10 サバクのランチ後にデザートいらない
(玉城環。あいつを……)
マクナイアは内心つぶやいていた。
過去生に覚醒してから、はじめて『水面』を通し夢に見た存在。一見温和な容貌、引き締まった長身に、学ランに革手袋。なぜなら……その先はあえて考えたくないが、もはやわかっている。
環こそ、私……我島雪見の息子だと。
しかし環は気づいていない……私、マクナイアが雪見だと。かれは……仲間の仇討のために生きている。
その仇が……王女たるマクナイアであると!
これで糸はつながった。ソルトたち王宮魔術師がマクナイアを王女にしたのは、高校生徒たちへの人質なのだ!
正体が教師の我島と知れば、教え子たちは……動けなくなる算段か。
対して、タロット占星王。こちらももはやわかった……玉城太郎だ。
通称を鬼太郎とまでされた、『小さな英雄』……さらにわかった。以前ざっと読んだ、薄っぺらい歴史書を思い返す。
この国の歴史、それには……
想いに胸が絞めつけられる。
(まさか……このサバクの前国王が、あの同級生だった玉城くん……私より先にこの国に召喚され、生き残り、敗国の国王という責任を押し付けられて……
玉城くん。私は恋していた……だから息子に、環と名付けた。
しかもかれは、幼少期の環の養父となってくれている! ゆえに環は玉城姓なのだ!
だから名前を思い出せなかったのだ!
『たまき』、がいくつもあって記憶が混乱して……ならば結論は。
あの魔王が……バレット・アウトロードが……
やはり環だったのか……私の子が、そんな……)
…………
…………
それから。濡れタオルで手早く顔などをぬぐい。
バレットの襲撃により負傷したというソルトのために。軽くお茶を飲むや朝食もとらず寝巻きのガウンから着替えもせず、王宮の病棟に向かうマクナイアだった。
ソルトは煙たい男だが、マクナイアにとっていちおうは父親代わりの存在であり……たとえマクナイアが人質だとしても。12年育ててくれた恩を忘れるような感情は、持ち合わせないマクナイアだった。
「マクナイア様、申し訳ございません……」
ソルトはいちばん奥の個室のベッドにいたが、第一声はそれだった。
これにマクナイアはかぶりを振る。報告では重傷と聞いていたが……ソルトを観察すれば、日常会話に差し支えない軽傷であることくらい、簡単にわかる。それはそうだ、回復魔法はされたのだろうから。
あのバレットが相手とはいえ、互いに使い手同士の決闘、そう不覚を取るようなソルトではない。
マクナイアは切り出した。
「ティアラなどどうでもいい。私も不覚だったし、そもそも不要だ。アイテムに頼っているようでは……それより。ソルト……おまえ、あの玉城と知り合いだったのか?」
この問いにソルトは首をかしげた。
「バレット・アウトロードが玉城環、ですか? おかしいですね、わたくしの知っている名前と違います。偽名でしょうか……しかしはい。先ほどわたくしと戦ったあの少年とは、この年始に任官試験で間違いなく一度はテストしました。最下位に近いスコアですよ? なのに……まさかあの少年が?」
うなずくマクナイアだった。
「そう、かれがバレット・アウトロードなのか……それを調べねばな」
マクナイアは軽く魔力を放った。その虚空にステータスパネルが開く……
シビリアン・玉城環
年齢:17歳
身長:176cm
Lv: 1
筋力: 21
体力: 21
知恵: 21
魔力: 21
敏捷: 21
器用: 21
技能{
武術:なし
魔術:未覚醒
技術:【省略】
追記事項:【削除】}
マクナイアは事実を暗唱していた。
(……間違いない、かれだ。あいつがバレット・アウトロードだったのだ。技能がまるでないようでは見つからないわけだな、王国軍が12年掛けて捜索しても。
恐ろしく優秀かと思ったら、全能力21か……大したことないのだな。なんらスキルもないし。かれによほどの奇策でもない限り、これならサバクの側の勝機は十分に……)
しかし。
「……カンスト……カンストをオーバーしている」ソルトは震えた声でつぶやいていた。
「どうした? ソルト」
マクナイアはソルトを見て驚いた。ソルトの顔は血の気が引き、蒼白になっていた。この横着な男が、明らかに恐怖の眼……
マクナイアはいぶかしげに問う。
「私はともかく、ソルトの方がはるかに能力は高いだろ。バレット・アウトロード……これなら獲物だ。雑魚とはとても呼べぬ強さだが」
「違います」
ソルトはかすれた声だった。
「レベル1時点での、人間の最大値は20です。平均値を10に設定しての、ステータスパネルですから。レベル1では能力値20まで。人間という生き物のキャパシティからして、それが限界なのです。この少年は、それを越している……しかも全ステータス……」
「レベル1で? まさか……」
「かれは能力をセーブしている可能性があります。いえ、間違いなくそうです。バレット・アウトロード、あの悪魔……自分の能力をおさえて隠しています!」
マクナイアは疑いの目で、ソルトの顔とパネルのデータを交互に見回した。
「証拠はあります」ソルトはいつものシニカルなクールさはどこへやら、らしくもなく力説していた。「マクナイア殿下の教え子はみな、今年でおよそ29歳になるはず。それなのに、あのバレット・アウトロードだけは、17歳の姿をたもったままです!」
マクナイアは納得した。
「すると成長を……レベルアップを止めたことで、加齢もしなくなった、ということか……」
これがバレット・アウトロードの実力……この事実に対する緊張感とともに、二人にしばしの静寂が横たわった。
しかしやがて、感情を和らげたのはソルトの方だった。
「よろしいでしょう」ソルトはマクナイアに進言した。
「この環はわたくしのときより、明らかに弱い……。なるほど。女と弱者に優しいフェミニスト、ですよ。良い少年です……そんなかれがティアラを壊した。かれはマクナイア様を傷つけることはしないでしょう、ティアラの破壊でそのようを終えたのですから」
良い少年。この言葉の響きに、マクナイアは胸に迫るものを感じていた。私の息子が……
しかし、いまは感傷にひたる余裕はない。
マクナイアはソルトに質問した。
「いまさらだが、サバク王国の任官試験って、ゲームなのだな。それも武官文官問わず、か」
「はい。ゲームやスポーツで素質を見抜く……これがサバクの試験です。主にはタロット・タマキ前国王陛下以来の、ですが」
マクナイアは病室にあったウイスキーの瓶……そんなもの、けが人のソルトが飲むはずはないと、即席の『水面』にして、過去の光景を引っ張ってみた。
場所と時間を微調整し、環の任官試験とやらを映ししばし観察する。ウイスキーの琥珀色の瓶に見えたそれは……
…………
…………




