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4 軟弱系男子が倒せない

 …………

   …………

     …………


 一月末の冷える中学校舎の一室では。机を十卓、長方形に並べくっつけていた。何か始まるな……と、中二の女子生徒の雪見ゆきみは聞いてみた。

 

「じゃんけん?」

 雪見はきょとん、と問い返していた。いや、おとぼけを装っただけなのだ。呆れていた。

 まったくクラスの連中ときたら、来年度はもう高校受験生なのにこんな『当たり前の計算』もできないなんて……

 


 十人でいっせいにじゃんけんをして、一人負けしたものが先輩の卒業式の準備での……いちばんたいへんな『汚れ役』を引き受ける、班長の案。バカである。


 じゃんけんはあいこが出たらやり直しなのだから、こんな大勢では98%以上、あいこになってしまってまず決着がつくはずはない。

 

(? まてよ。すると……)

 

 ズルをしようとしているな、と気づく。何人かで事前に口裏を合わせて、同じ手を出そうとして組んでいるのがいるに違いない。


 雪見は慎重にクラスメートの顔を見回す。

 たかだか中坊、悪意は顔に出る。サインも大体つかめる。

 

 ならば打つ手は……

 

 

 

 じゃんけんは始まった。

「最初はグー、じゃんけん……」

 

 賭けではあるが、雪見はグーを出した。

 ここで、チョキを出すのが六名もいた。二人、パー。もう一人、グー。

 偏りがある。これは偶然か? みんなの顔つきをうかがう。おどけて笑っているのが大半だが、本心はわからない。

 とにかくあいこではある。次へ続く。雪見はこんどパーを出した。

  

 あいこ、あいこ、あいこ、……やはり決着はつかないし、それに手がバラバラである。

 だからこの時点で、インチキをしようとしていたバカ連中はいたし、それは失敗に終わったことがおよそ把握できた。

 

 

 ? 一人、違うのがいた。

 

(なんだろう、あいつ……最初からグーしか出していない。小柄……クラス1チビな少年。いや、私の背が高いだけなのだけど……)

 

 周りのみんなも、これに気付いたらしい。だんだんパーが多くなる。

 雪見は戸惑ったが、生来の生真面目さからチョキしか出せない。

 

 あいこ、あいこ……


 やがてパーが八人、雪見のみがチョキになったとき。次に雪見は、相手の意図をつかみかねて、パーを出した……雪見は気づいていなかった。小柄な生徒が、ずっと雪見の眼の色のみを観察していたことを。

 

 !?

 

 小柄な生徒は、グーを崩して二本指を開き、チョキを出していた! 一抜け上がりである。

 

 クラスメートたちから罵声が上がった。

「汚えぞ、てめえ!」

 

 

 雪見にしてみればどちらが汚いかは歴然だが……これは『召喚前』の、最初のリアルな英雄譚だった。

 私の、私だけの小さな英雄……懐かしい。

 

 

 

(召喚? 懐かしい?)

 

 ぼんやりと、雪見は思った。

 

(召喚……わからないが。なんだ。私夢見ているじゃない。むかしの……中二病なんかにはならなかった品行方正、健全な私! え?)

 

 

 

 はっと気づく。

 

(冗談じゃないわ……私って、まさにその中二病の世界にいるじゃない! それが夢でなく現実なんて……)

 

 

 

 危なかった。雪見はいつの間にか『呑まれて』いた……自分自身の魔力に。自分の魔力は支配しなくてはならないのが魔術師の鉄則。

 さもなくば……魔力は容易に術者自身のメンタルを蝕み、狂気に追い込み破滅させる。

 

 

 これは自分自身の思い出!

 そう、私はマクナイア王女。過去生、我島雪見。

 

 覚醒しなくては! 魔法の水面は、いまやマクナイアの魔力を吸い取る凶器と化している。

 

     …………

   …………

 …………

 

 気づくと水面の台に、マクナイアは頭を突っ伏して寝ていた。

 

 ソルトが魔法で出した大きな鏡に、すっかり疲れ切った風貌の自分が写っていた。この歳で目にクマ、唇が青ざめている。

 それにしても自分が小柄であることに気付く。140cmあるかないか。

 

 たいていの女性の身長の伸びは、12歳児でほぼ止まる。我島として生きていたころは、170cm以上あったのに……。

 

 

 これに関しては下衆な同僚教師へんたいどもの嘲笑をよく浴びたものだ。

 

「……女の身長は160cmではだめだ。159cmならギリギリ許される。この1cmには超えられない絶対の壁があるんだ……比べたらベルリンの壁なんてアルミ箔だぜ」

 


 ……などと!

 仮にも高校教師が、そんな炉裏コン肯定発言をして良いと思っているのか……

 

 そう、モデルルックスであれ、けっして我島はモテていたわけではないのだ……教師としての人気は老若男女問わず高かったと自負するが。

 

 

 

 研究室の書架に目を向ける。背表紙はなぜか全部日本語で記されていた。試しに手に取ってみると、中身も日本語……

 

『ネクロノミコン』

『ルルイエ異本』

 ……

『屍食教典儀』

『妖蛆の秘密』

『魔法哲学』

 ……

『アトランティスと失われたレムリア』

『古代ムー帝国の原住民、ムーミン族』

 ……?

『ダゴンへの祈り』

 

 ……って、ウソみたいなとんでもない伝説の偽書、贋作ばかりである! それでもしつこく調べ……

 

 ……

  ……

 

 『サバク王国の歴史』

 目に留まったのは大きいが、薄っぺらい絵本のような本だった。敵情ではなく、内情がわかるかも。

 

 疲れていたが、気合でめくる。

 

 ……サバク王国は現在、人口四万人程度か……さすがにバチカン市国よりは大きいが……『市国』ではなく、『王国』と名乗るのがこんな程度の規模とは。日本では市どころか区か町扱いされる人口ではないか。

 

 

 !?

 異世界転移ではなく、この異世界が転移してきたのか!

 まさかこの現代日本、東京の都心に!

 現実に浸透するように調和融合し、並列して存在しているとは……

 

 それというのも、やはりあのバレット・アウトロードが、世界を破壊したから……ラスボス、海の邪神ダゴン封印戦で奇策を弄して……

 

 

(一人であのダゴン……仮にも神に立ち向かうなんて、どういうバケモノよ!)

 

 

 さらに次のページには。

 

「……召喚女教師『ケロモンの悪夢』、深きに眠るダゴン配下の無尾両生類カエル)たちを、奇計により駆逐し戦死。体細胞を回収し、蘇生措置を図る……評議会全会一致でマクナイアの名を示し、サバク王国第一王位継承権と、首席魔術師、王国軍第一師団将官の地位に据え置く……」

 

 

 ……どういう悪い冗談だろう。

 

 マクナイアは憔悴が、もう限界に達していた。

 

 

 反駁する。

(『必死は殺され、必生はとりこにされ……』)

 

 研究室から寝室に入ると、マクナイアはベッドに身を投げた。

 全身汗ばんでいたし魔術師の正装のままだが、寝巻きのガウンに着替える気力もなかった。

 睡魔が……

 

 …………

   …………

     …………

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