6-64 矛盾
「ということで、あたしのセルフネガキャン祭りはお終いよ。あとはパパの方でじっくり考えてちょうだいね?」
二つの問題の説明を終えると、夕は意外とサッパリとした様子でそう告げた。夕の中ではもう答えが決まっているから、なのだろうな。
「……ああ、分かった」
だがもちろん俺の方は、まだ頭がパンク状態であり、すぐに答えなんて出るわけもない。……夕は本当に素敵な子だし、もしこれが普通の女の子の話であれば、断るのは年下が絶対無理な人くらいだ――いや、本当は年上だし逆か……ヤヤコシイ。でも世の中そんな甘くはなく、眠り姫への行く手を阻むかのように、未来人ゆえの波乱万丈な茨の道が待ち受けており、さらには本来ならば救われるはずのゆづを救え――ん、ちょっと待てよ。
「おかしいぞ……」
「どったの?」
現状の問題を整理していたところ、一つ大きな矛盾にぶつかった。
「良く考えたらさ……すでに記憶の問題とやらで俺がゆづと会うことができない訳だし……仮に夕との関係がどう進んでも、どのみち引き取れないんじゃ?」
「あっ」
そこで夕は、うっかりしていたとばかりに大きく口を開けると、
「そう、よね。言ってなかったもんね……」
頬を掻いてバツの悪そうにそう言った。
この様子からして、何か重大な説明忘れが――ってそうか……俺は重要なことを確認していなかったのだ。……いや違うか。直感で言いしれぬ不安を感じ、無意識に考えないように避けていたのかもしれない。
そして、その不安の理由をたった今理解した。夕はこれを選択と認識していた以上は、夕を選ばなければゆづを救えるということだ。つまり、そのとき夕はゆづの中から居なくなる……それは未来へ帰るということか、もしくは最悪の場合には……死を意味しているのではないか。
「私が選ばれなかったときの話、しておくね」
「いや、その……」
案の定とその話が始まり、俺の中に知ってしまう事への恐怖が膨れ上がる。
「もしそうなった時、私は……」
「待っ――」
心の準備もままならない俺は、続く言葉を遮ろうとするが、
「かえるよ」
夕は腰元の懐中時計に視線を落として、小さな声でそう告げた。
続いて夕は、その金の裏蓋をゆっくりと開く。その中には、赤色と青色の錠剤が一つずつ入っていた。
そして夕は青色の方を摘んで取り出し、それをじっと見つめながら、
「これをのんで、かえるよ」
淡々とそう言った。
「そっ、そうなのか……未来へ帰る方法があったんだな。――ふぅ、なんだか少し安心したぞ……」
その仕組みは全く分からないが、それは夕の記憶や魂を元の世界に戻す薬なんだろう。いま想像した最悪の展開にはならないということで、まずはホッと胸を撫で下ろす。
「だからそのときは」
そこで夕は蒼黒の瞳を閉じると、
「ゆづを助けてあげてくださいね」
ゆっくりとそう囁いた。その声はどこまでも優しく、そして悲しげであった。
「っ………………ああ」
未来へ帰れるとは言っても、これほどの決意で抱いた目的を果たせないということであり、夕にとってそれは本当に辛いことだ。そして、夕の心は決まっているとなれば、あとは俺の選択にかかっている。
「俺は……」
まるで俺の背に、見えない重いものがズンとのしかかっているように感じ、思わず拳を握り奥歯を噛み締めてしまう。
「――はいっ! この話はこれでもーおしまい!」
「え?」
そこで夕は顔を上げてパンと柏手を打ち、重苦しい空気を吹き飛ばしてきた。
「パパとあたしの幸せについて考えてるのに、こんな暗い顔してたら幸せも逃げちゃうってもんだわっ!」
「っ! ――ははっ、それもそうだな」
そうしていつもの明るい表情に戻った夕に、俺は大きく頷いて答える。
どのような選択をするとしても、暗い気持ちを抱えたままでは輝ける未来なんて無いって訳だろう。この選択でどちらかが死ぬような――あの残酷なお話とは違うのだから、もっと前向きな気持ちでいないとダメだよな。それに、幸いにも夕は答えを急かさないと言ってくれてるんだし、肝心の俺が焦りまくってどうするよ。
「(ありがとな)」
そして俺は、その夕の深い気遣いに小さな声でそう呟くのだった。
彼女のことを良く理解していただいている皆様が、胃を痛めておられないか心配でございます。
このシリアスシーンで深手を追ってしまわれましたら、異世界ハピスパの方で糖分補給して治療されることをオススメいたします。




