６－１５ 挑発 ※挿絵付
一色はロリコン疑惑そのものに対してではなく、何やら「一途でないこと」に怒りを覚えている様子だが、それが具体的にどういう事なのか想像がつかない。
「……なんで突然そんな話を？」
「ん～？ べつにぃ～？」
ダメ元で聞いてはみたものの、一色は明後日の方を向いて曖昧な答えを返すのみ。こういう場面で「別にー？」と答えるヤツは、どう考えても言いたいことがあるはずだし、そもそも一色が仲良く雑談するためだけに話しかけてくる訳もない。一色の洞察力なら、俺がそう考えることもお見通しなはずなので、つまりは「あたしが何に怒ってるのかくらい察しなさい」と暗に言っているのだろう。これが噂に聞く、彼氏を困らせるセリフナンバーワン……当てても怒りは収まらないのに、外せば怒りが百倍になると言う、ハイリスクノーリターンの理不尽な問い。
それで、真意か…………ロリコンは可だが一途が重要……つまり怒りの原因は俺が一途でない──浮気性、ってこと？ あと、一色が怒るのは基本的にひなたのこと……んん、もしかして一途の対象は夕ではなく――ああっ、そういうこと！？ それでさっき会話を引用し、身に覚えがあるのだろうからこれで察しろ、と……ええい、なんて面倒くさい子なんだ！
「はぁ、なんか勘違いしてるようだな」
「はぇ？」
「ひなたは、ただの友達だ。お前が想像してるような仲じゃねぇよ」
一色が聞きたかったであろう核心を、ハッキリと言ってやった。これで納得してくれるかは分からないが、不毛な裏読み合戦を続けるよりは、よほど建設的に話が進むだろう。そう思いきや……
「っあ！？ 『ひなた』ねぇ！？ …………………………三人も手を出しておいて良く言う」
「ええぇ！？」
もはや一色は怒りを隠そうともせず、呪い殺さんとばかりに俺を睨みつけると、おまけに妙なことまで呟いてきた。普段の陽気な口調は完全に消え、心の底から激怒しているヤバイ状態──大魔王の最終進化形態だ。なんやかやで相手は死ぬ。
取り急ぎ呟きを意訳すると、「あたしのひ～ちゃんに三股かけるとか殺されたいのかなぁ？」あたりかとは思うが、夕とひなたで二人では――あ、どっちもそういう関係じゃないけどさ！？
これはどう考えても、何かが致命的に食い違っている。一色ともあろう者が、一体何を読み違えてその結論に至ったのかは分からないが……とにかく早急に誤解を解かないと、魔王お手製インスタント屍が三秒クッキングだ。
「待て待て、三人ってのは？」
「は？ ……あはは～、こっすも君ったらぁ～、冗談おじょーずぅ～かなかなぁ～？」
京都人のように解釈すれば、「しょうもない冗談言って白ばっくれるなら……コロスヨ？ アハハハハ」……あ、俺死んだかも。
「いや、マジでわか――」
「て～こ～とぉ～は～？ い～っつも女の子に～声かけまくりぃ～？ へぇ。…………多すぎてぇ～どの三人かわかんなぁ～い？ やっだぁ～、もぉさいってぇ～あはははぁ～………………そう」
ヤバイヤバイ、勘違いがどんどん悪化してないかなぁ！？ そんで陽気な声に不協和音のように混ざってくる低音でドスの効いた素の声が、どちゃくそ恐怖を煽ってきやがる！ 無造作に腰元のスパナで殴られてもおかしくない雰囲気なんだが！？ もう震えが止まらないぞ！
「な、なな、なんでそうなるんだよ！ 何か誤解してるって！ 落ち着いてくれ！」
「まだぁ～、そんなこと言うんだぁ～？ ………………これでも怒らないと。へええ」
「え？」
一色は目元をひくつかせており、怒りに加えて苛立ちも混ざったように感じる。どうやら白ばっくれていると思われているようだが、今回は本当に隠し事も無く、三人目の見当も全く付かない。一色の洞察力ならば、俺の困惑具合からそのくらい察せられるだろうに――あっ、ひょっとして一色のやつ、激しい怒りでいつもの冷静さが無くなってるのか？ 暴走魔王なの？ 全てを灰燼に帰すまで止まらないヤツ？
「ふ～ん………………」
うわまた出たよ、演算タイム！ 超必殺技の発動モーションが見えてるのに、回避もガードもしようがないという、絶望の間だ。せめて先に言い訳しとくか……焼け石に水、超必に弱パンってとこだが。
「お前が見た今朝の件だって、いろいろ訳ありで――」
「へぇ！ わ・け・あ・りぃ！？」
俺の言い分を遮った一色は、どす黒い感情を全身から溢れさせてこう続けた。
「とゆ～かさぁ～？ 宇宙君も～、あんなのに声かけるとかぁ～、センスないよねぇ～？ あんな見た目だけカワイコですぅ～とかないわぁ～、ムリムリ～」
「……は？」
「ど～せぇ～、いっつも周りの男子からちやほやされて～、調子にのってるんじゃないのぉ～？ 威勢がいいのはぁ～最初だけぇ？ いざとなったらぁ～、怖くてぷるぷる震えて泣いちゃうのぉ～？ ぷぷぷ～」
「……おい」
「宇宙君だってぇ～分かってるよねぇ～？ アレは中身なんてどうせろくな――」
バンッ！
気付けば拳で壁を叩き、一色を睨みつけていた。
一色は驚きのあまり目を丸くして、口を開いたまま固まっている。
コイツもこんな表情することあるんだな。どうでも良いが。
「驚かせてしまったことは、すまん」
拳をきつく握りしめて、今にも吹き出しそうな黒いものを押さえ、冷静になろうと努める。同じ土俵になんて乗ってやらない。
「教室での話は聞いてたんだよな？ 賢いお前なら言っていいことの区別くらいつくと思ってたが、とんだ思い違いだったな」
「……え？」
「俺はもう行くし、さっさと失せろ。それで金輪際、俺に話しかけるな」
こいつの前に一秒でも居たく無かったので、静かにそう告げて踵を返す。
以前にひなたにした時の悪意百倍版というところで、俺から情報を引き出すための挑発だとは分かっていても……これは耐えられなかった。これまでは俺に非があったので何とでも好きに言えば良いが、関係のない夕をここまで貶されれば、聞き流すなど到底できやしない。それが例え交代したダレカに対してであっても、その事情を知らない一色からすれば、夕への侮辱と同じなのだから。手芸部で見たときは、何だかんだ言っても根はまともだと思ったのに、ここまで性根の腐ったヤツだったとは……失望と言う他ない。
「ええい、くそっ」
お前が夕の何を知ってるってんだ。夕がどんなに、どんなに……っ！ あぁ、こんな不快なこと未だかつてない。あと本気で怒ったのが久しぶり過ぎて、抑えが効かず何かに当たってしまいそうで……こんなところ、射場のヤスやひなたには見られたくないな。
でもどうせ後ろの一色は、俺が怒ったことなど全く歯牙にもかけず、いつも通り飄々として笑っているのだろう。そういう人の痛みの分からない、どうしようもねぇヤツなんだよ。
そう落胆して歩き出したところ……
「まってぇっ！！！」
「……は？」
一色のものとは思えないほどの心底焦った呼び声に、聞き間違いかと思って振り返る。
「ごめん、なさい……無神経なことを言って」
するとなんと、まさかのあの一色が、頭を深々と下げて謝ってきたのだった。
おや？ 大魔王様の様子が？ おかしいぞ？
