表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
176/305

6-66 返却

 夕が帰るのを見送った後、俺は黙々と宿題をこなしていた。特にここ数日は勉強どころではなかったし、明日も外出ということで、今のうちに()まったタスクを消化しておかなければならない。

 ただそれは義務だからもあるが、特に今日は夕の話のいたる所で知識不足を痛感しており、少しでも頑張ろうという意気込みもあってのことだ。きっとそれは、どちらを選ぶとしても必要になってくるはずで……今の俺はただの無力な子供だが、努力すればあちらの俺のような(すご)いヤツに成れるはずなんだから。そう思えば、これまで漫然と事務的にこなしてきた勉強も、目的意識が芽生えてやる気も()いてくるというものである。

 そうして宿題が半分ほど片付いたところで、夕食を取ることにした。買い物だけの移動は効率が悪すぎるので明日の帰りに回した結果、我が家は相変わらず食材難……ということで、ご飯に味噌汁と漬物だけの質素なものだ。美味い昼食を腹いっぱい食べ、おやつまで出してもらったこともあるし、独り飯ならこれで充分である。

 続いて風呂を済ませ、身体を()いて着替えようとしたところで……


「しまったぁ……」


 替えが全く無い事を思い出す。洗剤を切らして昨日は洗濯できていなかった事を、すっかり忘れていた。それで携帯にメモまでして、部活の帰りに買って来るはずだったが……夕の一件でそれどころではなく、もちろん買えてなどいない。

 こうなれば、スーパーが閉まる前にダッシュで買いに行って……いや、せっかく風呂に入ったのに汗はかきたくないな。仕方ない、気休めに石鹸(せっけん)の欠片でも入れて回しておくとするか。

 そうして洗濯機を起動したものの、洗乾が終わるまでの二時間半をマッパで過ごす訳にもいかない。せめて何か代わりに履くものはないかと箪笥(たんす)を引くと……


「――え、なぜに?」


 なんとそこには、一着のトランクスが定位置に鎮座していた。昨日の段階では在庫ゼロだったはずだが、どういうことだろうか。全く意味が分からない。

 手に取って広げてみるが、間違いなく俺の物だ。まぁ、俺以外の物があったら恐怖でしかないが。


「オマエさん……どっから湧いてきよった?」


 あまりに不可解な状況に、物に語りかける怪しいヤツになってしまう。

 昨晩にはこの所定位置に無いことを確実に確認したので、絶対に思い違いではない。そうなると、誰かがここへ仕舞った事になり……とは言えヤスはすぐ帰ったし、夕しか……でもそんな事をする意味が全く無いし、そもそもナゼ持ってたんだ?

 そこで良く良く思い出してみると、昨晩はあると思っていた一枚が無く、今ここには一枚がある訳だから……夕は昨晩持ち帰ったこれを返したということ、なのか? それこそ一体何のために……――ハッ、まさか夕が俺のことを、その……好き、過ぎて、持って帰った……? ――いやいやいや、いくら何でも夕にそんな変態的な趣味はないだろ!? そうなると……。


 ――大君、それ以上考えちゃダメよ。


 え、お袋!? 急にどうした!?

 これは、無意識にナニカを察知した俺が、これ以上考えるなと引き止めているのだろうか。


「んなこと言っても気になるっての」


 ()の制止に構わず、昨晩の帰り際の夕の様子を思い返してみる。

 たしか……そう、犬に()えられた後、慌てて忘れ物を取りに家へ入って……そうか、あの時に持って行った? それでしばらくして戻って来た夕は、顔を赤らめて妙にソワソワしながら何かを(つぶや)いて…………………………え、まさかアイツ……履いて、帰った、のか?

 それに気付いてしまった瞬間、俺は手に持ったトランクスを取り落とす。


「バ、カ、かっっっ!!!」


 お前は何てものを置いていきやがったんだ! 持って帰ったなら、せめて……せめてそのまま捨ててくれや! こんなもん律儀に返されても、俺はどうしたらいいんだよ!?


「はあぁぁぁ……」


 こんなことをされては、心労マックスでため息も出るというものだ。

 これは今度会った時に問い詰めて――っていやいや、んなこと聞けるかい!

 にしても夕はナゼこんな意味不明なことを……。


 ――大地よ、進んではならぬ。


 え、親父まで!? 今そんなシリアスな状況なの!?

 だが俺は無視して突き進む。知らん、もはやヤケクソだ。

 それで単純に考えると、夕は履くものがなくて止む無く借りていった……のか? じゃぁ自分のはどうしたんだよ……そう考えた時に、夕が犬に驚いて腰を抜かしていたことに思い至る。


「あ」


 そこで俺は、あの時夕の身に起きた全てを悟ってしまった。


「夕……お前ってヤツは……」


 そうか、そんなに犬が怖かったのか……かわいそうに。

 そうとなれば、これは夕に言えないどころか、俺が真実を知った事すらも絶対に悟られてはいけない。夕の名誉を守るため、墓まで持っていく覚悟でいなければ! ……そういう意味でも、そのまま証拠隠滅しておいて欲しかったぜ。ほんと律儀な子だよ、まったく!


「それはそうと……コレ、どうするよ?」


 独り呟きつつ、床に落ちているブツを無気力に眺める。

 履く、という選択肢だけは絶対に無い。夕の事だし洗って返してくれているはずだが、それでも落ち着いて眠れる訳がない。マッパでいる方がまだマシだ。そもそも夕はよくぞ履いて帰ったもんだよ……まぁスカートだったし、無いよりはってやつなんかな。


「ええいもう!」


 俺の目の前に今一番必要な物があり、しかもそれは俺の私物であるにも関わらず、使用できないときた! 意味が分からない! 呪いのアイテムかよ!?

 もはや残されたのは捨てるの一択である。俺の精神衛生上やむを得ない苦肉の処置だ。まだ買ったばかりなのに、何てもったいない……どうしてこうなった!


ほらぁ、親の言う事を聞かないから……万一に夕ちゃんにバレたら、大変なことになりますよ?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ