5 デザートが辛くて食べられない
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(また……ここか)
マクナイアはポツリ、と思った。
黎明の薄明かりに照らされる、荒涼とした残骸の無残な戦場痕が広がっていた。そこらに爆撃で吹き飛んだ穴があり、破壊された兵器や崩れ落ちた土嚢などが散らばっている。
倒れている戦死した兵士たちは、そのままだろう……死体をいちいち埋葬する余力も時間もない。
サバク王国の『同士討ちの』砲撃戦が止んで、数時間経過していた……このとき、理数教師としての我島雪見はすでに死んでいた……砲撃に身体を吹き飛ばされて。
体細胞レベルでは生きていたのだが……それを回収したのは、サバク王国の技術士団だった。
技術士たちは肉体の蘇生を急ぎ、魔術師たちは魂の召喚と入魂の儀式を執り行った。
かくて我島雪見はマクナイアとして再生を果たした……
それをマクナイアは客観的に俯瞰していた。
(これは夢……12年前)
……マクナイアは自分が夢の中にいると知っていた。この夢が過去の記憶であることも承知の上だった。
夢の中を意のままに歩く……これは初歩の魔法でできる。
自らの魔力に覚醒したなど意識もしていない、ふつうの21世紀現代世界の人間だって、これくらいの技をできるひとは多いだろう。
夢の中なら空を飛べるひとだっている。
これを魔法と自覚しているひとは少ないのだが……応用するとレベルの高いことも可能となるのだ。
(私は敵なのに蘇生された。なぜか? それは私があのバレット・アウトロードの教師だから! 異世界を滅ぼした巨悪、バレット・アウトロードを倒すため……サバク王国と手を組んで)
これはサバク……つまりデザートというにはとても辛い口直しだ。
なにがあったのかはわからない。
だが、この直後なのだ!
海が……広大な海全体がグラグラと沸騰したのは。たちまち真っ黒な分厚い雲が全天を覆い、土砂降りの豪雨となったのは!
いたるところで土砂崩れが起き、堤防は決壊し、洪水となり……農地も全滅。食料供給は不可能。ライフラインのマヒどころか急死。
『世界』は砕け散った。
パニックだった。モラルは決壊した。暴徒と化した人々により、どれだけの虐殺、略奪に暴行があったことか……世界が滅びるまで!
(バレット……許さない。あんな非道を……)
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気づくと西日の差し込む寝室のベッドの上だった。マクナイアはかなり眠っていたらしい……疲れはウソみたいにきれいさっぱり失せていた。どうやら子供の証拠だ。大人の身体ではこの程度の休息では回復しない。
ここで空腹なのに気付く。考えてみたら、『覚醒』以来食事を取っていない。覚醒前日の夕食は食べていたとしても、丸二日なにも食べていない状態だ。
洗面と頭髪のクシ入れを手早く済ませると、隣部屋の研究室に入った。
机の上には軽食が用意されてある……ライスボールにグリーンティー? おにぎりと緑茶……ここは日本文化圏だ。
とにかくいただく。簡素なものとはいえ、美味しかった。済ませると、きちんと歯磨きをする。
ノックがした。少しはくつろぐ自分の時間が欲しかったのに。
マクナイアはノックに応じ、扉を開いた。客は一人。白いローブ。
ソルトだった。一見優男の内心腹黒魔……彼はマクナイアにうやうやしくお辞儀していた。
ソルトとは、無難で雑多な会話が続き、やがて。
「なぜ……バレットはダゴンを倒せたの?」
マクナイアの問いに、ソルトは感情を見せない平静な顔と声で答えた。
「あなたが知らないのなら。わたくしごときが知るはずはございませんよ、殿下。ただ」
マクナイアは後を継いだ。
「技術水準……この王国の過去はWW1、つまり1915年程度だった。それが現代日本への転移で一気にブースト。さらに魔力で異質化された。と、いうことね」
「ご明察です」
サバク王国の民、生き残り組の四万は……いまや日本の【フォールリーフ】に同化している。もともとの話ことばが同じという異世界だ、不都合はない。
学術的にやや遅れ、代わりに少しばかり魔力がある程度の違いしかない民だ。たいてい直毛の黒髪黒目、肌色の肌。
王国四万臣民、国民皆兵……ならぬ、国民皆「可戦」文人。言い換えると学者かエンジニアか魔術師。
それがサバク王国。異世界で圧倒的な敵、ダゴン配下の無尾両生類の軍隊相手に砲撃戦をずっと繰り返していた……
「その」ソルトは忌々し気に、事実を暴露した。「膠着した消耗戦を打開すべく、わたくしどもは殿下の高校を召喚したのです。その結果が王国と世界、幾千万名もの犠牲とは……無論だれも予期しませんが」
マクナイアは返す言葉がなかった。その責はバレット・アウトロードと……マクナイアにある。うつむいて、憂鬱な想いに捕らわれる。
我島だったときのマクナイアは王国軍一個師団の半数、一個旅団を操りもう一個旅団を殲滅したのだ。
しかしその時は……王国軍の相手とした敵軍が『名状しがたきもの』などとは、知る由もなかったから!
だからサバク王国軍のことを、マクナイアの生徒たち、ひいては我島の世界の人間たちを徴兵し利用しようとしていた敵とみなしていた……
否、自らの意志もなく、徴兵されるなど現代日本にはあってはならないことなのだが……
もう夜時間だ。ソルトは部屋を出ようと立ち上がったが。退室前に、魔法で出した鏡にある機能をマクナイアに説明していた。
ステータスパネル? そんなものが開発されていたとは。
RPGみたいに能力値が端的に表示される。魅力や意志や幸運、なんて計りようがないものは計れないが。
ジェネラル・マクナイア
年齢:12歳
身長:141cm
Lv: 2
筋力: 5
体力: 6
知恵: 17
魔力: 15
敏捷: 8
器用: 7
技能{
武術:無し
魔術:魔力系発現 潜在魔力:未覚醒推定14種
技術:【省略】
追記事項:【削除】}
(私って不器用でのろまなんだ……非力なのはかまわないけれど)
カーネル・ソルト
年齢:37歳
身長:182cm
Lv: 12
筋力: 26
体力: 20
知恵: 32
魔力: 36
敏捷: 18
器用: 28
技能{
武術:杖格闘・銃士剣・ナイフ・拳銃術
魔術:魔力系・エナジー系・サイコ系・【他、省略】
技術:【省略】
追記事項:【削除】}
悔しいがソルトとはレベル差があり過ぎる。しかし、ソルトでもそう高いレベルではない……一人前のプロとしての平均レベルが10だから。並みの人間は特定のプロではないから、平均ははるかに低い。
そして大人の平均能力はレベル1なら10。12歳児の平均なら6か7というラインだから、マクナイアは優等生だ。これでも。レベルが低いのも、好意的に言えば将来の伸びしろがあるといえる。
ダゴン(推定概算値)
年齢:数十億歳?
身長:数十m?
Lv: 110
筋力: 4000
体力: 8000
知恵: 600
魔力: 4000
敏捷: 500
器用: 2000
技能{
【詳細不明】
追記事項:【削除】}
ダゴンは。
さすが邪神……よくこんなものを破壊できたな。ほんらい封印が精いっぱいだったシロモノを、破壊……
それがバレット・アウトロード。いったいどうやって……繰り返すが、魔法も使えないはずのただの高校生一人が!
その代償に異世界は滅んだ!
いくら自分が生きるために必要だったからって、世界を滅ぼすだなんて……幾千万のひとといのちが犠牲となったか……
だから許さない。かつての教え子を敵に回すとしても。バレット・アウトロードを……私は……倒す。
(倒す?)
胸がキリキリと痛む。
はっとする。
(どうしようというの? 倒す……そんなことをして……憎しみに身をやつすなんて、破滅に向かっているだけなのに……)
お久しぶりです。現在12話までできていますが、
ゆっくりと載せていくつもりです。(^^♪
未整理原稿が乱れて手をつけられない状態。




