表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/18

17 簡単なダゴンの倒し方

…………

  …………

    …………


 奇しくも、というべきか。マクナイアこと我島雪見の息子……玉城環(たまきたまき)もそのとき、魔法について案じていた。


 魔法とひとくちにいうが、それを知力に頼るものだとすれば、判断力と知識の【采配】こそそれとなる。

 戦うべきときに戦い、引くべきところで退く。これが的確にできるリーダーこそ魔法使いだ。

 いくら攻撃呪文に長けていても、勝ち目や効き目のないときに、力を浪費して味方に犠牲を出すようなバカでは魔法使いの名折れ。


 誌上、とある策士は、敵から。「仲間が殺されてもいいのか?」と脅されたとき。平然と「私になにが関係ある?」と答えて、結果として仲間のいのちを救っている。そうした発言こそ、まさに呪文というものだ。

 だから。(魔法、俺が使うとしたら……)


 ……などと、自室のソファーにもたれて夢想していたら。那津美(なつみ)がなにかいっている。


「アイス、アイス、フォール、フォール、ツー、ツー、ツー、ツー、ハイドロオキシジェ、ハイドロオキシジェ、ハイドロオキシジェ、ハイドロオキシジェ……ハイコラオキナジェム!」


 那津美との馴れ初め。それは環にとってはトラウマものだ。十三年前になるのか……改めてみると、去年のことのように思えるが。以来十三年間、環と那津美は閉じた時間の輪……時の檻のなかにいる。高校二年生をずっと繰り返し。


 問う環。

「起きているよ。なんだ、那津美。新しい呪文か?」

 那津美は得意げだ。

「クトゥルフとダゴン配下の深き者どもに、偽りの情報を流すの~っ。ダゴンの領域をさらに拡大するために見せかけてぇ。海上に彗星を招いて落とさせる……するとぉ?」


 これに環は悪寒を感じていたが、ていねいに答えた。

「一見水量が増すかに思え、事実は核弾頭直撃なようなものになるだろ。まるで恐竜絶滅なような……」

「うけけけっ。これでダゴンに勝てるぅ~、けけけてへっ」澄んだ瞳の魅力的なすました表情をしたまま、低く不気味な声で笑う那津美。


「やめろ!」

 環は厳しくいった。那津美(こいつ)ならマジに実行する。というか、十二年前にまさに実行したのだ。絶対に却下だ。世界が滅ぶのだから。




 那津美を無視して、また夢想に戻る環だった。

 

 ……なぜ力を求めるのか。なぜ強さを求めるのか。

 生きていくのにはそれは必要だろう。

 しかし、敵を倒すための手段として、それらを求めて何になる。

 戦えば。弱い方が負ける、とされるが。


 現実は、戦うにあたり勝つのに相手より強い必要はない。力が大きい必要はない。

 敵の不意にその急所を突けば、自分が敵より能力的に弱かろうがそこで終わりだ。極端なはなし、力など0で戦える。


 卑怯もなにもない。そもそも戦いとは詭道(きどう)であり、戦わずして勝つにはまず避けることが大前提にある。それがだめなら情報を封じる。他にも手を探す。

「まず勝ちて後に戦う」……これが必要となる。



 なぜ異世界のサバク王国とやらが那津美や環、雪見らを召喚したか?

 単に戦争の駒として、である。そんなものに異世界の民間人をなぜ巻き込むか。


 環にしてみたら、21世紀現代日本の方が、はるかに危機的状態にあるのに! ゆえに作戦を独創し、ダゴンを破壊せしめた……方法は。そのままではダゴンが衰弱していくしかない事態に追い込んだ。


 というのはトリックであり、深き者たちに信じ込ませただけなのだが。いちおうは高知性のダゴンはともかく、その配下はパニックとなり……自滅への道を選んだ。おおむねの死因は皮肉にも、海水の富栄養化による酸欠死だった。


 一方で、世界が滅ぶかに思えたその刹那せつな。那津美はなにをしたか? 海底の鉱脈からとある金属を発掘して精製させていた……深き者たちに。その設計図の金属をごまかして。濃縮ウラン精製……しぜん、核爆発。

 活断層に強烈なインパクトである。たちまち連鎖反応で海底火山が噴火しまくり、海は沸騰した……


 これは使い古された手である。使えるものなら環はとっくに使っていた。史実の暗黒神話にも、核弾頭でクトゥルフを封じる短編がある。




 繰り返すが。

 世界を滅ぼす、なんて簡単だ……海でダイオウイカをたくさん捕まえて、袋詰めにし。『ルルイエの館より愛を込めて』と、一筆したうえで世界中の港町に送り付けてしまえばいい。


 否、そんなことをせずとも現代を覆う脅威には……人口爆発とそれにともなう食料の不足、それを加速する貧困と環境の悪化、資源の枯渇とエネルギー問題。さらには温室効果ガスによる地球温暖化が挙げられ……


 これらに各地の不和と無理解と、暴力と犯罪が追い打ちをかける。介入して支援で賄おうにも、私利私欲による富と権力の独占で、まるで効果が期待できない。



 さらにはフェイクニュース。これに関しては……?

 一枚の紙切れを那津美は環にさしだした。




(太陽や月や小さな灯火ともしびよりは……

 

 こころには

   こころと同じ大きさの水鏡みかがみ

     常に入れておきたいね。


 いつもは役に立たないかも。

   でも

 水が真っ黒ににごったとき

   きっときれいにすべてを映してくれるよ


 ただ水面みなもの波がぴたりと静まる

   こころのなぎを待たないといけないけれど


 すべてが終わったら、きっと水は、

   純粋ピュアな透明に戻るな……




   ただし私のこころには水は入っていない。

     真紅の酒が入っている)



「これ、おまえが書いたのか」

「うにゃ」得意げな那津美。顔が赤い。

 はっと気づく。

「おまえそれ、酒ではないのか? やめろ」

 環は那津美のグラスをはじいて、ゆかに落とし割っていた。


「はみゅぅ~、もったいない。アクリルなら割れないのにぃ……それもやわいなぁ」

「やわそう? 戦闘機の防風(キャノピー)にも使われている。割れないよ、強化ガラスよりも」

 へっへー、と軽く笑い飛ばす那津美であった。「ガラスなんてやだなぁ。環がガラスのハートなら、わたしなんて豆腐メンタルですよぅ」



 と、ここで愛用のノートを取り出す那津美だった。なにかメモを始める。

「なにをしている?」問う環。

「実用新案の提出にゃ~。民間のコメ国軍事産業にぃ、新しいアクリル素材としてぇ、大豆タンパクベースになるプラントを開発してもらって……」


 環は半ばキレた。叫ぶ。

「おまえがいつも真面目なのは知っているがね、俺はもっと神さま信じているんだ!」

「あれれ? どうしちゃったの、環ちゃん~っ。わたしがいままで冗談をいったことがあるぅ?」

 環はなんとか自分を制していた。このあまりにミもフタもないこというやつが、敬虔な信者と名乗るなら俺だって……

「……はじめて自分に信仰心があるとわかったよ。ありがとう」


「そうにゃ? ならゃ結婚式は神前でぇ、お願いね~」

 仏前の方がいろいろな意味で諸経費が省けそうだ……と、つくづく思う環であったが、それを口に出す勇気はなかった。


 思わず祈る。

(俺は旧支配者よりコズミックホラーな女を、なんだって相手にしているんだろう?)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ