6-56 私服 ※挿絵付
少し経ったところで、夕が階段を降りてくる音が聞こえてきた。上では着替えてから行くと言っていたが、果たして夕はどんな服装を選んだのだろうか。これまでに制服姿以外を見たことがないので全く予想もつかないが……サイズの問題があるから、順当にいくと年相応の子供服かな? うん、なんだか楽しみになってきたぞ。
――とはいえ逆に心配もひとつ……歌や絵が壊滅的なことを考えると芸術的センスが無いことになり、近い能力と思われるファッションセンスの方は大丈夫なのだろうか…… ――よしっ、もしとんでもない格好で来ても、驚かずにしっかりフォローしてあげよう。さっきの絵のときの失敗を活かすのだ!
そうして期待と少しの不安を胸に、開いた茶の間の戸を座して見つめていると……廊下の奥からトットッと駆ける音に混ざって「おまたせー」と声が届く。
そして入り口の近くで一瞬足音が止まると、
「じゃっじゃーん!」
元気な掛け声と共に夕が飛び出し、その場でくるっと一回転して軽やかにスカートを翻らせる。次いで回り終わりには、左手を肩付近まで上げて右手でスカートの裾を持ったキメポーズを取ると、極めつけに小首を傾げてにこっと笑顔を向けてきた。
「!?」
やっば……うちの娘、可愛すぎでは? ――じゃねぇ、俺は親バカかよ! それでえーと、最後のキメポーズはこのために練習してきたのかな……などと余計なことを考えてひとまず動揺を抑えてみる。
「ほいっ! やぁっ! よっとぉ!」
目の前の夕は、「隅々まで見てね!」と言わんばかりに立ち姿をコロコロと変えてくれており、その様子はプライベートファッションショーと言ったところだ。……でもその面白い掛け声は要らないかなぁ。
それで少し落ち着いてきた俺は、不躾にならない程度に眺めてみると……黒地で襟と肩が豪華フリルになった半袖中着に、群青に白チェック柄のワンピースから胸元と肩を大きく切り取った名称不明の上着を重ねた装いである。また、アクセサリーとしていつもの懐中時計を首から下げているのだが、それが暗色の生地を背景として満月のように柔らかな輝きを放っており、実に素晴らしいアクセントとなっている。
それらはサイズからすると子供服には違いないが、中身が聡明なお姉さんなことや、今はサイドツインテールを下ろしていることもあって、とても大人びて洗練された服装に見えてくる。さらに夕の堂々とした立ち姿と相まってお嬢様然とした上品な雰囲気を醸し出しており、例えば俺が通っていた平凡な小学校にでも転校してこようものなら、それこそ男女問わず大変な大騒ぎになるだろう。
――いやぁ、ついさっきは夕のファッションセンスを心配してみたが……全くもってとんでもない、あまりに失礼な話だったわ。そもそも夕の造形自体がとても整っているので、何を着ても似合ってしまうのかもしれないが。
「…………どっ、どぉ?」
俺が長々と脳内審査会を開催しているうちに、いつの間にか夕の動きは止まっており、少し緊張した面持ちで感想を聞いてきた。
「………………か――良いんじゃ、ない?」
率直に言って物凄く可愛いと思ったものの、気恥ずかしさから雑な感想になってしまった。正直に伝えるのは……うむ、まだ俺にはハードルが高すぎるようだ。
「う、ん。ありがとね?」
一応は褒められたと思ってくれたのか、嬉しそうにはしているものの……やはりどこか残念そうな様子でもある。
それを見て俺は、せっかくこうして気合を入れて着替えて見せてくれたのに、これでは少々申し訳ないなと思い……
「えーと、その…………に、似合ってる、と思う」
そっぽを向きながらではあるが、追加の感想を言ってみる。可愛い可愛くないよりかは客観的な感想だと思うので、ギリギリ頑張れたところではある。
「!? そ、そう! やったぁ♪」
これでも充分に及第点だったらしく、今度の夕は純度百%の喜びの表情で両手を挙げると、ぴょぴょんと跳ねながら定位置の座布団に座り込んだ。その拍子にスカートの裾がぶわっと円状に大きく広がったので、夕は「ぉとと」と言って膝周りによせよせしている。
「くくっ」
「ん?」
じっとしてれば上品なお嬢様なんだけど、動き出すとお転婆娘というかなんというか……まぁそれが夕らしくていいんだけどな。
「いや、なんでもねぇ」
「うん……?」
夕は目をパチクリさせて、不思議そうに首を傾げる。
「にしても、随分と気合い入ってんなぁ」
「うん、パパに見せるために頑張って選んでみた! ……でも、もちろん未来と身体が全然違うし、それと通販だから試着して買えてもないしで、似合ってるのかちょっと心配だったんだぁ」
「あぁ、なるほど。そりゃそうだよな」
俺もいきなり十年前の姿になったら、何を着てもしっくり来ないだろうな。そうは言っても、俺の場合はファッションに特別こだわりがある訳でもないし、結局気にしないとは思うけど。
「まだまだいろんな服を買ってあるから、次も楽しみにしててね?」
「おう」
色々な格好の夕を見られるのは、純粋にとても楽しみだ。きっと何を着ても似合うのだろうからな。
「そう、例えば……お出かけデートの時とかに? にしし♪」
「なっ!」
待て待て、楽しみとか言ってる場合じゃなかったぞ。そういやさっき、攻略のための軍資金って言ってたもんなぁ……実に勤勉なロウ活生なことだぜ、まったくよ。
「――あっそだ。そのときはもっとダイタンなのにしよっかなぁ~、なぁんてね?」
「おいばかっ!」
そのダイタンな服とやらがどんなものかは知らないが、外で他人になんか見せて欲しくない――っていやいや、俺の前でも良くないぞ?
「どうかおとなしいヤツでお願いします……」
「ふふっ、善処することを前向きに検討しておきまぁ~す♪」
その全く当てにならない返答に、俺は眉間を摘んでため息をつくのだった。
その心で長々と考えてたことを、言ってあげましょうね! ヤレヤレです。




