7 甘くない夢見るままに待ちいたり
夢からは覚めているマクナイアは王宮の寝室……王女たるマクナイアの自室……のベッドに横にされベルトで拘束されたままだったが。囚われの身のまま何度も同じフレーズを反駁していた。
『死せるクトゥルフ夢見るままに待ちいたり』……ルルイエの館にて』
(なんの話だろう?)
ちらりと斜め読みした文献を思い返す。
邪神……『旧支配者』たち。ダゴンとヒュドラの子とされるクトゥルフ……。その逸話の一説であるが。
繰り返すが、ダゴンとヒュドラ……それにクトゥルフ。古き海の神。
滅んだとされる原始のムー大陸で原住民のムー民族が崇拝している旧支配者とされるが……。これについては偽書の可能性がある。
そのおぞましい海の邪神、ダゴンをもし倒すとしたら。倒したとしたら。マクナイアは仮説を考えた。
地球のすべての生命の起源、源たる総祖父母たる、アブホースとウボ・サスラを刺激すればよい。
そのためには例えば……魔導書を改ざんする。
アブホースがクトゥルフを捕虜にしているかに思わせれば……クトゥルフの尖兵、深き者たちに。
それでこの異世界は大破壊されて滅んだ……とすればシナリオは成り立つ。この手の奇策なら他にも幾例もあるだろうし。
これなら力で攻めなくても好い。しかし。
(だがこれとか、この類のことを……一介の高校生が立案実行したのか? バレット・アウトロードは……)
繰り返すが、人間の評価とは、テスト成績の優劣などではなく、発想力と実行力と、なによりそれを押し通す意志だ。
これの前には個人の能力差など二の次だ。才能にいかに恵まれていても、なんら周りに貢献できるような仕事ができないなら話にならない。
この自明なはずのことを、理解しないものが多すぎる……
マクナイアは鬱々と考えていた。もはや監禁によるイライラの憤りすら抜けていた。
『死せる孔明生ける仲達を走らす』、
なら知っているマクナイアだった。……三国志の有名な逸話だ。
ならば。
『眠るマクナイア、起きるサバク王宮軍を走らす』、といこう。
ソルトの命令により、マクナイアが理不尽にもベッドに縛り付けられてから、六時間は経過したらしい。もう朝で、薄明かりがガラス張りの窓越しに寝室に射し込んできている。
その間、睡眠もとれたし。頭をなんとかめぐらしても、見張りとなるようなひとはいなかった。
『生理的欲求』に関しても、縛り付けられる直前に、女魔術師が世話をしてくれたので、粗相の心配はなかったし。
マクナイアは『脱出』にかかった。ちなみに魔力は封じられていた。魔法は使えない。魔法を使うのに実はなくてもあまりかまわないのだが、魔法の杖も奪われたし。
そうすればマクナイアごとき子供には、なにもできないとでも考えたのか……
これに呆れかえるマクナイアだった。
(「魔法」に対しては封じてある。それなのに、「盗賊」のトリックは看過しているなんて……)
マクナイアは自らの頭に手を伸ばし、21世紀ならではのアイテムを取り出す。
ヘアピンに編み込んでおいた、炭素繊維を編んで作った手製の『糸ヤスリ』。
手に持つとただの糸だが、素早く滑らせるとカッターナイフのような切れ味で、これで簡単に手足と胴体の拘束帯はねじ切れた。
これは前世で護身用に常に身に着けていた。実際には一度も使わなかったけれど。いま改めて必要になるとは。
なぜそれをいま持っていたか?
初歩でも魔法を使えば、炭素繊維の糸をものの数十センチ作るなんて容易い。乙女の嗜みとして、空いた時間に自分の髪の毛から抽出したのだ。
(なぜ型通りにしか、魔法を使えないのか。思考が硬直している)
マクナイアはそう思いつつ、ベッドを降り立ち上がるや魔術師の黒衣とマントに着替えを済ませ、寝室のとなりの魔術師たる研究室に入った。
やはり無人だ。
どうやら外には護衛兵がいるが、内部には気づかないだろうし魔術師ならぬ護衛兵にはマクナイアを拘束する権利はないはず。
魔力がなくても、魔導書は読める。詠唱だけで発動する魔法なら、魔力0でも扱える。
と、書架から簡単に『うたた寝の鈴』の巻物を見つけられた。さっそく手に取る。
眠りの魔法は初歩の初歩だが。これって戦いで雑魚敵を眠らせることばかりに繰り返し使われている。
眠ってしまえばあとは好きなように斬れると……なぜ戦闘に使うのか。
例えば不眠症治療に使ってやれないものか。戦時神経症睡眠障害は多い。受験ストレスからだって過去の教え子はなんにんも……
敵となる相手の決定的な公式の場、たとえば会議の席などで。こっそり仕掛け爆睡させてしまうような魔術師、いないものか。
あるいは戦場で傷ついた兵士に外科手術を行うとき、痛まぬよう麻酔代わりに熟睡させてあげることもできるはず。
……マクナイアはさらさら逃げるつもりはなかった。逆だ。
あの思い上がったソルトのガキ……37歳といっても、マクナイアに我島雪見としての過去生を足したら年下だ……あいつに身の程を教え、自分の実力を示さなければ。
いまは魔法が使えないから、機略で乗り切るしかない。といってもマクナイアは……武術にかけては練達していたのだ!
マクナイアは……いや、その前世の我島雪見は中学で極意を会得していた。といっても、初級で。
初級の段階ですでに、これ以上教える必要はないと稽古場……道場ですらない街の空き地……で、師から護身術を皆伝……否、半伝されたのだ。
技については半ばでも、極意について悟ること……これは皆伝にふさわしかった。雪見は学ばなくとも臨機応変に、自ら場をしのぐことができたのだ。こうしたものに、教えも技も覚えさせる必要があるはずはない。
しかし雪見はその極意を武術ではなく、学問に応用した。
学問というものは、教えられたものをただ解くだけなら、はるかに容易なのだ……コロンブスの卵の逸話を見るがいい!
アルキメデスの定理にしたって、かつての天才が大の大人になって発見したことを、順を追って丁寧に説明されれば、ふつうの小学児童が解けるのだ!
考えることと、学ぶことの違いはここにある。
単に教わらず、自ら思案して解く。理数分野ではこれはクリティカルな武器だ。
なぜ技をすべて学ばなかったか? 愚問である。
あなたは国語が話せるか? 話せるとして国語辞書……大辞林に広辞苑を丸暗記しているか?
そもそも護身術を完璧に身につけてなんになる。
同位の技のものには体力差があればかなわない。そもそも敵が武器、それも銃器を帯びていては、武術だけでは役立たない。
戦うとすれば駆け引き……だから戦端を開く前に勝ち負けと損害を廟算するのは重要なのである。
勝てないなら戦わなければいい。負けるもなにも、戦っていないなら勝ち負けはない。
相手が戦いを吹っかけてきたなら? そうなるまえに避けろ。さもなくば逃げよ。
勝算がなければ戦うな。将としての絶対則だ。
そう。マクナイアは決していた。
(姫ではなく『将』……として。私はこの腑抜けた王宮を掌握する。バレット・アウトロードの始末はそれからだ!)
ありがとうございました。(^^♪
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