6-65 先約
これで夕の大切なお話は一通り終わったようであり、二人で茶を啜りながらのリラックスモードに入っている。俺は今日一日にもらった膨大かつ濃い情報を整理しようと、ひとり黙考する中、
「――ねぇねぇ」
横からの呼び声と共に服をちょいちょいと引かれた。
「明日も午後から来ようと思うけど、パパの予定は?」
「えっ? ――あーその……すまんけど明日の午後は友達とバーベキューに行くんだ」
「あ……そう、なんだ……」
物凄く残念な顔をされてしまい、とても心苦しい……そりゃ俺の方も夕に会えるなら会いたいとは思うが、向こうが先約となれば致し方ない。それにドタキャンでもしようものなら、お友達のなーこに後で何されるか分かったものではない。
「もしかしてそれは……靖之さんと二人でとか? それだったらあたしも――」
「いや、他にも居るぞ?」
「うっそ!?」
これは、ヤス以外に友達なんて居るのかと暗に言われているのだろう。失礼な、とも多少は思うが、実際に数日前までそうだった訳で、張る見栄もない。
「…………ちなみに、その中に女の子は居るの?」
そこで夕はジトッと俺を見つめながら、低めの声でそう尋ねてきた。
「あー、手芸部から三人な。このイベントを企画したなー――一色という子と、会ったことは無いが沙也って子、それとひ――小澄が来るぞ。あと男子が――」
「んな、なななぁ!?」
夕は後ろ手を突いて仰け反ると、とんでもない事を聞いたとばかりに目を見開いて驚いている。
「……そんなに驚く事だったか?」
その過剰な反応に俺が困惑していると、
「(…………マズイわね)」
夕は気もそぞろにボソッとそう呟くと、苦々しそうに顔をしかめた。
「え、なにが?」
「あ、いや。なんでもないわよぉ~? オホホ」
あまりに挙動不審の夕に首を傾げざるを得ない。
「あーその……もし夕も来たければ、一色に聞いてみようか?」
「えっ、ほんと!? ――あ、いや、やっぱいいよ……」
一瞬表情を輝かせた夕であったが、すぐに眉尻を下げて断ってきた。
「別に遠慮せんでもいいぞ?」
「んー、あーほら、なんというか……全員知り合いならともかく、そんな中に入ってもお互いに気まずいかなぁと?」
「ん、それは……あるかも、かな」
夕の中身はどうあれ、小学生一人が高校生の輪の中には入り辛かろうな。正直なところ、俺自身が夕と一緒に行きたいなと思っての誘いだったが、本人が乗り気でないのなら仕方ない。
「ま、あたしはあたしで他にもすることができたから、気にしないで?」
「お、おう?」
この時代に来てそれほど経ってもいないようだし、何かとやるべきこともあるのだろう。それに、出会ってからのここ一週間は毎日顔を合わせているし、たまには良い――というか、どう考えても会いすぎだよな? 自由時間のほとんどを一緒に居るんじゃね?
「――っとと、あたし帰りに買い物しないといけないから、今日はこれでお暇するわね」
「ん、そうか」
夕の目線の先の壁時計を見れば十七時。この後に買い物をするとなれば、夕の活動可能時間的には帰らざるを得ないのだろう。
「今日は色々話を聞かせてくれて楽しかった。ありがとな」
「いえいえ、こっちこそありがとだよぉ。今朝は大変なことになっちゃったけど、午後は本当に楽しかったわ♪」
夕は嬉しそうに微笑むと、名残惜しそうにゆっくりと立ち上がる。そして「お着替えしてくるねー」と言いつつ、スカートを翻して茶の間を出て行った。
◇◆◆
しばらくして、夕が元の制服姿になって戻ってきた。
そこで俺は、そのまま帰ろうとする夕を呼び止めて、
「なぁ、もし大量に買い物するとかなら、手伝おうか?」
そう申し出てみた。それには、言葉通り手伝いたいという気持ちの他に、純粋に夕との買い物も楽しそうだという思いもある。
「ええっ! あの、その、たっ、大した買い物じゃないから、いいよっ!?」
だが、夕は妙に焦った様子で断ると、そのままスタスタと玄関の方へ歩いて行ってしまった。俺はその様子に首を傾げて後に続きつつ、男の俺が居ると買いにくい物もあるかもしれないよな、と先ほどの箪笥案件から思い至って納得した。
二人で玄関を出て門の前まで行くと、いつものように夕をお見送りする。
「そんじゃまた明日――じゃなかった、また明後日だな?」
夕のことだから、明日に会えないとなれば、明後日は絶対に会いに来るだろうとの予想だ。
「え? あ、うん。また明後日ねぇ~」
すると少し不思議そうな顔をしたが、すぐに笑顔に変わると手をフリフリ歩いて行った。
俺はその元気な姿が完全に視界から消えるまで、名残惜しい気持ちで眺め続ける。
夕とゆづの家に関して何もしてあげられない無力な俺だが、せめて目の届くところまでは、こうして見守ってあげたいと思うのだった。
挙動不審な夕ちゃんですねぇ。どうしたんですかねぇ。




