6-60 遊戯(5)
気を取り直してスタートボタンを押そうとしたところで、
「ねぇねぇ」
夕が声を掛けてきたので、その手を止めて横を見る。
「このスターとケンイチってさ……あたしたちに似てない?」
「……え?」
画面のキャラ達に目を移してみると、たしかに名前・年齢・性別・背格好・声など、かなり俺達に近いと言える。
「そう、かもな? でもそれがどうかした?」
「んや、ゲーム上ではあるけど、あたしたちが戦ってるみたいで面白いよねぇってね?」
「ふーん。たしかにな」
一種のロールプレイみたいなもので、そういう楽しみ方もあるかもしれないな。
これで夕の話も終わったようなので、今度こそボタンを押して再開する。
残念ながら左端からリスタートの憂き目となった俺は、また遠距離魔法の隙をついて少しずつ前進して行く。つまり俺がやることは先ほどと変わらないのだが、そこで……
「『しゅ~てぃんぐすたぁ~☆』」
キャラボイスと重なるように、夕がアニメ声で副音声詠唱してくるというね。
「『とりっくはぁ~と☆』からのぉ、『らいとしゃわぁ~☆』」
夕が楽しそうなのは大いに結構なのだが……さっきのロールプレイの話もあって、どうにも画面内のスターが夕に見えてくるというか、不思議な気分になってくる。
そうしてアテレコ付き魔法の嵐を掻い潜っていき、ついに俺の攻撃が届く範囲まで辿り着いた。
今度はこちらの番だとばかりに回し蹴りを浴びせ、さらにコンボを繋げようとするが、
「『いたぁい』」
「ごめ――じゃなかった!」
つい現実の夕と重なって一瞬手が止まり、動きが途切れてしまう。
「うふっ、『うぃんどすとら~いく☆』」
その隙に風のノックバック技を打たれて、またもや左端へと吹き飛ばされてしまった。
「あらあら、どうしたのぉ?」
「ぐぬぬぬ……」
くっそぉ、これも明らかな妨害行為だが、アテレコしているだけで俺の身体に直接攻撃はしてないから約束は守っている……ええい、マジで何でもアリで来やがるな!
俺は三度目の正直と近付きつつ、スター=夕の幻想をぶち壊さんと気を強く持とうとするが、CV夕の魔法をバカスカ打たれてしまい上手くいかない。
そうしてやっとこさ間合いに入った頃には、これまでの地道な削りでゲージが残り半分となっていた。まるで初心者がスターと戦った時のような無残な状態であり、何とも不甲斐ないことだが……近づいてしまえば向こうに勝ち目はない、ここから反撃開始だ!
「さて、捕まえてやるぜ」
「や~ん、襲われちゃう~♪」
全く緊迫感の無い呑気な声を上げる夕ではあるが、傍から見ればまるで幼女を攫いに来た悪漢じゃないか。解せぬ。
そこで夕はまたノックバック技を出そうとするが、
「させん!」
俺は突進技で目の前に飛び出すと、モーションキャンセルして「掴み技」を仕掛ける。
ここで通常ならば、ガード以外ではまた吹き飛ばされてしまうところだが……目の前のスターから放たれようとしていた風魔法は突然停止し、無事に掴みが成功した。
そう、対ケンイチの相性を最悪としている最大の要因がこれで、最接近時に掴みコマンドを入れると問答無用で成功する――というのもスターが自ら抱きついてくるのだ。それはケンイチに恋している設定のためらしいが……ストーリーはともかく、ナゼ対戦にまで恋愛要素入れた!? と全プレイヤーから総ツッコミ必至のアホ仕様なのである。さらには、ケンイチに投げられると「わ~い☆」と嬉しそうに反対端まで飛んでいくのだが、なぜかゲージが半分も削れる。つまり、接近がなかなか大変ではあるものの、たった二回投げるだけで勝てることになり、よほど技量差がなければ負けないのだ。
そして俺は、意気揚々と掴んだ夕の身体――じゃなくてスターの身体を投げようとコマンド入力する寸前に……
「――えっち」
「なぁっ!?」
凶悪極まりない口撃を受けて指が滑り、まさかの入力ミスをしてしまった!
これはめちゃくちゃマズイ……というのも、事は投げられなかっただけでは済まないのである。
「『ばかぁ!』」
怒ったスターが自動発動の平手打ちを食らわせると、ケンイチの頭上にピヨピヨとひよこが舞い、行動不能状態にされる。通常は投げ技の入力を失敗しても掴みを解くだけなので、これはスター対ケンイチだけの特殊仕様であり、掴み関連の極悪デメリットに対するせめてもの救済措置なのだろう。ただ、普通は投げ技の入力なんて失敗しないので、日の目を見ることはまずないが。
そういう訳で、先ほどのアレはこれを狙ってのピンポイント口撃であり、ここまでの会話やアテレコもそれを成功されるための布石だったのだ。――ほんっとぉぉぉに、何でもアリだなぁちきしょうめ!
「『いっくよぉ~☆』」
平手打ちに続き、夕は掛け声と共に超必殺技を入力し始める。これは十字キー三回転の後に発動時間まであるため通常はまず当たらないが、現在のケンイチはスタン中なので狙い時なのだ。そして、今の残りゲージで食らうとほぼ全部持っていかれる大技なので、俺は心底焦りながらもスタンが解けるのをじっと待つしかない。
一回転――ケンイチの背後にスターの分身が現れる。上にはまだピヨピヨひよこ。
二回転――ケンイチの真上に二体目の分身が現れる。――くっ、スタンさえしていなければ、こんなのとっくに避けているのに!
三回転――三人のスターから赤白黄の紐がケンイチに向かって伸び始める。これに捕まると被弾が確定してしまう……ええい、まだ解けないのか! たった四秒のスタン時間が物凄く長く感じる!
紐が迫る中、スタン解除まで残り半秒くらい――ギリギリ間に合うか……? だがそこで、
「(……どうかよけないで)」
夕の呟きが薄っすらと聞こえ、一瞬手を止めてしまう。
「――しまった!」「え、うそ……?」
その一瞬の躊躇が明暗を分け、ケンイチは三本の紐でガッチリと拘束されてしまった。こうなってしまえば絶対に解除できないので、技の発動をただ眺めているしかないが……まだ際どくゲージが残る可能性はあるので諦めてはいけない。
スター達は結んだ紐を引くようにして、左・右・上の三方向からケンイチに飛び込む。
そして三人は螺旋状にグルグル回りながら、ケンイチと共にゆっくりと浮上していき……
「『とらいらゔ~さいくろ~ん☆』」
ラストは夕を含めた四重詠唱と共に、上空でハート型の大爆発が発生する。
すぐさまゲージが物凄いで減っていき、俺は少しでも残れと祈ってみるが……
『KO!』
「ダメかぁ!」「いえぇ~い♪」
無情にも全部削り取られてしまった。
そして画面にはこの技で勝利した時だけの特殊演出が流れ、三人のスター達が倒れたケンイチを頭上に持ち上げると、宙に開いたハート型亜空間にわっせわっせとお持ち帰りしていく。この細部まで凝った作り込みからして、製作スタッフはこの二人に深い思い入れでもあるのだろうか。
「ぐぬぅぅ……まさか本当にスター相手で負けるなんてなぁ」
しかも僅差どころか、夕のゲージは一割も減っていないという大敗も大敗だ。
「にっしっし~。どぉ、どぉ? あたしのスターちゃん、とっても強いでしょぉ?」
本当に嬉しそうなドヤ顔をし、両手を腰に胸を張る夕。
「んむ、ここまで使いこなすとは大したもんだ。まぁ色々ズルい手も使われたが、こうも完璧にやられたら文句言う気もなくなったぞ」
そもそも夕の技量がここまで高くなければ、多少ズルされたところで負けることなどない相性だし、ここは純粋に称賛を贈ろうではないか――――まぁ普通に悔しいけどな!
「えへへ~。………………でも、最後はどうして?」
そこで夕は急に真面目な顔になると、不思議そうに問いかけてくる。
「ん? ――あぁ」
僅かにスタンが解ける方が早かったので、なぜ避けなかったのかということだろう。
「ん、それは……」
最後の呟きはそれまでの妨害口撃とは違い、何というか……真摯な祈りに近い雰囲気を感じた。それで俺は、夕がキャラだけでなく、この技にも自分の想いを重ねているように思えて……ゲームの中でくらい、と一瞬躊躇してしまったのだ。とはいえ、んなこと気恥ずかしくて言い辛いな。
「あ、そっか……聞こえてたんだぁ…………うぅ~、これはちょっち恥ずかしいなっ!」
うっかり心の声が漏れてしまったけど、小さくて聞こえていないと思っていたようだ。それでこの照れて少し赤くなった様子からして、予想は当たっているのかもしれないな。
「――ふふっ、やっぱり優しいんだぁ。……ありがとね」
「ははっ、そんな礼を言われることじゃないっての」
「それでもいーの。あたしが嬉しかったからぁ、ね?」
そう言って微笑む夕に、軽く頷き返す。
「……んじゃ、ゲーム大会もそろそろお開きにしよっか。とっても楽しかったわ、またやろうね!」
「ああ、こんな熱い戦いは久しぶりで、俺も楽しかったぜ。……でも次は負けんぞ?」
「ふっふーん、それはどぉかなぁ? またスターちゃんでぼっこぼこにしちゃうぞぉ~、なぁんてね。うふふ♪」
「お、言うねぇ」
そうして二人で笑い合いながら、スーハミの電源を切るのであった。
このエピソードにはちょっとした伏線がございます。遥か遠いエンディングを迎えた後にもう一度読まれると、感慨深いかもしれません。




