出たところで拉致され、BBQに強制連行されているところだった。ほんとイミフ――とは思うけど、聡明な彼女のことだし、何か面白い催し事でも考えているのだろう。……それが謀じゃないことを祈るばかり。
それでいくら私でも走行中はさすがに起きておこうと思ったものの、心地良いエンジンビートとぬくぬく背中が、徹夜明けの身体へミスタースイマーを呼び寄せ、いつの間にか寝落ちしていたらしい。
「……おはよ」
寝起きの頭で呟いたものの、走行中かつヘルメット越しの私の小声では、到底聞こえる訳がないと思い直す。だが……
『おはよぉ~沙也ちゃん』
クリアな音声が返ってきた。そう、夏恋の声は耳元のスピーカー(?)から聞こえており……機械いじり大好き女子な彼女のことなので、どうせヘルメットを改造でもしているのだろう。
「……便利」
『で~しょぉ~?』
顔も隠れるし、小声でも届く……もしかしてコレ、私にとって最強装備なのでは? 普段から着けたいくらい……いやまぁ、周りから奇異の目を向けられては本末転倒だし、もちろんしないけど。
ただ、マイク……ね。
「……夏恋」
『なぁ〜にぃ〜?』
「……撮ってる?」
『あやや~、ばれちゃったぁ〜☆』
夏恋はナゼかよく私の声を撮りたがるので、マイクを通しているとなればもしやと尋ねてみれば、案の定だった。油断も隙もない。
「……なんで?」
『え、えとぉぉ……ひみちゅ♪』
「……?」
『ひゅ〜ひゅひゅ〜』
口笛を吹いて誤魔化す夏恋。何だかいかがわしい匂いがしたので……
「……えい」
『――きゃっ、くふふふっ……もぉ~、運転中だよぉ~?』
脇腹を少しだけくすぐって、自供を促してみる。車通りも少なくスピードも自転車ほどしか出ていないので、夏恋の運転技量なら、この程度で事故る心配はない。
「……言いなさい」
『う、う~ん』
「…………夏恋キライ」
『わわわ、そんなぁ! 白状するからぁ〜』
ふふっ、夏恋にはこれが結構効く。ちょっとズルいけど、私がこんなことで嫌う訳がないと夏恋も解ってるし、実質茶番みたいなものかな。
『えと……沙也ちゃんのぉ~寝息聞きながらぁ眠ったらぁ~、添い寝してもらってるみた――』
「……消して」
想像を上回る変態チックな理由だった。
『えぇ~、そんなもったいな――はひゃひゃひゃっ、ご、ごめんってぇ~! 後で消すよぉ~!』
「……はぁ」
私の寝息なんて聞いて、一体何が楽しいんだろ……? まったく、夏恋の妙な悪癖には困ったものね。
そのシュミの一環なのか、私に会う度に抱き付いてモミクチャしてくるし、さらに彼女の興が乗ってくると、妖しい熱を帯びた瞳で見つめてくるものだから……正直ちょっと怖い。本人は自覚なさげだけど、絶対そっちのケがあると思う。
それでも私は親友だと思っているし、そんなシュミでも気持ち悪いとかは全然思わないけど……お願いだから、私をそういう対象には入れないで欲しい。私なんかより可愛い子なんて、その辺に掃いて捨てるほど居る……ん? その辺に?
そこでふと思い至った。実はここ一週間くらい、ナゼか私へのスキンシップが控えめになって少しホッとしていたのだけど……それはちょうど陽が来た時期なのだ。さらに先ほどから夏恋は、車道左のサクリングロードの少し後ろをしきりに見ており、見ればそこには自転車を漕ぐ私服姿の陽……なるほどなるほど、そういうこと。優しくてお淑やかでふわふわしてて、実に愛で甲斐のある子だものね。ふふっ、これからは代わりに頑張ってちょうだい、陽?
そうして後は託したの思いで再び陽の方を見ると、並走している誰かと笑顔で話している。角度的に見えないので、合流時に夏恋の隣に居た男子だろうかと考えていたところ、上手い具合に位置がずれてその相手の顔が目に映り……
「んなぁっ!?」
思わず叫んでしまった。陽の隣でデレデレしながら自転車を漕いでいるのは、見覚えのある金髪頭の男子だったのだ。
『むふふ~、どぉしたのぉ~?』
「……やっぱり謀」
『なんのことぉ~かにゃ~?』
「……白々しい」
前に夏恋と雑談していた時に、違うクラスに気になる――じゃなくてムカツク男子が居るとうっかり漏らしてしまったところ……夏恋相手に隠し事などできる訳がなく、あっという間に対象がバレてしまったのだ。その彼女の悪癖その二に関しては、今さら驚く事でもないし、もはや諦めの境地なので置いておくとして……それから事あるごとに「会いにいかないの~?」だの、「今日は弓道部休みだよぉ~チャンスチャンスッ!」だのと、余計なお世話を焼き付けてくるのが面倒すぎる。そもそも、まるで私がアイツに気があるみたいな言い方はやめて欲しい。解釈違いです。
「……降ります」
そう告げて夏恋の背中をポチッと押すが、
『お客さまぁ~、本バイクわぁ~、ノンストップで運行中でぇっす!』
無慈悲なアナウンスが返ってきた。いじわる。
「……はぁ、最悪」
『もぉ~、そんなこと言ってぇ~、ほんとは嬉しみぃ~? でわでわぁ~?』
「……面白くない冗談」
『でもほらぁ~、言わなきゃいけないこと~、あるんじゃぁ~?』
「……むぅ」
痛いところを突かれた。腹の立つアホアホ男子ではあるけど、助けてもらったことには違いなく、あの時にお礼を言えていなかった事が実は少しだけ心残りだったのだ。もちろんその一部始終を話してはいないけど、当然のように察しているのだろう。これだから夏恋は困る。
『沙也ちゃんわぁ~、もぉ少し~素直になった方が~、よきよきよ~?』
「……ふっ、ブーメラン」
『およよ……? ――ほほう』
言われっぱなしも少し癪だったので、含みを持たせて細やかな反撃をすると、夏恋の纏う空気がフッと一変する。本来の彼女らしい知的でキリキリした口調な、いわゆるマジメさんモードだ。どうやってるのか声まで落ち着いた低音に変わるので、まるで男の子と話しているように錯覚して、少しドキッとする。
『いつからだい?』
「……今」
『くくく、まさに脇見注意だね。……内緒で、頼むよ?』
「……何のこと?」
無用の確認にトボケ返せば、いつもの夏恋に戻る。
『ぷぅ~! 沙也ちゃんのぉ、イジワルッ!』
「……我は何度でも蘇る……byブーメラン」
『あたたっ!』
そう返したものの、夏恋がイジワルなのは見た目だけで、こんなにスナオな良い子も他に居ない。本人には絶対言わないけど、そういう分かりにくくも優しいところ、すごく好き――もちろん友達として。
それで、素直、ね……コミュ障の私なので、そもそも男子に話しかけること自体、かなりハードル高い。まぁ、何の縁か――いや謀か、こうしてナゼか同行することになったし、努力はしてみようかな。
そう心中で呟くと、私は再びミスタースイマーの誘いに乗るのであった。おやしみ。




