8 戴冠
マクナイアはいまでこそ囚われの身だが……仮にも王女、王権の象徴たる『指揮杖』を手に入れれば、それで済むのだ。
杖といっても、フェンシングのフルーレの形をし。300グラム程度と軽いのに、極めて頑強で鋭い。騎士の広刃剣を受け止められるし、板金鎧を貫ける。
そして『意志を持つ』魔法の杖でもある。意志を持つ、とはスマホアプリの進化版みたいなものだが。
そんな指揮杖はいま……王宮中央広間の玉座にある。そこは夜間でも最低六名の衛兵に守られている。
『この杖を手にするものこそ指揮官たれ……』
杖。この存在は、マクナイアは物心つくころには知っていた。しかし、無意味だった。なぜって、王位に就くには成人でない限り、『後見人』が必要だから……
その後見人がソルトなわけで。まだ12歳、つまり未成年のマクナイアが指揮官、将として認められるには、ソルトを倒してしまえばいい。
マクナイアは自室を出て歩き出した。
…………
…………
『将』……雪見が理系に進んだのは。親の教育に反発してであった。
1点でも高い偏差値を取れ。大学進学は当たり前だ。なにがなんでも役人か、大企業の管理職を目指せ。ホワイトカラーしか認めない。
見た目だけの中身のない権威主義……。
だから雪見が進路に、マネージメント系とはかけ離れた私立の理系を志望したのはひどく反対されたし。文高理低の意味すら理解されず、進学先のレベルを単に数値面から失望された。
親との決裂は雪見が大学院の研究職に就く、と決まったときであった。親は喜んでいたが……それを偉そうに周囲に吹聴しまくるのは、雪見としては冗談ではない。
研究者とはホワイトカラーではない。白衣は着ていても、現場仕事の最前線だ。
だからなにもわかっていない親と縁を切り、いずれ戻るつもりで修士課程を辞して高校教師に赴任し、家を出た。
23歳の家出娘だった。このときすでに息子は……
? 自分は学生結婚していたのか。これだけは思い出せないのだが……
ふと、思い返す。
……前世の高校教師時代の雪見は、無理解な同僚教師たちと多々対立していたものだった。そいつらは受け持ちの生徒に、無謀な大学受験ばかり押し付けるのだ。
教師どもの生徒への決まり文句は、『当たって砕けろ! 背水の陣だ!』……兵法をなにもわかってはいない。
「当たって砕けろ? そんな無責任な命令が言えるものですか!」
と、雪見はその都度反論していた。
「砕けてしまってはおしまいです、生きて勝利せずしてなにが戦いですか! 失敗したらその先どうするのです?」
しかし同僚教師はへらへらと嘲るのだ。
「なぜおまえは悪い方にばかり考えるんだ? そんな後ろ向きな気持ちで教師が勤まるか! 失敗したときは失敗した後で考えればいい」
バカである。
……マイナス思考、最悪の事態の時も考えておかないといけないのに。それを無視して自分の都合のいいことばかり推し進める。生徒が受験落ちたら見捨てる気見え見えだ。
生徒が落ちれば生徒の責任、生徒が受かれば担任の手柄。これほど身勝手で無責任な押し付けはないだろう。
勝つべき算段を整えず、身勝手に部下の兵士を死なす殺す無能な指揮官の言いそうなことだ。
自分がするわけでもないのに軽々しく「特攻精神だ!」などと吹くやつは地獄へ堕ちろ! 史実の特攻隊隊員たちに非礼というものだ。
自殺を他人に強要しておいて、自分はのうのうと生き延びる。最低だろ。
…………
…………
……と、思案しているうちにマクナイアは指揮杖を手にし、王宮中央の広間の奥……そう、『玉座』に座っていた。
盲点であったろう。マクナイアは魔力を封じられてしまったことで、魔力検知の魔法に引っかからなかったのだ!
だからここにたどり着くまで、三人の衛兵の眼をかすめ、一人を催眠の巻物で眠らせるだけで済んだ。
これで『勝利』だった。事情はどうあれ……王杖を手に玉座についているものこそが王国の支配者である。
マクナイアは杖を掲げた。魔力が解放され、杖からの純白の光がまだ薄暗かったホール内を明るく照らし出した。
入口の扉の外に立つ一対の門番がようやく気付き、ちらりとマクナイアを見たが、それだけだった。門番にはそれ以上動く権限はない。
魔力を感知したのだろう、ホールに魔術師連中が集まってきた。中から長身の白衣が進み出る。
「わたくしに刃向うと……殿下」
ソルトはいつも通り冷静な口調だった。が、目が嫌らしく哂っている。
マクナイアは決然と告げた。
「降伏なさい。指揮杖はわが手にある」
「しかし殿下。杖を手にしていたって、『女王の宝冠』を頭に冠していない限り、なんら権力はないのですよ?」
「!」
はっとするマクナイアに、ソルトは意地悪く語った。
「兵は犠牲にしない。殿下はこいつらとお遊びください」
たちまち広間の場は邪気が立ち込めた。石床の底から這いあがってくる白いおぞましい魔物たち!
骸骨戦士である! 100体は超す。
人間の骸骨に、鎧を着せて剣を持たせた王宮の番兵! 戦死した兵士を死後までこき使うという忌まわしい死霊呪術……
と、ひときわ目立った骸骨がいた。儀礼用の白金の板金鎧の上に、豪奢な金糸織りのサーコートをまとった、骸骨騎士……ティアラを手にしている!
つまりこのナイトは前国王……。たしか、タロット占星王……
その国王のあまりの失意の、悲しみの念が伝わってくる。世界が滅んだ上、ソルトのような奸臣に王宮を牛耳られて……
魔法で……ティアラを! いまは届かないか。骸骨戦士を倒すしかない。
しかし。マクナイアはまだレベル2魔術師に過ぎない……
ファイアボルト連発しての力押しでは、とても魔力が持たない。
スケルトンはざっと100体はいるのに、スケルトンを1体倒せるクラスの火炎魔法は3発も撃てば魔力切れだ。
ならば。念波で暖炉のわきにある扉を開ける……ビンゴ。焚き木が山と積まれていた。それはロープで巻き付けられて固定されていた。
『鬼火』の魔法を唱える。ロウソクの灯大の炎が、手元に浮かび上がるだけの簡単な小魔法だ。
軽く念じると、それは意のままに飛んだ……焚き木の奥へ。
念波でロープを引っ張る……焚き木はホールの中へ崩れ落ちてきて、たちまち燃え広がった!
即席『火炎の壁』の出来上がりである。骸骨たちを阻む。
火事にはなるが……その程度で崩れるような王宮ではない。
魔術師たちは混乱していたが、ソルトの命令だろう、勝手に動くものはいなかった。
ホール全体に白煙が立ち込め、マクナイアはせき込み始めた。煙の刺激で目に沁み、目が開けられない。しかし。
勝ちは見えた。少しは……なんとかあとしばらく、奇計が成功してくれれば。
それより。
(火事の後始末、どうしよう……?)
などとマクナイアは心配していたが。
その時だ。気配しかしないが、なにかが炎の壁をものともせず、マクナイアに近づいてきた。
?!
マクナイアの全身を突き抜けるようなしびれが……陶酔感が襲った。
魔力がみなぎっていくのがわかる。自分の魔術レベルが急激に上がっていく。
頭上になにか置かれていた……
(これって!)
マクナイアは巨大化された自らの魔力を、思い切り解き放ってみた。
(お休み……)
と、『優しさ』の念を入れて……
さわやかな風が吹き抜けた。
……骸骨戦士たちはみなチリと化してくずおれた。火事の炎と白煙が一瞬にして消えた。
もはやスケルトンはいないがらんどうのホールで、ソルトは激高して部下の魔術師たちに叫んでいた。
「誰がわたくしに背いた?! 誰がマクナイアにティアラを渡した!」
マクナイアは事実をポツリ、と言った。
「……亡き国王陛下、ご自身よ」
ありがとうございました。
ここは節目だったりします。(*^^)v