13 『魔法の呪文は自分で紡げ』
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全身を明るい……暖かい光に包まれるマクナイアの耳に、語り掛ける男の声がしていた。ここが夢の中であると、はっきりと自覚できているが。
自然な眠りの中の、魔法の夢……夢とは魔法の世界ではあるが、そこからの呼び声。
優しく唱えるその声は……
(……紡ぐべき、世の魔にざっと四種あり
戦、恋、平和、致死
これら買う金だれしも持たぬ
買う金なければ考えよ
戦の呪文は敵から盗め
恋の呪文は友に教われ
平和の呪文は世界を探せ
致死の呪文は必ず避けよ
戦の呪文はもっとも安く
恋の呪文はもっとも高い
平和の呪文は売られていない
致死の呪文は買ってはならぬ
ただし例外は常にある
ただし例外は常にある
この一文も例外だし
この全文も例外だ
戦の呪文は致死の呪文
恋の呪文は平和の呪文?
世の中そうは回らない
恋の呪文が致死となるなら
戦の呪文は平和の呪文?
恋の呪文が戦を招き
平和の呪文が致死となるとき
この世界は滅ぶであろう
ただし例外は常にある
ただし例外は常にある
ただし例外は常にあるから
その例外を考えよう
その例外を考えよう
まだ終わりではないはずだから
ここで終わるわけにいかないから
呪文を紡ぐのだ
呪文を紡ぐのだ
さあ、自ら紡いだ呪文を唱えてみよ、『姫』よ!
呪文を唱えるのだ……)
マクナイアはそれを知っていた。子供の頃……いまでも子供だが……どこかの文献で読んだ。
タロット占星王の詩……つまり亡き前国王陛下からの夢枕……
だから自分も即興で詠い返した。
(ささやきなら優しく静かに問いかけて
詠唱なら力強く高らかに答えを問う
念じるなら……なにが現実にできるものかを求めて
祈りなら……考えること。改善したいことの解決策を
願いなら……必要なものを突きとめること
祝福なら。欠けるものを施し過分なものをもらうこと
奇跡なら。これらの積み重ねでおこるかもしれない
ただ無心でいるだけではなにも生まれない
呪文とは……こうして私も自分で紡ぐ
それを人の和、輪の縁と信じて)
(よろしいだろう、姫よ。けだし万事わきまえられておられるな。たとえ力なくとも……お強い。しかし、おわかりかな。わかっているのかな。いのちの連鎖とは……いい? いくね)
タロットはまた語り掛けてきた。くだけた口調で。
(菜食主義者っているね。なんのために
肉を食べない理由はなにかな
生き物を殺しては可哀想だからかい?
植物だって生きているのに
生き物はほかの生き物を食べなければ
生きていけないんだよ
生き物でない食べ物は
ミルク、はちみつ、玉子くらいしかないよ
そしてそれらを作るにも
なんらかの生き物が食べられているんだよ
これが当たり前のいのちの連鎖
これから先、穀物が致命的に欠ける見通しだけどね
打てる手は?
家畜を飼うのを止める?
家畜が食べる飼料の穀物が浮くからかい?
かりにそんなことしたって
肉が食べられなくなるだけだし
一時しのぎだよ
家畜の飼料分の穀物すら食べ尽くすまで
人口が増加したら目も当てられない
それからは? 昆虫食でもするの?
昆虫食とは菜食主義とはいえないね
人口が超過密した未来で
食べる穀物もなく
治安が悪化する一方の極貧の中
虫ばかり食べているの?
そんなことするつもりなの?
昆虫食も限界があるよ
人口増加を防がないと
いずれ昆虫食すらできなくなるよ
それよりは
合計特殊出生率これを保てよ
合計特殊出生率を2に保てよ
人口を増やしてはいけないんだよ
合計特殊出生率を2に保てよ
人口を増やしてはいけないんだよ
さもないと
人類は滅ぶよ
早晩
人類は滅ぶよ
否
人類が滅ぶならそれもしかたない
ほかの生き物の生態系
根こそぎ破壊しておいた罪から
死に逃げするんだな
死に逃げするんだな
バカとしかいいようがない
恐竜の時代は億年続いた
人間の歴史が万年なら
恐竜の万分の一だ
愚かすぎる
それが霊長類か
それでいて霊長類か)
これにマクナイアは応じて、また語ってみた。
(生きるには奪うしかないと信じ込んでいるひとが多いのです。
すべてのいのちは光で育まれていることを知らない。
作物が実る。それを食べ、食肉となる動物も育つ。
それなのに。
豊かなヤツから奪え、
俺たちは貧しい、
人はみな平等なのだから当然の権利だ。
などという理屈。
これで略奪を正当化するなどと。
ましてや戦争?
自然から外国から奪うというのでは、
とんでもない危険思想です。
いのちとは……
太陽の恵みのもと、大地から得られる。
これをなぜ理解しないのか。
小学生で習う理科と社会科分野ではないですか。
太陽は。地球の需要の一兆倍を超える、
光を放っているのに。
いつだって燃え続けているのに。
光とはエネルギーなのに。
宇宙には光しか存在しないのに。)
タロットの次の声は、どこか悪戯っぽかった。
(会心ものだよ、さすがは姫……我島雪見さん?)
はっとし、雪見は叫んでいた。……現実の声で。
「玉城くん!?」
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ここで『夢』は壊れた。目が覚めてしまった。見えるのは王宮の豪奢な寝室であり、マクナイアひとりに過不足無い機能的な自室だ。となりの扉からは研究室で、そこにはまず広めの机、そのまわりは大きな本棚が並び書籍が詰まってる。あとはパソコン感覚で扱える魔法の『水面』と『鏡』。
夜明け前で日の光はなかった真っ暗闇の中なのに、マクナイアにはそれらが見えていた。これは昨日までなかったことだ。
ふと気付く。暗視……猫目の魔力が発現したようだ。レベルアップしたのか。
それを確かめに、机のとなりにある『鏡』ことステータスパネルを開くことにした。
その前に、寝巻きのガウンを脱いで、濡れタオルで身体を清めてから、魔術師の黒衣に着替えをすませて。
まだ数日しか経ていないのに、レベルアップは早いようすだ。これは子供ならではの成長か。ステータスそのものは、大人よりどうしても低く出てしまうのだが。
『鏡』をのぞいてみると……
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