6 天の災いに非ず、将の過ち也
本棚と書籍に散らかる王宮の研究室にて。もはや深夜時刻も迫っていたが、マクナイアはずっと調べものを続けていた。
『事実』を整理すると、怒りがつのってきたマクナイアだった。
(ソルト? ……たち王宮魔術師。彼らが『認識』を誤っただけなのか!)
あのおぞましい邪神……ダゴンを倒せる『器』を探すための、『検索』に引っかかったから異世界転移されたのだ。ほんらい我島雪見らの学校のみんなは。
その『器』が、のちに語り継がれる『外道鉄砲玉』……バレット・アウトロードだったのだろうけれど……バレット・アウトロードはダゴンを倒すと同時に、異世界まで破壊してしまった!
王国は残されたなけなしの魔力を振り絞って、ごく一部だけ現代日本へ異世界転移した……
(こんなの、身勝手な我がままじゃない! バレット・アウトロードは確かに異世界を滅ぼしたかもしれないけれど、原因は王宮魔術師たち。そして犠牲となった私の教え子たちは……)
マクナイアは椅子の背に深くもたれかかると、怒りに任せてブーツを履いたままの両足を無造作に机の上に投げた。
目を閉じて思案する……謡うように。
(破壊するのは簡単だから
誰しも壊すことばかり考えて
卑しくなるね
着眼点を変えて
そもそも壊すべき目標設定そのものを
吟味すればいいのに
『敵』ってなんのこと
どこにいるのさ
壊さなくても無力化できる
無力化できなくとも安全にできる
安全にできたなら味方になれる?
関わらないで、交渉をしっかりと公正に
敵味方とかいつまでもやっているから争いは絶えない
利益を求めるあまり誰かに損害を与えてはいけない
大地は光の恵みの元、働けば誰しもが糧を得られる
それができなくなるとしたら節制ができていない証拠
快楽を追い求め、退廃しているだろう
無知と怠惰と……その他の悪徳が満ちて
ここに教育を充実させ、倫理観を
過不足無く生きていけるよう
自然と調和し
最新の技術を駆使したなら
どこまで凌駕できるか、本質の能力を)
……ここで机の右側にある扉にノックがされた。次いで開く。
入ってきたのは白ローブの長身……やはり、ソルト。この男以外はマクナイアに近づけないように取り決めされているらしい。
「気を練っておいででしたか、マクナイア様……」
そう語るソルトは優しげな声だ。嫌味な音がまるで混じらないところがまた嫌味だ……仮にもお姫さまなのにだらしなく、机に足を乗せているマクナイアに対して。
「ああ、ソルト。ちょうど呼びたかったところだ」
マクナイアのこのセリフに、ソルトは深夜だからか、無言で会釈した。
マクナイアは内心を隠す。いま、ソルトたち王宮魔術師たちに本意と不満をいきなりは打ち明けられない……
それには。マクナイアの『将帥』としての力量を示してからではないと。
マクナイアは語った。両手を頭の後ろで組んで。
「個人により生まれつき能力差はある。いくら努力しても覆されるものではない。これが事実」
ソルトは意外そうな表情をしたが、なにも言わなかった。
マクナイアは続けた。
「……しかし問題は個人の能力ではなく、実行力や行動力、発想力や発言力、なによりそれを推し進める意志」
ソルトは微笑むや自認の印を示し、マクナイアにお辞儀した。
マクナイアは結論した。
「能力が劣っても問題に実際に取り組み解決した人間を有能と呼ぶ……。試験成績だけよくてもなんの意味にもならない」
ソルトはクスクスと、好意的に声を出していた。
「殿下は前世では良い教師でいらしたようすですね。プラス思考、というものですか」
「プラス思考って、私はあまり好きではない」
「なぜです? 前向きな思考のどこに落ち度が?」
「それで図に乗って増長して、傲慢になって、やりたい放題しかねないひと、多いから」
「ほう……」
「マイナス思考、最悪の事態になったらどうしよう、の場合も考えておくのが、リスク回避になり結果的に好いことも」
ソルトは眉をひそめていた。
「単に優柔不断なだけではないですか。そんな迷いがあっては、戦えませんよ?」
「そうかしら……ソルト、私はあなたなんかに負けるとは思えない」
「いまのあなたはまだ子供なマクナイア姫。12年前の女教師とはわけがちがうのですよ?」
マクナイアは、手厳しくぴしりと言い放った。
「戦うことと、勝ち負けとは別の次元の話なのです。このくらいを知らないで私の参謀、などと名乗らないでください!」
ソルトはこれに、柔和に質問した。
「では、前から攻撃されたら?」
「後ろへ逃れますね」
「後ろが壁で下がれなかったら?」
「右か左へ逃れますね」
「左右も壁で動けなかったら?」
「攻撃を弾くかブロックします」
「できるものですか。姫、そのお子様な身体で……」
「……」
マクナイアは返事をしなかった。ソルトとは背丈が40cm以上違う……
ソルトは右手をマクナイアのほおに伸ばした。
「護衛なくしては、身の安全は保障できないでしょう? わたくしの姫」
「……ウソです」
と、マクナイアはつぶやくと。椅子に座ったままソルトの右手にさっと両手を伸ばして添えた。ひねる。
「痛っ!?」
タッ……ンッ!
一瞬の動きだった。次の瞬間には、ソルトは無様にゆかに音を立てて横転していた。
倒れているソルトに、余裕でマクナイアは吹いた。冷たい声で。
「『始めは処女の如く。後は脱兎の如く』……基本中の基本よ」
ソルトは冷静なまま、ゆっくりと立ち上がっていた。
「やりますね……同じ手は二度と食いませんが」
「私も同じ手は繰り返し使わない……敗北を認めなさい。実戦ならあなたはとっくに殺されている」
ソルトは一礼した。問う。
「殿下に格闘技の嗜みが?」
「女の子なら身につけるべき、簡単な護身術よ……後ろへ逃れるとしたら、相手の勢いを利用し投げてしまうだけ」
「ここの世界では素手格闘が発達しているのですか……」
「前から攻撃されたら、タイミングを合わせて攻撃を弾き、前に踏み込んで反撃がセオリーでしょう。左右へ回避してからの反撃も有効です」
「ですが、追いつめられたら?」
「壁で左右が封じられているのはむしろラッキーです。敵が大勢でも、同時には襲ってこれないということですから。ですがそれより」
ここでマクナイアは声を張り上げた。
「『囲師には必ず欠く』……敵を包囲するときは逃げ道を開けろ。この程度を踏まえないで、ひとの上に立てるものか! 世界が滅んだのは自業自得だ!」
「マクナイア様? まさか……バレット・アウトロードを擁護するとでも?」
このソルトの問いに、マクナイアは鋭い不敵な視線で答えただけだった。
が。ソルトは叫んでいた。
「宮医班、出遭え! 殿下は錯乱している、保護をいたせ」
たちまち白衣の女魔術師が十数名、研究室に殺到し、問答無用でマクナイアを押さえつけ……長いいくつもの白い帯びでベッドにきつく拘束してしまった。