1 ガトーショコラは甘くない
フワフワと柔らかな上質のベッドの中で、少女は目覚めた。顔つきにも身体の線にも、あどけなさあふれる、ほんの女の子である。寝苦しい夜……真夜中で、まだ部屋は真っ暗だ。
全身がぐっしょりと汗に濡れている。暑いのか寒いのかわからない。気持ち悪さに毛布を払おうとしたら、ヒヤッと冷気が入り込んできたので、あわてて少女は毛布にくるまった。
頭の中では、いまだ夢の中での爆発音が響いていた。
(なんて悪夢を……砲撃の嵐。でも眠い……)
また夢の中に落ちていくのが分かる。
悪夢とは嫌でも繰り返し引きずり込まれては、うなされるものだ。
ズン……ズズズン……
…………
…………
「砲火来ます! 部隊に前線退避の許可を!」
真夜中の暗闇で、二十歳そこそこの青年将校の緊迫した声がしていた。これにいらいらと答えたのは隊長らしい中年男だ。
「許さん! 応戦せよ、撃て!」
「閣下は状況が呑み込めていないのですか? これは味方からです!」
ガッ!!!!
至近に一発着弾し、すさまじい衝撃が吹き抜けた。あまり音が大きくない……違う。轟音で耳がマヒしてしまったのだ。
よく聞こえないが、どうやら隊長と青年士官は大声で押し問答していた。
「……味方ならなぜ我が部隊を攻撃するか? かまわんから撃ち返せ! 命令だ」
頑迷に言い放つ隊長に、副官らしい青年は鋭く指摘した。
「無理です、我が方の砲門群の射程では届きません」
「なぜだ? 同じ火砲のはずではないか! 高度もさして変わらぬはず」
「小官にもそれは不明です。このままでは動けないまま全滅してしまいます!」
「捕虜を使え。あの密偵女!」
「は!」
(私?!)
ここで、少女……? 女は、乱暴に兵士たちに引きずり出された。手錠をされ、鎖で拘束されて……
(私……どうしたの? なによここ……)
戸惑ったが、この『夢』の中の自分は毅然と言い放っていた。
「無駄よ」女……夢の中の自分……は誰しも戦慄するような声で冷笑する。「遠距離砲撃のからくりは簡単だけれど、あなたたちにはわからない。私も教えてあげない……私の生徒たちのために!」
「きさま!」
(痛い!)
兵士の平手が強くほおを打っていた。
…………
…………
……繰り返される大砲の砲撃音。炸裂する榴弾。爆風を受けて吹き飛ぶ敵兵士たち……そしてその敵軍の司令部に捕らわれた女教師。
敵の集中砲火が飛来するのが見える……この攻撃は、女教師自身が呼んだものだ。百均電卓一つで弾道計算し……。
(電卓? それってなんだっけ)
、と思い困惑する少女だった。夜空に真っ白な尾を引いて、砲弾の群れは飛んでくる、みるみる迫ってくる!
当たる!
轟音とともに目の前が真っ赤に染まり、身体が引き裂かれた……
…………
…………
…………
……悪夢はここまでだった。少女はここで覚醒した。
少し、『力』を入れる。キャンドル程度の明かりが頭の上に灯った。この程度の魔法なら容易い。見えたのは自分の身体には不釣り合いに大きなベッド。その上には豪奢な天蓋……
(そう、私の名はマクナイア。12歳。夢の中ではまだ魔法が使えないころだったな。あのころ、私はただの大人で……大人?
悪夢、そうだ。『ソロバンの悪夢』。それが私。理数教師の我島雪見。何年前だったか……ロボットアニメ好きな生徒がそう、私を呼んで……
え? なにをいっているの……私はこの王国のお姫様で……まだ12歳)
はっとして少女は『事実』と『現実』をとらえ、把握しようとしていた。
(どちらも現実! 私はこの世界で再生された……『あの事件』から12年が過ぎたのか……敵だった王国に救われる、だなんて……)
マクナイア=我島は、異世界転生? と思い、否定する。転生とは違う。再生だ。集団での異世界転移からの……それから12年。
単身敵陣に潜り込んで、命と引き換えに敵の砲撃を逆に誘導し、敵の軍隊に降らせ同士討ちにさせ壊滅させた才媛、『ソロバンの悪夢』ことマクナイア王女……もと、我島先生。
その、過去の自分と新たなる自分との自己認識の覚醒であった。
わかっていることは。
倒すべき敵は……『バレット・アウトロード』。
敵の邪神、ダゴンと巻き添えにこの世界を滅ぼした、外道鉄砲玉……。恐るべきバケモノ。わずか高校二年生にして、その実力だった……比べたら少女、マクナイアは無力なお子様だ。
同時に。敵となっているのか? 教え子たち……あの子らと戦わなければいけないなんて……
しかしさもないと、ダゴンとその他の禍々しい魔物は復活するのだ! 13年と一日後、つまりあと一年後には人間への復讐を遂げに……
マクナイアは毛布を払いベッドから起き上がると、寒い空気に白い息を吐きながら、呪文を軽く紡ぎ。暖炉に着火した。
たちまち燃え上がるたきぎの熱気を浴びながら、寝汗で濡れた下着を着替え、濡れタオルで身体を清めると、マントで正装する。
まず始めるは『検索』……マクナイアは自分が初歩の魔法使いで、とても『前線』に出られるような実力ではないことを知っていた。
前線……この王国は、『 』と空間も時間も同座標に位置している。だから……
ありがとうございました。(^^♪
これは一昨年の再アップです。昨年、退会してしまったので……
よろしければ、この続きもご覧になってください。
あまり長くはならない予定ですが。