3-01 泥棒
窓から差し込む穏やかな陽光に包まれ、清々しい気持ちで目を覚ましたところで、ふと違和感を覚えた。それは何だろうかと寝起きの頭で考えれば……ああそうか、目覚ましが鳴っていない。
それでついに天寿を全うされたのかと時計を確認すれば、カチカチとご存命を知らせる針達が七時を指しており……なるほど、鳴るまでまだ十五分あった訳だ。俺は基本的に目覚まし無しで起きる事はなく、昨晩特別早く寝たわけでもないのだが、そういう事もたまにはあるだろう。
そう納得しかけた時──
「!?」
まるでフライパンでも落っことしたような、重い金属音が階下から聞こえた。この家には当然俺しか居ないので……泥棒? それにしては朝早くから精の出る事だと褒めてやりたいが、どう考えても外出時か深夜に来るのが正解だろう。
ひとまず部屋の外に出ると、足音を忍ばせて階下に降りる。それにしても、最近足音を忍ばせてばっかだなぁ、ナゼ自分の家でコソコソ歩かにゃならんのだ。
一階に降りたところで耳を澄ませば、台所から物音がしており、どうやら泥棒は台所でお仕事中のようだ。そうなれば先ほどの金属音は、フライパンを落とした音で間違いないだろう。そもそも、台所に金目の物なんてあるのか? 金物なら沢山あるけどさ。
台所のドアに近づくと、小柄な泥棒の姿がすりガラスにぼんやりと映り込むのが見える。このような時間に強襲してきた事を考えると知能派とは考えにくく、それでいてこの体躯、果たしてこれで泥棒稼業が勤まるのだろうか。
台所が明るいため自陣は影側で、敵陣からは見えないはず……と見に徹していると、向こうからドアが開き始めた。俺はすかさず、開く側の壁に背を寄せてドアの陰に隠れると、泥棒が出てきた所を後ろから取り押さえにかかる。
「せいっ」
後ろから小柄な泥棒の首に左腕を巻き付け、同時に両腕と胴体を右手で捕えて無力化に成功――ん? やたらと柔らかく、筋肉ゼロだ。あとどういうことか、台所から味噌汁の匂いが漂ってくる……よほど腹が減っていたのか?
俺が疑問符を浮かべていると、泥棒が足をじたばたさせて暴れだす。
「だ、だれぇ? 放してぇぇ……ぱ、ぱぱぁ、助けて……」
女……の子? 既視感――いや、既聴感? を覚えて顔を覗き込んでみると、丸っこい眼とばっちり視線が合う。イエス、不思議ちゃん。すると少女は驚いて目を見開くと、すぐに抵抗を止めて大人しくなった。泥棒ではなさそうなので、リリース。
「ふうぅ、なぁんだパパかぁ。びっくりさせないでよ、泥棒かと思ったじゃない! まったくもぉ~、イタズラしちゃだめよ?」
少女は口を尖らせて、驚かされた事に文句を言ってくるが……待て待て、それはお前が言う台詞じゃないよね? 泥棒はそっちだよね?
「あ、でもちゃんと起きたみたいね。今もっかい起こしに行こうとしてたとこよ」
少女はすぐに笑顔になると、俺が起きてきた事に満足げにしている。そうか、俺はこいつに起こされて目が覚めたのか。
「またお前かよ……」
連日連夜の強襲に呆れるしかない……朝っぱらから頭が痛いぜ。
「――っておい、お前どっから入ってきたんだ?」
疑問は山程あるが、まずはこれからだ。もし防犯上の穴があるなら、至急対処せねばなるまい……吉田さんを天井に配置するとか。
「どっからって、そんなの玄関からに決まってるじゃないの」
さらに少女は、「人は玄関から入るものよ、そう、そこに玄関がある限り」と訳の分からない事を呟いている。……そうじゃない、そういう意味じゃないんだよ……わっかんないかなぁ?
「鍵はどうした鍵は!」
「合鍵置き場にちゃんとあったわよ?」
合鍵……数ある庭石のひとつの下に隠してあり、普通は容易に見つけられる場所ではない。この子が名探偵ならいざ知らず。
「あ、きちんと元の場所に戻してあるからね」
ご丁寧にどうも――っじゃなくて!
「んなこたぁ聞いてない! ナゼ場所が分かった?」
「え、だってあそこが隠し場所だよって昔教えてくれたじゃない? パパったら忘れんぼさんね♪」
「……昔?」
当然そのような記憶はない訳で、つまりまた不思議ちゃんの妄言だ。実際は、隠しているところを偶然見られていたか、もしくは物探しが途轍もなく上手い子なのだろう。何にせよ隠し場所を変えねばならない……あーもう、面倒くさい!
「そんなことより早く朝ご飯食べましょっ。冷めちゃうわ。お手伝いよろしくねん」
少女はそう言ってエプロンの裾をひらひらさせて台所に入ると、作った料理の皿を取って茶の間へと運んでいく。条件反射のようにこちらも合わせて運ぼうとしたところで、ハッと気付いて当然の疑問を口にする。
「――いやいや! お前何しにきたんだ!?」
「何しにって言われたら、昨日の恩を返しに、という建前でパパに逢いに来た、かな? でもまさか、いきなり抱っこしてもらえるとは思わなかったけどね。朝からあたしは果報者だわ♪」
やはり二兎は分けて追うべきなのよ、と実に嬉しそうに頷いておられる。あの捕獲劇を抱っこと解釈できるとは、一周回って感心する。
「これは立派な不法侵入だからな? 木に登って俺んちを覗き見てたことといい、親はどういう教育してやがる。顔を見てみたいぞまったく」
法を理解しているかは分からないが、この歳にしてはずいぶんと賢いお子様のようなので、ものは試しと言ってみた。
「鏡なら洗面所にあるよ。教育は、そうねぇ、小さい頃はまともに受けてないけど……パパからは大切な事をいっぱい教えてもらったよ? あとあたしはこの家の家人にあたるわけだし、不法侵入にはならないと思うんだけどなぁ」
だめだぁぁ、ぜんっぜん会話が成り立たねぇぇ! 律儀に全部答えてくれてはいるようなのだが、悲しくも一つとしてまともに噛み合っていない。まったく、朝からどれだけ気力を消耗させる気なんだ、こいつはよ!
完全に押しかけ幼な妻ですね。




