6-60 遊戯(4)
そうして思い返してみたものの……うむ、どう考えても俺が悪いやつだ。初プレイのゲームでいきなり無限コンボをくらったら、そりゃ怒って当然だよな。
「ほんとゴメンって」
「ふんっだ」
謝ってはみるものの、夕は素気なくそっぽを向いてしまう。
「もうしないから機嫌直してくれよ。――あーほら、何か埋め合わせするからさ?」
「…………………………はぁ~」
そこで夕は呆れの溜息をついてこちらに向き直り、少しだけ口元を緩める。
「じゃぁ次の一回は、あたしも何でもアリでいいよね?」
「ん? もちろん何でもどうぞ」
そのくらいで機嫌を直してくれるなら、お安いもんだ。――それはそうと、まだ隠し玉を持ってたのかよ……。
「……いま確かに何でもって言ったわね?」
「お、おう」
俺の訝しがりながらの再承諾を聞くや否や、
「にひっ♪」
なんと夕は口端をにまっと釣り上げて、イタズラっ娘のような笑い声を漏らす。
「え……」
これはもしや罠だった、のか? もちろん最初は間違いなく怒っていたとは思うが、途中からは怒ったフリをしていて、こうして俺の言質を取る作戦だったのかもしれない。
「さぁーて、さっそく再戦――の前にキャラチェンよぉ~♪」
夕はよほどの奥の手があるのか、ウキウキと画面をキャラ選択に戻していく。完全に機嫌が回復したのはありがたいことだが……その奥の手に凄く嫌な予感がするんだよなぁ。
「そいじゃ、パパはケンイチにしてね」
「ん、了解」
恐らくこれも「何でもアリ」の条件に含まれているのだろうから、素直に従っておく。夕が指定してきたケンイチは作中唯一の日本人キャラであり、精悍で寡黙な青年格闘家だ。俺はどれも満遍なく使えるが、どちらかと言えば得意なキャラだと思う。
「で、あたしはスターちゃんね」
「え……ほんとにいいのか?」
夕が選んだのは「スパイラル☆スター」という魔法少女なのだが、とにかく癖の強い技が多いため、見た目のファンシーさにそぐわず完全玄人向けキャラだ。ただ、俺が気にしたのはその使い辛さではなく、ケンイチとの相性が最悪なことである。それは近い技量同士ではまず勝てないレベルの相性であり、もし先にスターを選んだ相手に対してケンイチを選ぼうものなら、「私弱いのでハンデ下さい」と言っているのと変わらない。ついでに言っておくと、スターで進めるストーリーのラスボスがケンイチになるのだが、ぶっちゃけ裏ラスボスの闘王より百倍キツイ。
「このパパの反応からして、無印でもアノ仕様と……ならむしろ好都合よ。――ふっふっふ、あたしのスターちゃんでぼっこぼこにしてあげるわね♪」
「まじかよ」
相性を分かった上で、ネタでもなく本気で勝ちに来るらしい。よほどこのキャラを使いこなしているのか、もしくは思い入れでもあるのか……まぁ同じ女の子として親近感があるのかもな。そういや名前も星で似てるし。
キャラを変更したので、まずは恒例の練習モードで技確認タイムとなった。だが続編とそれほど違いもないのか、インド人の時より短い時間で夕の手が止まる。
それで本戦モードに移るかと思いきや……夕は突然立ち上がると、どういうことか俺の右後ろに移動してきた。
「……どうした?」
「えーと、この方がやりやすい?」
「そ、そうなのか……なんか変わってんな」
まぁプレイスタイルは人それぞれだから、立っている方が実力を発揮できる人も中には居るだろう。
今度こそ夕の準備が整ったということで、いよいよ本戦モードのボタンを押す。
『ファイッ!』
開幕早々に、夕は定石通りに遠距離攻撃を連発してきた。このスターは魔法による中~遠距離技やノックバック技を得意としているが、一方で近距離技が極少ないため、とにかく敵を近付かせないことが勝利の鍵――どころか対ケンイチ戦ではとある仕様から必須レベルなのだ。
それで俺は遠距離技でチマチマ削られつつも、上手くガードやバックステップなどを挟みつつ徐々に近づいていく。ここまで接近できれば、あとはノックバック技にだけ注意したら良いだけだが、
「きゃ~、こないでぇ~♪」
なぜか夕は緊迫感の無い余裕の声を出している。
不思議に思いつつも間合いを詰めていったところで……
ふぅ~っ
「のわあぁぁ!」
突如右耳に息を吹きかけられ、驚いて手を止めてしまう。
「スキありぃ」
それで一瞬棒立ちになったところを、強力なノックバック技で左端まで吹っ飛ばされてしまった。つまり、まだ夕のゲージを一ミリも削れていない状態で、振り出しに戻されたということだ。
「おいまて! それはヒドイだろ!」
そこで俺は停止ボタンを押すと、夕の蛮行に文句をぶつける。
「さっきの『やりやすい』ってのは、妨害がやりやすいって意味かよ!?」
いやいやまさか、右後ろに立っていたのはこんな事のためとはな。
「あら~なんのことかしらぁ~? きっと隙間風でも吹いてきちゃったのね?」
「……」
じとっと見つめてやると、夕は吹けない口笛をふすふす鳴らしながら、よそを向いて素知らぬ顔をしている。唇の隙間を通った隙間風とでもこじつける気か?
「はぁ……何でもとは言ったが、ゲーム外からの攻撃はさすがにダメだろ」
とはいえ俺も大概のことをしたので、強く文句を言い辛いところ。
「今後は俺の身体に直接何かするのは無しで頼む」
「はぁ~い♪」
軽い返事に不安を拭えないところはあるが、夕は右隣の座布団に戻ってしっかりと座り込んだので、同じ手口の妨害攻撃は来ない……と思いたい。振り出しに戻されはしたが、まだゲージはそこまで削られてもいないので、ここからが本番だな!
夕ちゃんの理不尽な反撃が大地君を襲う! 羨ましいね!




